
2024年12月6日(土)〜12月19日(金)まで、新宿K’s cinemaにて開催される東京ドキュメンタリー映画祭で、ニューヨークのICP Entertainment Film Festival2025にて「BEST HUMANITY FILM」、バンコクのCENRETA ART AWARD2025にて最優秀賞を受賞した短編映画『AIが消し去る声』が上映される。
AIは効率化の名の下に、多様な声や存在を「外れ値」として排除してしまう。本作はその見落とされた声に耳を澄ませ、消されゆく痕跡を掬い上げるドキュメンタリーである。ノイズとされた音や、誤りとされた形象の中に、誰かの暮らしが宿っている。正常と異常を分ける境界線に潜む暴力性を問い直し、観客に「見落とし」と向き合う体験をもたらす。
この度、上映を前に、窪田 望監督のインタビューが届いた。
Q.窪田さんは普段どのようなお仕事をされているんですか?
アーティストとして活動しながら、AIの研究開発やコンサルティングの仕事もしています。大学ではAIの構造や倫理を研究し、企業ではAIモデルの設計や社会実装に携わっています。その両方の視点があるからこそ、「技術の裏で誰が取りこぼされているのか」を強く意識するようになりました。芸術とAIが互いに補完し合うような領域で活動している、というのが一番近い表現かもしれません。
Q.今回裂手症をテーマにしていますが、AIの仕事をしていて、指以外にも進化の影で排斥されているものに気づいたことはありますか?
たくさんあります。例えば、別の作品では、AIが秋の風物詩である虫の音をノイズキャンセリングしてしまうことを作品化しました。
https://nozomukubota.com/works/%e3%83%90%e3%82%a4%e3%83%8a%e3%83%aa%e5%8c%96%e3%81%99%e3%82%8b%e5%b9%bd%e7%8e%84/(外部サイト)
そうした“見えない排斥”は、AIが悪意を持っているわけではなく、単純にデータの偏りによって生まれています。鈴虫の例では、欧米では鈴虫はノイズであることから来ており、それが逆に怖いところでもありますね。裂手症を題材にしたのは、その構造を最もクリアに示してくれると感じたからです。
Q.「障がい」とは限らない裂手症について、実際に当事者と接してどう感じましたか?
まず最初に感じたのは、「社会が勝手に定義した“正常の形”に合わせられてしまっている」という違和感です。裂手症の方々は、私が想像していたよりもずっと軽やかに日常を送っています。ただ、外見の違いによる視線は相当に負荷がある。“機能的には困っていないのに、他者の視線に合わせるために手術をしなければならない”という現実は、深く胸に刺さりました。「障がいかどうか」は医学的分類の話で、彼らの存在そのものとは関係ありません。むしろ、社会の側が「この形が正しい」と押しつけている構図の方が問題だと強く感じました。
Q.作中インタビューに答えた裂手症の大塚 悠さんの「裂手症の子と呼ばれないために頑張った」という話を聞いてどう思いましたか?
とても胸が痛くなるお話でした。大塚さんの努力は尊いものですが、本来は彼女自身が“普通以上に頑張る必要”なんてなかったはずです。「個性が弱い人」「アピールが苦手な人」だって当然社会に存在します。そうした人たちが不当に不利にならない社会のほうが健全です。大塚さんは、“自分の存在が周囲に正しく届くまでの長い回り道”を歩かざるを得なかったわけですが、その言葉には非常に大きな含意があります。変わるべきは当事者ではなく、当事者を“例外”とみなしてしまう社会の方だ。彼女と話していると、そのシンプルで当たり前の事実を突きつけられました。

