記者会見

『ロルナの祈り』来日記者会見

 ベルギーの名匠ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督が、初めて大人の女性を主人公に据え、社会に翻弄されながらも懸命に生きる移民女性のひたむきな愛を描いた『ロルナの祈り』。2008年カンヌ国際映画祭脚本賞受賞で、二度のパルムドールを含む4作連続主要賞受賞の快挙を果たした監督と主演のアルタ・ドブロシが来日、記者会見を開いた。

まずはご挨拶をお願いいたします。

アルタ・ドブロシ:こんにちは。きょうは来てくださってありがとうございます。今回初めて日本に来まして、皆さんにお会いできて嬉しく思っています。

リュック・ダルデンヌ監督:皆さん、来てくださってありがとう。でも、まず感謝をしなければいけないのは、私たちの映画を配給してくださっている定井勇二さんはじめ配給会社の方々です。もう10年以上前のことになりますが、定井さんがカンヌ国際映画祭で最初に、私たちの『イゴールの約束』を買い付けてくださったのです。1996年のことでした。
ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督:私も同じように感謝したいと思います。定井さんのおかげで、私たちは3年毎に東京に来ることができるのです。個人的にいえば、プロモーションとして訪れる中で、世界で一番好きな場所、それが日本です。ですから、こうしてここに戻ってくることが出来て、とても嬉しく思っています。

ダルデンヌ監督の映画には、手持ちカメラなど、独特の絵づくりがあると思いますが、撮影の際のこだわりがあれば教えてください。

リュック・ダルデンヌ監督:私たちが重要視しているのは、映画づくりの仕事の方法です。まず私たちは友人または近い人たちと一緒に仕事をします。そして撮影は必ずシナリオ通りに、順撮りをします。ですので。クランクイン初日の最初に撮るのはファースト・シーンのファースト・ショット、そして最後に撮るのはラスト・シーンのラスト・ショットです。
 また私たちは、俳優との仕事を重視しています。私たちにとって、プロの俳優かアマチュアかはまったく重要ではなく、この役はこの人でなければならない、と私たちが感じた人と仕事をすることが大切です。この登場人物はこの人であって、他の誰であってもならないという人たちと仕事をします。
 予算については、すべてをコントロールできるような予算を得ることにしています。私たちは幸い、自分たちの映画の製作も行っています。もちろん共同プロデューサーが入る場合もありますが、例えば、このショットを撮り直す、撮り直さないということや、撮影時期を延長するしないも自分たちで決定することができるのです。完全に予算を自分達でコントロールできること、これはとても重要なことです。
もうひとつ私たちが原則としているのは、映画のための予算は全て映画を撮影する時間に使うということです。映画製作には、映画をつくるための十分な時間をかけられることが大切だと考えています。俳優やスタッフのスケジュールの調整というような無用なプレッシャーがかからないことは大切です。たとえばアルタの場合には、撮影の始まる2ヵ月前にリエージュに来てもらって、それから1ヵ月半のリハーサルをし、撮影が始まってからも、もちろん彼女はほとんど全ての場面に登場しているというわけですが、彼女の出ない場面を撮る時でもずっと撮影現場にいてもらいました。そうすることで、より映画を感じてもらうためです。そこから良い演技も生まれるのだと思います。映画には、時間をかけるということが大切です。

アルタさん、ダルデンヌ監督の現場は初めてだったわけですが、監督の演出とはどんな感じなのでしょう? また現場の雰囲気はいかがだったのでしょう?

アルタ・ドブロシ:まず撮影現場の雰囲気ですが、とても素晴らしいものでした。とても落ち着いていて、まるで自分の家にいるようにリラックスでき、余計なストレスやプレッシャーを感じることはありませんでした。それというのも、監督たちは俳優たちの言うことにとてもよく耳を傾けてくださるので、「こんなことを言ったらバカにされないかしら」などという心配をすることなく、思ったことを言うことが出来たので、それがだんだんと自信にもつながっていって、良い環境でやれたと思います。リハーサルは1ヵ月半続いたのですが、そこでも監督たちは「こうするべきだ」というような言い方を決してされないので、みんなで一番良い、ベストな方法を探していけるので、そのようなやり方をしていると、もっとリハーサルをしたい、もっとリハーサルをしたいという気持ちになって、皆で最高のものをつくる歓びを感じました。そして撮影は2ヵ月にわたって順撮りで行われたので、これも俳優にとっては嬉しいことで、ロルナの人生を生きることができました。

アルタさんは以前に難民キャンプで働いていたことがあると聞きましたが、その経験は、今回の役づくりにどのように生かされましたか?

