
登壇者:市山尚三(共同プロデューサー)
カンヌ、ベルリン、ヴェネチアー世界三大映画祭の常連である中国の名匠、ジャ・ジャンクー監督が6度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品を果たした最新作、『新世紀ロマンティクス』が5月9日(金)よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほかにて絶賛上映中!
5/10(土)、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下にて上映後に公開記念トーク&ティーチインイベントが開催された。
長年ジャ・ジャンクー監督作品のプロデューサーを務め、共同プロデューサーとして『新世紀ロマンティクス』にも携わっている市山尚三氏が登壇、本作の魅力や舞台裏などたっぷり話した。Q&A形式で観客からの質問も盛り上がった。
「『新世紀ロマンティクス』はコロナ禍を挟んで実現したことで映画としての強度を増した。映画史的にもとても貴重なものに」
111分の本編上映後、駆けつけた観客の拍手に迎えられ、市山氏が登壇。はじめに、2001年公開の映画『プラットフォーム』から、ジャ・ジャンクー監督と20年以上の付き合いになる市山氏だが、本作にはどのような関わり方をしたのかという質問に対して「近年はプロデューサーというよりアドバイザーのような立ち位置で関わっています」と説明。「新しい企画ができた時に監督から相談がくるんです。脚本を読み、編集段階で呼ばれて北京を3、4回訪れ意見を言いました。『前の編集とあまり変わってなくない?』と指摘するとジャ監督がむきになって『いやここが変わっている』とか言うんです」とユーモラスなやりとりを紹介した。
続いて20年以上にわたり監督が撮りためた映像と、コロナ禍に新たに撮り下ろした映像を組み合わせるという特殊な作り方をされた本作の製作経緯について問われると「実は『帰れない二人』の時にやりたかったことを、『新世紀ロマンティクス』で再び挑戦した作品なんです」と語った。「『青の稲妻』と『長江哀歌』に出てくる男女が同じ俳優なので、編集すれば長いスパンで男女の関係の変遷を捉えた作品ができるというアイデアから始まり、実際に企画が動き出そうとしていたのですが、ビン役のリー・チュウビンが病気で入院してしまった。急遽リャオ・ファン(中国の人気俳優)をキャスティングし、出来上がったのが『帰れない二人』だったのです」と驚きの『帰れない二人』製作の裏側を語る。『帰れない二人』のときは過去作とは別の俳優が演じたことにより、過去のシーンはすべて演じ直しになった。「結果論にはなりますが、『新世紀ロマンティクス』はコロナ禍を挟んで実現したことで映画としての強度が増したと考えています。コロナ禍をジャ・ジャンクーがどう見たか、という点で映画史的にもとても貴重なものになった」。

中国映画市場の予測からジャ監督の好きな食べ物、はては未だ実現していない幻の企画まで、次から次に飛び出るレアな情報!
話は現代中国の映画製作を取り巻く環境、今後の中国映画市場の予測について移った。市山は「昨年は興行が振るわなかった中国国内の映画業界だが、今年『ナタ 魔童の大暴れ』が大ヒットしたことで再び活気を取り戻している。中国の映画市場は変化が激しく、予想がしづらい」としたうえで、「一つ言えるのは、今までに観たことのないような作品が生まれてくる可能性が増えたということ。今までの中国映画市場は、大ヒットした映画を模倣した作品が続出する傾向にあったが、観客がしだいに飽きて興行が振るわなくなるということが映画製作に投資する人たちも分かった」と分析した。
客席からのQ&Aも相次いだ。最初に出たのは「ジャ・ジャンクー監督の好きな食べ物はなんですか」という質問。これに対し、市山は「日本のラーメンと焼き餃子、あとは寿司も好きですね」と即答。「好きなネタは」と重ねられた質問に「ラーメンは博多の豚骨ラーメン。寿司はサーモンを大量に頼んでいました。日本に来て洋食を食べに行こうとはならないですね」と答え、会場を和ませた。
続いて「中国では政府の表現規制が厳しいと聞くが、ジャ・ジャンクー監督作品についてはどうなのか」という問い。市山は「中国では検閲を通さないと映画上映ができないため、完成直前に試写を行う。ジャ監督作についても例外ではなく、『罪の手ざわり』は中国で公開できなかった。ただ、監督はある意味柔軟で、当局の担当者たちと対話を重ねて妥協点を見出すという努力は常にしている」と答えた。「ジャ監督作は、本土ではどういった客層が観に来るのか」という質問には、「中国では日本の状況とは異なり、ほとんどの映画の観客は若い層で、ジャ監督作についても若い人たちが多い。なかでも、一般大衆というよりかは芸術に興味があったり、社会問題に関心がある層ですね」と答え、「ジャ監督が洋画の配給会社を始めたんですが、一本目に配給した『ドマーニ! 愛のことづて』というイタリア映画は中国SNS微信(Weibo)で話題になって予想を上回るヒット(5、6億円の興行収入)になったそうです」と付け加えた。
最後に、「第5世代の監督たちのようにジャ監督がアート映画ではなく商業映画を撮る可能性はあるのか?」という質問に対しては、「実は『罪の手ざわり』前に清朝末期を舞台にしたカンフー・アクションを作るアイデアがあった」と明かした。「義和団事件という外国人排斥運動がありましたが、監督の出身地でもある山西省でも実際にあったそうなのでそれを下地に、外国人を追い出そうとした若者たちの話です。彼らが外国人排斥のために自分たちを鍛えていくんですが、面白いのはそういった訓練や運動はまったくの無意味で、歴史の大きな波の中でちっぽけな自分たちは何も変えることができないのだとやがて気づく結末が待ち構えている点です。諸般の事情により頓挫した企画ではありますが、監督としては商業映画をやらないという意思はない。基本は映画祭に出品するような作品作りを続けていくと思います」と締めくくった。
ジャ監督の好きな食べ物から未だ実現していない幻の企画まで、貴重な情報が満載のイベントとなった。
市山尚三 プロフィール

映画プロデューサー、東京国際映画祭プログラム・ディレクター。
東京大学経済学部を卒業後、1987 年松竹株式会社に入社。竹中直人監督作品『無能の人』(91)をプロデュースした他、台湾の巨匠、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『好男好女』(95)等3作品をプロデュースする。
その後株式会社オフィス北野に移り、アジアの若手監督の作品のプロデュースを開始。カンヌ映画祭脚本賞を受賞した『罪の手ざわり』(13)等、ジャ・ジャンクー監督の7作品を製作。
2000年12月には映画祭「東京フィルメックス」を立ち上げ、ディレクターに就任。2012年より東京藝術大学大学院映像研究科客員教授。2021年より東京国際映画祭プログラム・ディレクター。2019年度第37回川喜多賞受賞。
公開表記
配給:ビターズ・エンド
5月9日(金)より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほか絶賛上映中!
(オフィシャル素材提供)