インタビュー

『役者になったスパイ』ミヒャ・レヴィンスキー監督 オンライン・インタビュー

©OnaPinkus

 冷戦下のスイスで、市民が監視対象となっていることが発覚した歴史的スキャンダルを背景に、劇団に潜入した捜査官が舞台女優への想いと任務の狭間で心揺れるポリティカル・ロマンス・コメディ『役者になったスパイ』が2026年1月23日(金)より全国順次公開される。
 この度、ミヒャ・レビンスキー監督がオンライン・インタビューに応えてくれた。

ミヒャ・レビンスキー Micha Lewinsky プロフィール

 1972年ドイツ生まれ、スイス育ち。2000年から脚本家として、2005年から監督として映画業界に携わる。初の長編作品『Der Freund』(2008)ではスイス映画賞作品賞を受賞、同年のアカデミー国際長編映画賞のスイス代表作品に選出された。長編2作目の『Die Standesbeamtin』(2009)はスイスとドイツで興行収入およそ1.5億円の大ヒットを収めた。日本でも公開された『まともな男』(2015)ではスイス映画賞の脚本賞を受賞。2015年のチューリヒ映画祭でプレミア上映が行われ、その後、数多くの映画祭に選出された。最新作『役者になったスパイ』(2020)では、スイス史上最大の政治スキャンダルともいわれる「フィシュ・スキャンダル」を背景に、劇団に潜入した警察官と舞台女優の恋を描き、第55回ソロトゥルン映画祭のオープニング作品として上映された。現在はチューリヒ在住で、映画制作のほか、小説の執筆にも取り組んでいる。

Q.スイスといえば何よりも「永世中立」の国というイメージで、当時から個人の自由も尊重されていると思っていましたので、ソ連のKGBや東ドイツのシュタージの逆バージョンのような左翼監視があったという事実を全く知らず、とても驚きましたし、コメディながら当時の息苦しさや閉塞感が伝わってきました。このスイスの黒歴史を監督はいつから映画の題材にしたいと思われたのですか?

 確かに、スイスは一般的に中立国というイメージをもたれていると思うが、その中立性というのは必ずしも誠実なものとは言えなかった。それは常に、権力者やあらゆる人々との取引手段でもあったんだ。ただもちろん、その背後には中立性に対する強い確信があってのことではあるけどね。冷戦下、スイスのエリート層はソ連をひどく恐れていて、当時の私はそんなに怖がるなんて彼らはどうかしていると思っていたけど、今なら良く理解できる。今のロシアを支配しているのも結局、当時のロシア人たちと何も変わっていない。ロシアを恐れるのは実に正しいことだと今ははっきり分かる。
 ある意味、当時のスイス人たちは右も左も世間知らずだったと言わざるを得ない。ソ連をただただ恐れていたエリート層も単純だったけれど、ソ連を賞賛して、共産主義は面白い!なんて言っていた左派の若者たちの考えも単純だった。
 後半の質問に関してだが、私は長年、あの時代に関する映画を作りたいと考えていた。というのは、政治的にも個人的にも私にとってとても重要な時代だったからだ。ただ、それを(映画の中で)劇団を舞台に描くというアイデアを思いつくまでは長い時間がかかったね。そう決めてから、演劇に詳しい2人の友人、プリニオ(・バッハマン)とバルバラ(・ゾマー)に脚本家として参加してもらい、一緒に脚本を仕上げたんだ。

©Langfilm / Bernard Lang AG 2020

Q.90万件ものファイルが保存されていたということですが、現在それを閲覧できると思いますが、監督ご自身も子どもだったにも関わらず監視対象になったということで、そのファイルはご覧になりましたか?

