イベント・舞台挨拶

『Arc アーク』スペシャルトークイベント

©2021映画『Arc』製作委員会

 『愚行録』『蜜蜂と遠雷』で国内外より注目される石川 慶監督の待望の新作映画であり、『累 -かさね-』と『散り椿』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、最新作『ファーストラヴ』では、その憑依したような熱演に堤 幸彦監督から“涙の魔術師”と絶賛された主演・芳根京子が一人の女性の17歳から100歳以上を生き抜くという、キャリア史上最難関の役どころを繊細かつ大胆に演じる、人類にとって全てが初めてとなる不老不死の世界を描いた、驚愕と不思議(=センスオブワンダー)に彩られた壮大なるエンターテイメント作品『Arc アーク』が6月25日(金)より全国ロードショー。

 この度、本作を手掛けた石川 慶監督と、映画科学ライターのJoshuaによるスペシャルトークイベントが実施された。東北大学で物理学を専攻し、卒業後はポーランドの名門で映画を学んだ経歴を持つ石川と、東京大学で宇宙物理学の研究に従事する科学映画ライターJoshuaという超理系同士の対談で、普段のイベントとは少し違った視点で語られる、映画『Arc アーク』の世界が垣間見られた。

 上映直後の興奮収まらない観客に大きな拍手で迎えられた石川監督から、最初に「本日は本当にありがとうございます。コロナ拡大する中で撮り終えて仕上げて……なんとか公開できる運びになりました。今日は科学映画ライターのJoshuaさんと科学の深い話ができると聞いて楽しみにしていました」と短い挨拶を終えると、Joshuaからも「ケン・リュウ原作の「円弧(アーク)」が日本で映画化されると聞いてまず驚いて、映画を観てみたら瀬戸内海が出ていて『(あの原作から)これを想像するのか!?』とさらに驚いて、非常に面白いと思いました。この作品は<不老不死>というテーマを描きながらも決してディストピア的に語るわけでなく、かと言ってユートピアでもない。作品全体に通底するバランス感覚がリアリティを彷彿させるところが気に入っています」と石川独特のオリジナリティを絶賛。

 本作に関するインタビューでも度々<ディストピアに描きたくない>と語っていた石川は、「実はそうはいっても最初はディストピア調ではありました」と裏話を明かす。この方向転換の影には「一度出来上がった脚本を、原作を手掛けたケン・リュウに送った時に『不老化技術のような新しいテクノロジーはこれから開発されるかもしれないけど、それを今の時点で<良い・悪い>というジャッジはしたくない。それは人間の強い部分も弱い部分もさらけ出すかもしれないけど、将来的には良いものになっていくと信じてフィクションを書いている』というアドバイスがあり、この考え方は自分の科学への姿勢と共感する部分でもあったので、この作品の大きな柱になりました」と東北大学で物理学を学んだ経歴を持つ石川と、プログラマーとしても働いた経験がある理系作家のケン・リュウの共通の価値観について語った。

 17歳から100歳以上まで生きる主人公・リナを演じた芳根京子について話が及ぶと、石川は「芳根さんは最初『30歳の自分もイメージできないのに100歳以上は、無理です』と至極全うなことをおっしゃってたんですけど、芳根さんは共演する相手でガラリと変わる人。そう考えると、この時はこうだと決めるのではなく、分からないからこそ作れるものがあるんじゃないかとお話させていただきました」。そのリナを演じた芳根の“心の支え”になったという岡田将生については、「岡田さんは実際に会ってみると本当に美しい容姿をされていて、この世のものじゃないような雰囲気をまとっている。それなのに話すととても人間味溢れる方で、(天才科学者である)天音にぴったりだと思いました」と石川が語ると、Joshuaからも「サイエンティストあるあるですね(笑)。研究所にはああいう好きなことを一心不乱にやっている人がいっぱいいるんです」と岡田のキャスティングに太鼓判。

 また、本作は近年の日本映画には珍しく、物語後半はモノクロ映像を中心に描かれる。観客にとってはサプライズ溢れるこの演出について聞かれると石川は「カラーグレーディング(色の補正作業)はポーランドでやりました。カラーリストは『COLD WAR あの歌、2つの心』(18)や『イーダ』(13)をやっている方で、『蜜蜂と遠雷』の時に仕上げをどういうふうにやっているのか見せてもらったんです。そしたらモノクロなのにカラーで撮影していて、しかもグリーンバックを立てて結構ヘビーなCGで作られていて。ちょうどその年に『ROMA』(18)がアカデミー賞®にノミネートされていて、デジタルで作る<モノクロ>を使って細かいディテールを表現することが結構SF的だと思ったんです。それが今回の『Arc アーク』を作る時に自然に浮かびました」とポーランドで映画製作を学んだ石川ならではのアイデアを披露。「カラーで見るとロケ地は小豆島なんですけど、モノクロにすると、“いつでもない”異国観溢れる風景に変わって、これはうまく行きますよ、とプロデューサーを説得しました(笑)」とアメリカが舞台に描かれた原作を日本で映画化するにあたっての挑戦を明かした。

