イベント・舞台挨拶

『五十年目の俺たちの旅』完成披露上映会

©「五十年目の俺たちの旅」製作委員会

 登壇者:中村雅俊、秋野太作、田中 健、岡田奈々

 カースケ、グズ六、オメダの3人がそろって登壇! 『五十年目の俺たちの旅』の完成披露上映会が都内にて行われ、中村雅俊、秋野太作、田中 健、岡田奈々がお馴染みの主題歌が流れるなか、登壇して懐かしのクロストークを繰り広げた。この日の会場は、登場人物と同世代が多く集まっており熱気が充満。熱い声援に包まれた。

 本作は、1975年10月にスタート。テレビ系で放送されて1年間続いた青春群像劇。青春ドラマの金字塔と言われる「俺たちの旅」の放送50年を記念し『五十年目の俺たちの旅』として初めて映画版として令和の時代に戻ってきた。2003年のドラマ「三十年目の運命」以来22年ぶりに再集結。人生の終盤を迎えた3人が、最後に輝ける“青春”を目指して奔走する姿が描かれる。

 連続ドラマでは大学生だったカースケ(津村浩介)役を演じた中村は今作で監督も務めている。「脚本を書いている鎌田敏夫から『監督をやったら?』と薦められて、軽い気持ちで『やる~『と言ってしまい、大変なことになりました」と苦笑いで挨拶。

 グズ六(熊沢伸六)役の秋野は白髪の長い髪を一つに縛り、ダンディなスタイルで登壇。「82歳になりました。まだ生きております」と挨拶して会場を沸かせる。

 オメダ(中谷隆夫)役の田中は、キャスト陣に目をやり「同窓会ですね~。皆さんも同窓会の気持ちで観ていただけたら……」と目を細めた。

 オメダの妹でヒロインの真弓役を演じた岡田は「私がデビューした頃のドラマです。50年たってまた出させていただいて、夢のようです」と変わらぬ可憐な笑顔で挨拶。

 岡田は現在の真弓像を作り上げるために「撮影に入る前に監督やプロデューサーと、半年くらいかけてディスカッションしました」と話す。

 初監督を務めた中村は、お披露目の場に緊張しきり。中村は「大変だったんですが、結果としてつくづくやって良かったなと思っています」と充実感をにじませる。それでも俳優と監督との切り替えは大変だった様子。これまでメイン・ディレクターを務めてきた故・斎藤光正監督の演出を一番身近で見てきたことが役立ったようだ。

 中村は、客席に目をやり「50年の月日を過ごしてきましたが、皆さんも同じですね。50年、一緒に生きてきたという感じです」とファンに感謝を伝えた。また、「監督としては、今日までやってきたことである意味ゴール。同時に今日からスタートするんだなという意識が強いです。50年前はただただ撮影現場に行くのが楽しかった……。多くの皆さんの支えや愛情があったからこそ続けられました」と感無量な様子。

 当時を振り返り、「健ちゃんとは、毎日のように撮影終わりに飲みに行っていました」と懐かしむ。

 今回監督で、「自分の芝居にOKを出すのには、甘い部分もありました。編集段階で『あー、失敗した』と心の中で叫んでいた」と猛反省する場面も見られた。田中からは「中村くん、感動です。よく頑張りましたね」と称賛のエール。

 秋野は「50年たって、カースケ(中村)も立派なことが言えるようになった。50年前は、『どうやったら女性にもてるか』しか考えていなかったのに(笑)」と先輩目線でいじった。

 MCがSNSを通じてファンから寄せられたメッセージを紹介。「カースケに憧れていて、カースケの着ていたアーミージャケットが欲しかった。お袋に頼んでつきはぎのジーンズを作ってもらい、下駄も履いていた」(下駄やアーミージャケットなどは中村の自前)など、登場人物から影響を受けた人から多数の意見が寄せられており、多くの人たちに愛されていたドラマであることがよく分かった。

 最後に中村は、「皆さんこの作品をどう観るのかすんごく気にしています。ちゃんと青春ものになっています。“生きるって切ないよね”という『俺たちの旅』のテーマも表現されています」と力強くアピールして会場から大きな拍手を浴びた。

 (取材・文・写真:福住佐知子)

公開表記

 配給:NAKACHIKA PICTURES
 2026年1月9日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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