 そうなんだ! 私も自分のファイルを見た。今ではスイス国民誰もが自分のファイルを見ることができる。ただ謎なのは、あのファイルがどれほど自分の人生に影響を与えていたのかということだ。例えば、大学内において一度も昇進できない人々がいた。彼らはどんなに頑張っても教授になれなかったし、その理由も分からなかった。そしてキャリアを築けないまま年老いてしまった。それはもしかしたら、あのファイルのせいだったかもしれない。権力者たちが、対象になる人々の政治的“正しさ”を調べるためにファイルを参照したせいかもしれない。でも確信を持ってそうだとも言い切れない。だから、それこそがあのファイルにまつわる真の問題なんだ。
 私も、自分のファイルが存在していることを知った。スイス国民は誰でも、自分のファイルがあるのか秘密警察に問い合わせることができて、存在する場合は即座に送ってもらえたので、私も20歳くらいの時に自分のファイルを入手した。それが存在していたことにものすごく驚いたし、自分のファイルがあるなんてカッコいいとちょっと誇らしく思えたりもしたね。だって、ほら、“僕って重要人物?”なんてね(笑)。でももちろん、私のファイルなんて無用の代物だった。記録はそれっきりで、監視が続いていたなんてこともなかった。ロシア大使館の電話が盗聴されていて、私が12歳くらいの頃に一度、シベリア鉄道に関する宿題のために大使館に電話をしたんだ。当時、たまたまロシア大使館に電話をした子どもというだけの話で、その内容が盗聴されていた。ロシア大使館内の電話は全て盗聴されていたからね。だから、私のファイルもあったというわけだ。

Q.原題の“Moskau einfach!”は英語ならOne Way to Moscowでしょうか。つまり、お前たちのような赤は永久にソ連に行ってしまえという意味だと思いますが、この印象的な言葉は当時よく流行語のように使われていたと聞きましたが、そうなのですか?

 そうなんだ、よく言われていたね。「ここが気に入らないなら、モスクワ行の電車に乗って、二度と戻ってくるな」みたいな意味で。当時流行したフレーズなんだ。面白いのは、今ではヨーロッパの右翼政治家たちについて同じことが言えることだね。今の右翼政治家たちはロシアと深く結びついており、実際にロシア政府と協力関係にあるからね。つまり、今では政治的スペクトルの反対側にいる者たちに向けて言えるフレーズだというわけだ。当時のソ連がヨーロッパの左翼政党や共産党と関わっていたのも真実だけど、現在のロシアは右翼政党と協調している。要するに、ヨーロッパの民主主義を破壊するものは何であれ、ロシアにとっての“善”なんだ。それが本当のところだろうね。

Q.フィリップ・グラバーとミリアム・シュタインを本作で初めて知ったのですが、フィリップは監督の初長編にも主演をされていましたね。とても繊細な表現をされる方で、最初の無個性な顔つきが、次第に表情が和らいでいき、どんどん魅力的になっていったのですが、監督にとって彼の魅力とは?

 当初は本作の主演には別の俳優を起用しようと探して、候補の俳優たちに会った結果、やっぱりフィリップ・グラバーに落ち着いてしまった(笑)。彼は私のユーモアや脚本をすごくよく理解してくれている。彼の話を聴いたり、その演じ方を見ていると、「ああ、彼は私の求めていることを分かってくれている」と感じるんだ。それに、彼はユーモアと哀感を同時に見せるところがあって、それも私にとっては魅力だね。
 ミリアム・シュタインはとても有名な女優で、主にドイツで活躍していて、スイスではあまり活動していない。そういった意味でも今回本作に迎えることができて、とても光栄だったね。

©Langfilm / Bernard Lang AG 2020
©Langfilm / Bernard Lang AG 2020

Q.とても美しく印象的だったのが、尺は短かったですが、主人公のヴァロとオディールが夜ボートに乗るシーンです。ヴァロはそれ以前に上司のハンスから「スパイには最適の個性のない男」と言われていて、でもオディールには、たぶん人生で初めて「あなたは特別な人」だと言われ、おそらく本当に彼女に対する想いに気づいたと共に「自由」の尊さに気づいた瞬間だったと思いますが、あれは監督にとっても特別なシーンだったのではないでしょうか。

 まさにあれはこの映画の中間における節目となるシーンで、ヴァロが本当に居たい場所に辿り着いた瞬間ともいえる。彼は自由を感じた一方で、完全にそうなりきれてはいない。その自由は本物ではないからね。正直にならない限り、真に自由にはなれない。嘘の中に完全な自由はないんだ。あの時彼は自由を感じたけれど、まだ嘘をついている。そう、あのシーンは物語を分ける重要な転換点だ。

Q.「ラ・プチット・ジルベルト・ド・クルジュネ」(La petite Gilberte de Courgenay)で歌われているジルベルト・モンタヴォン(Gilberte Montavon)は残念ながら日本では知られていませんが、スイスでとても敬愛されている女性のようですね。オディールが歌うその歌を聴く男性たちがすっかり心奪われていましたが、彼女はそれほどに愛されている存在なのでしょうか。
 また、歌唱の後にオディールが過激な発言をして驚いたのですが、あれはその場にいた父親や(愛人関係にあった演出家の)ハイマンへの当てつけだったのでしょうか?