 ここで話は劇中で描かれる<ストップエイジングによる不老不死>が、実際の世界でどこまで現実的なのかについて。科学映画ライターであるJoshuaの解説によると「生命が誕生した数十億年前に遡ると、最初の生物は単細胞生物で、細胞分裂しても1つが2つになるだけで『老化』や『死』という概念自体がなかった。これが進化の過程で多細胞生物になって、酸素濃度が必要になり、体格も大きくなって、性も獲得した。その過程の中で人間は『死』という概念を途中で獲得したんです」という驚きの事実が説明される。さらに作中でも描かれる<テロメア>という細胞については「人間は細胞分裂するたびに<テロメア>という“回数券”のようなものが減っていくんです。最終的に<テロメア>がなくなると細胞は自死する。このプロセスが人間の身体全体で起こると『老化』し、生物は死にます」と簡潔に解説。

 さらになぜ生物は死ぬ必要があるか?という普遍的な問いに対しては「<多様性>という仮説があります。オスとメスが存在することで有性生殖としてより複雑な個体を生み出すことができる。例えば新型コロナのウイルスは一瞬で進化していくけど、生物は<多様性>があるから一部分の人が死んでしまったとしても他は生き残ることができる」とまさに今人類が直面している脅威に対してもこの<多様性>が効果を発揮していると語る。この解説を聴いた石川によると、「実は劇中で天音(岡田将生)にもこの話をしてもらったんです。長い台詞でやむなく本編ではカットになりましたが、岡田さんに一生懸命読んでもらったのが、いまJoshuaが話してくれた内容です」と劇中にも取り入れられた概念だと理系監督ならではの視点で作品の解説を補足。

 そして実際に「<テロメア>を再生して細胞が若返らせることで、老化を遅らせる技術は実際に既に現実世界で行われていて、『Arc アーク』の世界はそんなに遠い未来の話ではないです」とJoshuaが付け加えると、石川も「劇中で天音が作る“ピンクの液体”は“テロメア初期化細胞”をイメージして作った細胞です」と裏設定を語り、石川の細かなリサーチが映画に取り入れられていることが明かされた。石川は、そのリサーチの過程でさらに“目からウロコだった”こととして「いままで『死』は『生』の対極の概念だと思ってきたのですが、生物は進化の過程で、昔は生きることしかできなかったのに、死ぬことを“選択できるようになった”ということでした。死を選択することによって、実は種としてはもっと強く生きることができる、それが生物だ、という基本的な概念に触れた時に<不老不死>の定義がガラっと変わった感覚がありました」と劇中で描かれる『死』と『生』の考え方と、実際に生物が得てきた過程の深い関係性について語った。

 さらにMCから<ストップエイジング>によって若くあり続けることの意味を問われると、石川は「今回老いとは何なのか、と考えました。すでに『老いは病気』だと言っているお医者さんもいて。その結果、普段自分たちが言ってる“老い”は“身体の老い”を意味しているだけじゃないかと気づいて。果たして身体が若いままだったら、精神は老いていくのか?芳根さんと最終的に答えらしきものが出たのは、人間は身体が老いなければ、精神は“老いていく”のではなく、“成熟していく”のではないかということでした」と実際にリナとして長い人生を生きた芳根とともに作り上げていった部分だと語る。

 この見た目では分からないまま歳を重ねていく表現について、Joshuaは「昨今のSFブームでは、今まで映像技術が追いついていなくて作品化できなかったものを作品化しようという流れがあって、莫大な予算をかけて、それはそれで面白いんですが、この『Arc アーク』のように個人の精神世界という宇宙の変革を描くというものがSFの真骨頂だと思います」と日本で製作されたこの唯一無二であるSF作品の挑戦に最大級の賛辞送った。

 イベントの最後には石川から「やっと公開できるようになりました。意図したわけではないですが、コロナの状況とも重なって見える映画になったなと実感しています。映画館もやっと通常に戻ってきた時期でもあるので、ぜひ周りの方に広めていただけましたら嬉しいです!」とアピールし、イベント締めくくった。

登壇者:石川 慶監督、Joshua(科学映画ライター)

(オフィシャル素材提供)

公開表記

配給:ワーナー・ブラザース映画
2021年6月25日(金) 全国ロードショー!

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