
登壇者:山田裕貴、平 一紘監督
終戦を知らずガジュマルの上で2年間生き抜いた2人の兵士の実話を元にした、映画『木の上の軍隊』(7月25日全国公開)。7月7日(月)には公益社団法人日本外国特派員協会で試写会が行われ、上映後に主演の山田裕貴と平一紘監督が記者会見を行った。

国内外多くのメディアが集ったこの日、平監督は「この作品を終戦80年に撮れたことは大きな意義があると考えています」などと英語で挨拶。山田は「このような世界に発信できる機会を設けていただき、心より感謝いたします。一生懸命伝えるべく、手紙のような形にさせていただきます」と英語で伝え、「この作品は誰が敵で誰が味方か、そのような戦争映画ではありません。誰もが望む平和な未来、これはどの国にいようと一緒だと信じています。そのなかで、戦争で戦った偉業よりも生きようとすることの滑稽さや生きていることが何よりも大事だと、そんな祈りのような作品です。どうかたくさんの人々に広がることを祈ります」と本作の核となるテーマを紹介していた。

沖縄県伊江島出身の新兵・安慶名セイジュンを演じた山田は「ものが食べられない、水が飲めない中で体重を落とすのは当たり前のことで、それ以外では、演じるシーンの中でこの瞬間に安慶名は何を思っているのだろうか?ということを、監督の『レディ、アクション!』まで考え続けること。それしか僕らには出来ない。キャラクターのモデルになったお二人が何を思ったのか、台本にあるセリフなどの設計図をかみ砕いて演じるのが僕の中での役作りであり、安慶名への挑み方でした」と役作りを回想した。
宮崎から派兵された厳格な少尉・山下一雄(堤 真一)と安慶名の関係性やその変化を描くために、平監督は「演じるお二人がまるで木の上で暮らすように撮影をしました。沖縄で実際に戦場になった伊江島に本物のガジュマルの木を植え、最初のシーンから最後まで脚本通りにほぼ順撮り(順番に撮影していくこと)をしました。お二人には、脚本に描かれていることに沿って木の上で生きてほしいというお願いをしました」と撮影を振り返った。
また沖縄出身の平監督は「僕が生まれた場所は戦争があった場所だと分かっていたし、小さいころから平和教育とか受けてはきたけれど、本作製作のための取材をするまで(沖縄戦に)真剣に向き合ってきませんでした。この映画を通して一番成長したのは僕だったのかもしれません」と実感。取材には2年をかけたそうで「安慶名と山下という二人のキャラクターに自分の意識や価値観も持っていきたかった。当時どんな思いで戦ったのか知りたくて調べたら、やはり辛いことばかりだった。ただ僕のような沖縄戦から目を背け続けてきた人たちにこそ本作を届けたいと思いました。なのでたくさん工夫して、コメディ・シーンや涙が出るシーンを入れたりしてエンタメ作品として仕上げました。僕自身に向けて作ったと言っても過言ではないくらい、僕はこの映画を届かない人にこそ届けたいと思いました」と本作への想いを口にした。

外国特派員協会で会見を開いた意義について平監督は「戦争が起こす悲劇は、子どもや民間の力がないような一番弱いものに向く。大国同士の争いになった時に辺境の国、島の人たちが悲惨な争いに巻き込まれる。この作品は日本とアメリカの争いを描いたものではなく、衝突のはざまにいる小さな人たちがどんなふうに生き抜くのか描いたつもりなので、本作がいろいろな国と地域の人々に届くように願っています」と期待。
一方、山田は演じる上で「どこまで(安慶名の)モデルとなった佐次田秀順さんというホンモノに近づけるのか、何ができるかと考えた時に、自分に出来るのは考え続けることとホンモノを味わうこと」を意識したそうで「僕は虫が大嫌いだけれど、ウジ虫を食べるシーンでは監督にお願いして実際に食べました。これはウジ虫を食べたことが凄いのではなく、僕がどれだけホンモノに近づけるのかの勝負のようなものでした。ウジ虫を実際に噛んで飲み込んで味わった感覚とか、そういったことを自分の身に感じていく。そこが一番大事だと思いました」と熱演を報告した。
迫る全国公開に向けて山田は「銃やミサイル、戦車を使った悲惨な戦争はあっては欲しくない。ただみんなが幸せにご飯を食べることが出来る。それが一番大事。年齢制限のない映画になっているので、子どもたちにも伝えられる映画にもなっています。これは日本のお話ではなくて、人間の心のお話。日本人が戦争で嫌な思いをしたとか、そういうことを言いたいのではなくて、ハートの問題。それが世界中の大人たちだけではなく、子どもたちにも伝わって欲しいです」と呼び掛けていた。
公開表記
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
6月13日(金) 沖縄先行公開/7月25日(金 )新宿ピカデリー他全国ロードショー
(オフィシャル素材提供)