アルタ・ドブロシ:私が仕事をしていたのは、マケドニアの難民キャンプでした。コソボの戦争の際に、コソボから逃げてきた難民たちが向かった場所で、私はそこの医療機関で通訳から雑用から何でもやりました。その経験が今回、ロルナを演じるのに役立ったのかどうかは私には分かりません。そういう考え方をしたことがないからです。もちろん演じる時には、それまで自分が経験したもの、自分が獲得してみたから引き出して演じるわけですが。
 私にとって一番大事だったのは、ロルナの人生を想像してみることでした。そこで私はロルナの年譜をつくってみました。映画が始まる前のロルナがどういう人生を過ごしていたかとか、家族はどんなだったかとか、そういったことを自分なりに想像してみたのです。
 そしてリハーサルに入ったのですが、そこでも監督たちからいろいろなアドバイスを受けました。皆さん、お気づきだと思いますが、ロルナはとても良く動きます。そしてダルデンヌの映画では、人物の動きをとても重要に考えてらっしゃいます。コップをとる、コップを置く、そうした動作を監督たちはとても大事にします。
 私は、役に入る前は、年譜をつくったりしましたが、その後は、ロルナの過去もなく未来もまったく考えず、「今」という瞬間に集中して演じることができました。
 もうひとつ心がけたのは、準備から撮影まで5ヵ月に渡って、ロルナのようになるべく1人でいることでした。出かけたり、飲みにいったり、そういうことはしないようにしました。私がそういうことをすれば、ロルナもそうしていることになり、それはロルナにふさわしくないと思ったからです。

監督にお伺いしたいのですが、賞というものは意識しますか? どういう点が評価されているのだと思いますか? また、視覚的要素を重視したハリウッド映画をどう思いますか?

ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督:まず最後の質問からお答えします。私は、CGなどで視覚的要素を重視したハリウッド映画も良いと思います。大切なのは多様性です。いろいろな映画があるのは良いことです。危険なのは、画一的になることだと思います。
次に、なぜ私たちが賞を取るのかですが、それは審査員に聞いていただかないと分かりません。賞を決めるのは私たちではありませんから。
そして、賞をもらったとき我々にどんな影響があるかですが、もちろん賞をもらうのは、たいへん嬉しいことです。それは仕事が認められたことでもあります。しかもその仕事は私たちだけのものでなく、スタッフ、俳優皆でやった仕事です。映画はあくまでも集団の仕事ですから。
 しかし私たちは、賞を受けた受けないに関わらず、映画をつくる時は毎回ゼロから創り始めます。ただしその時に、前の作品が重要な賞を取っていると資金調達の可能性が広がるといえます。私たちが賞について考えていることは以上です。

現実には「愛」というものは目に見えないものを、映画という目で見ることを目的としたもので表現するのは、どんなところおが大変ですか?

リュック・ダルデンヌ監督:今、「愛は現実には見えない」とおっしゃいましたが、果たしてそうでしょうか? 愛とは信じるものです。そして信じるためには、人には証拠が必要で、愛の証拠は見えるものです。その点で、愛は映画にあっても現実にあっても見えるものです。愛とは、その人の見つめ方、その人の触れ方、話をする時の話し方の中にはっきりと見えるのではないでしょうか? それははっきりと見える愛の痕跡なのではないでしょうか?
 たしかに、愛そのものは痕跡以上に、強く広い感情です。ですので、特にこの映画においては、愛を語るために過剰な言葉を尽くしたり、感情的に見せるということはしてはいけない、と思いました。むしろ控えめに、なるべく抑えて、時には隠して、そうしたほうが、観客が愛を強く感じてくれると思っているからです。
映画のラスト・シーンもそんな思いから創りました。ロルナは空想上のお腹にいる子供と話をしますが、その時に初めて、彼女が人生でたったひとり愛したのは麻薬中毒のクローディなのだと気づくのです。そしてそれは、彼女の顔の中に表れているわけですが、同時に顔はそのことを隠してもいる、そういうことだと思います。

監督には、この映画を作ろうと思ったきっかけ、またどんな問題意識があったのか、アルタさんにはロルナのどんなところに共感するか、ロルナの魅力とは何かをお伺いしたいです。