Q.本作を拝見して、5本指を「正常」ということへの違和感を感じました。医療現場の言葉は変える必要があると思いますか?
はい、変わっていく必要があると思います。医療現場では「正常/異常」という区分は診断上の便宜として存在しますが、それがそのまま“価値判断”として社会に流れ出してしまう危険が大きい。裂手症の方々の話を聞いたあと、私自身も「正常な手」という表現が急に不安定になりました。正常とは何か? それは医学的な中央値の話なのか? それとも社会的な規範の話なのか? その境界は曖昧で、しかも変動するものです。医療現場の言葉がアップデートされれば、社会の認識も変わっていくはずだと感じています。
Q.“Not safe for work(NSFW)”とは何か、改めてお教えください。“NSFW”の基準は変わる可能性がありますか?
“NSFW”は、インターネット上で「職場環境で閲覧すると不適切と判断される可能性がある」という安全ラベルです。多くの場合、性的表現や暴力表現に対して使われます。しかし、AI時代になると話は変わってきます。裂手症や多指症、欠損などの“人間の多様な身体像”が、AIによって自動的にNSFW判定されてしまう例がある。これは非常に大きな問題です。基準は変わりうるどころか、変えなければいけないものです。もし基準がすぐに変わらないなら、私たちは“なぜその判定が起きたか”を可視化し、議論を促す必要があります。私の展示《NSFW》も、まさにその試みです。
Q.アーティストではない読者には何ができますか?
まず「存在を知る」だけで、大きな意味があります。作中でNPO法人Hand&Footの浅原ゆきさんがおっしゃっていた通り、知らなければ気づくことすらできません。読者の方ができる具体的なことは3つあります。
1. 「五本指が普通」という無意識の前提を一度疑ってみること。
2. 子どもや周囲の人が“違い”に触れたとき、正しく説明すること。
3. 偏見のない言葉で語ること。
特別な行動をしなくても、日常の会話の中で偏見のない言い方を選ぶだけで、誰かの世界が少し広がります。アートはその入口をつくるだけで、変えるのは一人ひとりの視線です。
Q.本作は、ニューヨークのICP Entertainment Film Festival2025で上映されたり、バンコクのCENRETA ART AWARD2025にて最優秀賞を受賞していますが、海外での反応はいかがでしたか?
とても強い反応がありました。ニューヨークでは、「これは人間性を問うフィルムだ」ということでBEST HUMANITY FILMに選出され、身体の多様性をめぐる議論が活発に起きました。バンコクでは、「テクノロジーが人を傷つける構造」を丁寧に可視化している点が評価されました。文化背景が違っても、“見えない排除”というテーマには普遍性があるのだと感じました。
Q.東京ドキュメンタリー映画祭での上映が決まったとき、どう思いましたか?
とても光栄でした。裂手症というテーマを扱った作品が、東京で幅広い観客に届く機会を持てることが何より嬉しいです。このテーマは医療や福祉だけでなく、社会のあらゆる領域と関係しています。多様な背景の方々が自分の問題として考えるきっかけになればと思いました。
Q.本作の見どころをお教えください。
AIが扱う「手」という概念が、いかに偏っているかがよく分かる点です。裂手症の方やご家族の言葉、そしてAIエンジニアである私自身の戸惑いや反省が重なり、単なる医療ドキュメンタリーでも技術批評でもない作品になっています。“ラベルに収まりきらない人間”が、どれだけ豊かで、強くて、普通であるか。その当たり前の事実が立ち上がってくる瞬間を大切にしました。
Q.読者にメッセージをお願いします。
AIは便利な反面、世界を“見やすい形”に整理してしまいます。でも、世界の本当の美しさは、例外や揺らぎや、多様な形の中にあります。もし今日、誰かの“違い”を見かけたらそれを「例外」と見なすのではなく、「世界の一部として当たり前に存在している」と受け止めてみてください。それだけで、誰かの未来が少しだけ変わるかもしれません。
『AIが消し去る声』

監督:窪田 望/2025年/26分/日本
AIは効率化の名の下に、多様な声や存在を「外れ値」として排除してしまう。本作はその見落とされた声に耳を澄ませ、消されゆく痕跡を掬い上げるドキュメンタリーである。ノイズとされた音や、誤りとされた形象の中に、誰かの暮らしが宿っている。正常と異常を分ける境界線に潜む暴力性を問い直し、観客に「見落とし」と向き合う体験をもたらす。
東京ドキュメンタリー映画祭2025
12月6日(土)〜12月19日(金) 新宿K’s cinemaにて開催
<会場> 新宿ケイズシネマ
【料金】
一般 1600円 大・高1400円 シニア1200円
※ ご鑑賞の3日前0:00より上映時間の30分前まで劇場サイトよりチケットがご購入いただけます。
【特別鑑賞券発売中!】
3回券 3,600円
※ 劇場窓口および映画祭事務局で販売
(映画祭期間中も販売しますが、売り切れ次第販売を終了します)
※ Web予約では使用できません 窓口にて指定席券とお引き換えください
●各回定員入れ替え制、全席指定
●上映開始後のご入場は、お断りさせて頂く場合がございます。
●満席の場合は入場をお断りさせて頂く場合がございます。
●作品により画像、音声が必ずしも良好でない場合がございます。あらかじめご了承下さい。

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