 ジルベルト・ド・クルジュネはある映画(『Gilberte de Courgenay』1941年、フランツ・シュナイダー監督)の登場人物で、実在の人物ではないんだ(注:モデルとなった実在の人物がジルベルト・モンタヴォン)。第二次世界大戦中の有名な映画で、彼女はスイスの抵抗運動の象徴として描かれた。モノクロのミュージカル映画で、当時の困難な時代にスイス国民を団結させる目的で制作された。あの歌はその映画の中で使われているんだ。
 ご指摘のオディールの発言はスイスの歴史と多様な意味で関連しているため、理解がとても難しいシーンだね。80年代当時、スイスでとても有名なテレビ番組があった。政治に関する討論番組で、デモを行っていた2人の若者が、その頃進行していた抗議活動について警察側と議論するために招かれた。しかし、彼らは期待された行動を取らなかった。つまり、警察に反対する立場を観客に訴えかけようとはしなかったんだ。彼らは役柄を変え、まるで当局側のように振る舞って、「警察はもっと厳しく取り締まれ! もっと大きな弾丸を放つべきだ!」と叫んだんだ。虚を突かれた警察は戸惑った様子で、何も答えられなかった。
 まさにそれこそ、オディールがあのスピーチでやったことなんだ。彼女はわざと逆の立場を取り、彼らがいかに狂っているかを見せつけた。そしてもちろん、それは彼女の父親やハイマンに向けられたものでもあるが、同時に男性社会全体に向けられたものでもあったんだ。

©Langfilm / Bernard Lang AG 2020

Q.本作のスイス本国での公開は2020年10月だったようですが、コロナ禍(COVID-19)の真っただ中で、撮影や上映などにさまざまな障害があったのではないでしょうか?

 そうだね、パンデミックはこの映画の制作や公開時の大問題だった。本作のまさに公開直後にパンデミックが起きてね。ただ、不幸中の幸いだったのは、この映画のポスターがチューリッヒ最大の映画館の外に、まるで超大作映画みたいに約9ヵ月間貼られていたことだね。この規模の映画ではあり得ないことだった。もっとも、映画館は閉鎖されていたんだけどね……。本当に大変な時期だった。
 そして今、この映画が日本であたかも第二の人生を送っているようでとても嬉しいんだ。そんな機会に恵まれるなんて、予想だにできなかった。スイスでの公開からだいぶ時間は経っているけど、今の世界情勢、政治的な出来事を鑑みるに、この映画の物語はより現実味を帯びて、より切実に伝わるのではないかな。4年前よりも、現在のほうが理解されやすいと思うね。

©Langfilm / Bernard Lang AG 2020

 19世紀から永世中立を保持しているスイスで、第二次大戦後から、ロシアのKGBや東ドイツのシュタージとは逆バージョンの左派監視が行われていた事実をこの映画で知り、心底驚愕した。これまで知らなかった史実や世界が置かれている状況を、エンターテイメントの意匠で見せてくれる映画の力はいかなる媒体を凌ぐと今回も思い知らされた。テーマは深刻だけれど、コメディの旗手レビンスキー監督が描く世界にはユーモアが散りばめられ、そして常に“愛”がある。直にお話を伺う機会を頂いたことで新たな発見もあり、監督の温かなお人柄も伝わってきた。小説も書かれているということでストーリーテリングも秀逸で、全作観てみたいと思わせられる監督に……また出会ってしまった。
 (取材・文:Maori Matsuura、写真:オフィシャル素材提供)

公開表記

 配給:カルチュアルライフ
 2026年1月23日(金)より、恵比寿ガーデンシネマ、シネスイッチ銀座、 アップリンク吉祥寺、新宿武蔵野館 ほか全国順次公開

(オフィシャル素材提供)

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