アルタ・ドブロシ:ロルナの魅力は、お話するのは難しいのですが、シナリオを読んだ時に惹かれたのは、彼女を断罪することはできないという点でした。彼女は必死に生きようとしているからです。そして映画の中でロルナはだんだんと変わっていきます。強い部分もあれば弱いところもある、ロルナは複雑な人物です。
 また現場では、毎日のように監督からアドバイスをもらって、役を修正していきましたので、どこが魅力とは一言ではいいがたいです。
 演じる時はどんな役にも共感するところがあるものです。ですから、これもどこが、とはいいにくいのです。強い面弱い面を持っているというところは、私に似ているのかも知れません。
ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督:この映画を撮ろうと思ったきっかけは、弟と二人、前々から「大人の女性」を撮りたいと話していたことでした。今まで大人の女性を主人公にしたことはありませんでしたから。そしてもう一つは、『息子のまなざし』を撮り終えた後だったと思いますが、ブリュッセルに住むある女性から聞いた偽装結婚についての実話です。その話は、この映画の出だしの部分にかなり似ています。
 そして、観客にどんな問題を意識してほしいかですが、私たちはそういうことは考えていません。この映画は、ひとりの女性のストーリーです。彼女は二つの方向性に引き裂かれています。ひとつは同郷の恋人とスナック・バーを開いて暮らすという夢。一方、彼女の傍らには別の男性がいて、その男性は彼女の夢のために殺される運命にあり、彼女はそれを知っているのに沈黙しなければならないという、この二つの状況に彼女は引き裂かれているわけで、その彼女の物語を描きたいと私たちは考えたのです。
 そして先ほど愛について質問なさった方への答えにもなるかもしれませんが、この映画は、とても美しい愛の物語でもあると思います。しかしラブ・ストーリーとすると、その愛はクローディが消えた時に、現れ始める。その愛の主体が消滅した時に、初めて愛は客体となる、逆説的なラブ・ストーリーであると言えるでしょう。
 ロルナはそのために空想上の子供を自分の中に創り上げる。その架空の子供ゆえに彼女はより人間的な存在になる。そんな物語です。
 もし私たちが語り終えていればいいのですが、語り終えていないとしたら、その部分を埋めてくださるのは、それは観客の皆さんなのだと思います。

監督、ご兄弟で映画を撮り始めて何年になりますか。また兄弟で撮ることのメリットとデメリットは? 喧嘩はしないのですか?

リュック・ダルデンヌ監督:スポーツ新聞の方から質問をいただいて大変嬉しいです。スポーツ紙の記者の皆さんには普通、競争やライバル関係が取材の対象だと思いますが、私たちの関係には勝ち負けはないのです。撮影の前には二人で議論の時間が長く続きます。でもそれは二人が、同じ方向に、やりたいことが同じようになるためのものです。私たちはアイデアを一人が出した時に、それは良くないこっちのほうがいい、というような言い合いはせず、そのアイデアを発展させていく、前へ進めていくために議論をします。
 兄弟喧嘩とおっしゃいましたが、二人の中で統一が取れていれば、口論も前向きで、まぁ、私たちが言い合いをするのは今日のレストランはどこにする?というような時だけです(笑)。
 何年一緒に仕事をしているかですが……。
ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督:100年前からだよ(笑)!
リュック・ダルデンヌ監督:1974年の最初のドキュメンタリー以来だから、32年。いや34年か。
ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督:スポーツ紙の方なので付け加えたいのですが、僕らは二人とも大のサッカー・ファン。同じチームのサポーターで、ベルギーのリエージュのチームで、ベルギー一部リーグで去年も優勝したので、今年も優勝して欲しいと願っています。UEFAカップにも出るかも知れないんですよ!

ところでアルタさん、先ほど監督たちが言っていた、「喧嘩はしない」というお話は本当ですか?

アルタ・ドブロシ:確かにレストランのチョイスでは、良く喧嘩してたわ(爆笑)! というのは冗談ですが。お二人があまりにも一心同体なので、一人の人間であるということを忘れてしまうほどです。でも、二人であるということは、とてもいいことなんだと思います。なぜなら、1人の登場人物について、お二人と俳優と3人で意見を出し合って創り上げていくことが出来ますから。
 それから、私も同じサッカー・チームのファンなんですよ!

 登壇者:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督、アルタ・ドブロシ

公開表記

 配給:ビターズ・エンド
 2009年1月31日(土)より、恵比寿ガーデンシネマほか全国順次ロードショー

 (オフィシャル素材提供)

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