
登壇者:ゆりやんレトリィバァ監督
これまでに世界各国30の国際映画祭に正式出品・ノミネートされ、海外映画祭“4冠達成”という異例の快挙をなしとげた『禍禍女』が、この度、第76回ベルリン国際映画祭の開催期間中に行われる「ベルリン批評家週間」に選出、ゆりやん監督が公式上映後のトークイベントに参加することが決定! “その大胆さを、ゆりやんレトリィバァは⻑編デビュー作で鮮烈に刻みつけた”と選定コメントを受けた本作は、映画祭側から、バレンタインデーに上映したいとの要望で、2月14日の上映が決定。現地時間2月14日18:00から公式上映が行われた。上映前、ゆりやん監督は映画撮影中から行ってきたコール&レスポンスをバレンタイン・バージョンにアレンジし登壇! ゆりやんの“MagMag”コールに対し、観客も“MagMag”コールで返答。最後には、“ハッピー”のコールに対し“バレンタイン”というレスポンスと共に会場を温め、上映がスタートした。
上映後、会場にいる観客たちからは熱い拍手が沸き起こった。その中でトークイベントがスタート。批評家3名とともに登壇し、会場にいた観客からも、“愛”についての感想や、質問が飛び交った。「ベルリン批評家週間」はドイツ映画批評家協会が2015年から毎年ベルリン国際映画祭と同時期に開催している映画祭で、上映後に批評家、学者、そして映画監督や制作者自身が登壇して行われる「公開討論」が行われる会。ここでは作品の背景にある美学、社会的な意義、そして現代における映画のあり方が深く掘り下げられる。観客も交えながら行う討論なので、次世代の映画批評を育む貴重な場として、国際的に高く評価されている。そんな映画祭で、ゆりやん監督は、バレンタインデーとなる現地時間2月14日(土)20:00から実施されたイベントに登壇。

批評家たちとの討論会の抜粋

観客Aからの感想
私が皆さんに伝えたかったのは、『自分を愛すること(セルフラブ)』こそが、一つの答えだということです。
今日はバレンタイン、愛の日です。皆さんもご存知のように、『愛される日』なのか、それとも『誰かを愛する日』なのか……。
でも、彼女(主人公)は答えを見つけました。“大切なのは、自分を愛すること。”誰かと恋に落ちるのも、誰かを愛するのも素晴らしいけれど、まずは『自分自身』を愛すること。そうすれば、最後にはすべてがうまくいくはずです。
これが正解かどうかは分かりませんが、でも、この作品を観て、これが私なりの答えになりました。
観客Bからの質問
まず……『愛』って一体何なんでしょうか? その人の『内面』を愛して、その人のために何かをしてあげたいと思うこと?
本当に相手を大切に思っているから、その幸せを願うことなのでしょうか。それとも、単に相手の『見た目』が好きだから?
あるいは、誰かを愛している自分自身が『心地よい』から愛しているだけなのでしょうか。
愛とは何なのか……。そして、私はそれを『自分を愛する(セルフラブ)』という言葉だけで片付けたくないんです。
ありのままの自分を認め、自分の好きなことを大切にする、という感覚。
毎日鏡の前に立って「愛してるよ」なんて言う必要はないけれど、自分には価値があるんだと知ること。
自分は特別な存在であり、愛されるに値する一人の人間なのだと、ちゃんと自覚すること。それが大切だと思うんです
ゆりやん監督からの回答
すごく力強くて、パワフルなメッセージですね。実は私、自分を愛そうと努力している最中なんです。
毎朝、欠かさず……自分がどれだけ自分を愛せているか、どうやって愛するかをノートに書き留めるようにしているんです。
本当に、あなたが言ってくれたことは、私にとって最高に、そして何よりも大切なことです。
私の人生にこれほど力強いメッセージを届けてくれて、本当にありがとう。

観客Cからの感想と質問
早苗(ヒロイン)のミュージカル・シーンは、本当にドラマチックで、同時にすごくコミカルで大好きなんです。
でも、もう一つ印象的なシーンがあります。彼女が鏡の中の自分を見つめながら、『スキ』と自らの像に語りかける場面。
宏(早苗が好きな男性)のことについても触れながら、自分自身を見つめ続けている……。
彼女のあらゆる行動は、ある意味ですべて『自分のため』だったようにも感じました。この愛は、結局あの男の子に向けられたものではなく、彼女自身の内側で完結していたのではないか、と。彼女はただ、自分が望む理想のイメージを相手に押し付けていただけなのかもしれないと思いましたがどうですか?
ゆりやん監督からの回答
まさに、核心を突くような素晴らしい質問ですね。ありがとうございます。ええ、そうです。まさにその通りです。
でも、彼女自身は気づいていなかったんです。彼女が自分の部屋で『嫌だ、嫌だ、』って叫んでいたシーン。
彼女はなぜ泣いていたのか? なぜ叫んでいたのか? それは、ヒロシが死んだからではありません。違うんです。
『自分の人生設計が台無しになったから』なんです。彼女は『彼の彼女』になるはずだった。でも、彼がいなくなってしまった。
だから『なんで? なんで? なんでなのよ!?』と。彼女自身、自分がなぜ泣いているのかさえ分かっていなかったかもしれません。
でも、心の底では……ヒロシがいないことで自分の計画が狂ったことに絶望していた。
つまり、早苗が愛していたのは彼ではなく、『自分自身』だったんです。

MCからの質問:怪物(モンスター)であっても、愛される資格はあるのでしょうか?
ゆりやん監督からの回答
私はそうは思いません。だって、怪物(モンスター)なんてこの世にはいないんですから。
怪物なんてどこにもいないんです。それは私たちが勝手に作り上げたもの、ただの幻想に過ぎない。
(同時上映の)ショートフィルムでも『私は怪物、あなたも怪物』なんてセリフがありましたけど……違うんです。
あなたは、あなた。私たちは、私たち。私は、私。あなたはあなた、ただそれだけ。だから、怪物なんて存在しません。
だからこそ、誰にだって、愛される権利はあるんです。全員にその権利がある。……私はそう信じています



ちなみに、映画『禍禍女』と同時併映となったのは、第78回カンヌ国際映画祭短編コンペティション部門へのノミネートもされていたポルトガルのガブリエル・アブランテス監督による短編映画「Arguments in Favor of Love」だった。
公開表記
配給:K2Pictures
絶賛公開中!
(オフィシャル素材提供)






