イベント・舞台挨拶

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』第38回東京国際映画祭 ジャパンプレミアトークイベント

© 2025 20th Century Studios

 登壇者:湯川れい子(音楽評論家)、五十嵐正(音楽評論家)
 司会:奥浜レイラ

 11月1日(土)、『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』が第38回東京国際映画祭《ガラ・セレクション》作品として日本初披露された。上映前には、ブルース・スプリングスティーン本人と三度会っている、音楽評論家で作詞家としても活躍する湯川れい子、音楽評論家で本作の字幕監修も務めた五十嵐正が登壇した。会場にはスプリングスティーンのTシャツやトレーナーで決めた熱烈ファンも数多く詰めかけ、二人の話に聞き入った。ジャパンプレミアとなった上映後には満席の場内から拍手が起こり、集結したブルース・スプリングスティーンファンのBSJのメンバーからは熱アツで心に刺さる感想コメントが止まらなかった。

 東京国際映画祭での初上映を待ちわびる観客が見守る中、黒のスタイリングでコーディネートした湯川れい子、スプリングスティーンのTシャツで決めた五十嵐正が登場すると温かい拍手が巻き起こった。1985年のブルース・スプリングスティーン初来日時に取材し、その後も本人と会う機会があった二人が交わしたトークの模様を全文で紹介する。

司会:最初にご挨拶をお願いします。

湯川:皆様、こんばんは。湯川と申します。今日はお招きいただきましてありがとうございます。どこまでお役に立つかどうかわかりませんけれども、よろしくお願いします。
五十嵐:こんにちは、五十嵐正です。よろしくお願いです。今日大先輩の湯川さんと一緒にお話できるのを楽しみにしています。

司会:本作は、スコット・クーパー監督が音楽映画『クレイジー・ハート』を経て、発表した作品ですが、スコット・クーパー監督というのは、五十嵐さんから見てどんな監督でしょう?

五十嵐:ご存知のようにスコット・クーパー監督は、デビュー作の『クレイジー・ハート』で、ジェフ・ブリッジスが演じた中年から初老のカントリーシンガーを描いており、ブリッジスは主演でオスカーを獲っていて、大変評判になりました。あれは架空のテキサスのシンガー・ソングライターの話だったんですけど、本当は彼は、初めての監督作品を撮るということで、もともと、カントリー界の大スターであるマール・ハガードの長年の大ファンで、マール・ハガードの伝記映画を撮りたかったんです。マール・ハガードと言うと、人気やヒット曲の多さ、影響力という点で、戦後のカントリー界ではジョニー・キャッシュと同じような人だと思ってください。
 一応、企画を始めてみたんですけど、生きている現役のアーティストの伝記映画を撮るって、難しいというよりも面倒くさいですね(苦笑)。いろんな許可を取ったりとか……。それで少し企画を進めたんですけど、難しかったのでやめて、架空のフィクションのソングライターの話にしたんです。音楽プロデューサーがT=ボーン・バーネットだったので、彼の助けも得て、テキサスのシンガー・ソングライターという設定でつくって、それが当たったわけです。
 ハリウッドっていうところは、ひとつ当たるとみんなそれに飛びつくんです。それで彼のもとには、音楽ミュージシャンの伝記映画、伝記映画風なものを撮ってくれという依頼がものすごい数きたんですね。先日、リモートで(『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』の)記者会見があったんですけど、そこで「無数」という表現を使ってましたけど、例を少し上げますとエルヴィスの映画もあったそうです。それがバズ・ラーマンのあの映画(『エルヴィス』)と同じかどうか分かりませんけどね。あとはマイルス・デイヴィス、チェット・ベイカーの伝記映画、グレイトフル・デッドの伝記映画……そういうものすごい大物の企画がいっぱい来たんですけど、全部断ったそうです。
 それで、この映画の原作に出合ったんですが、(物語の)時期が非常に限定されていて、しかもこの原作は、実は自伝とか伝記とか評伝ではないんですね。
 元ミュージシャンのウォーレン・ゼインズがライター、音楽評論家に転身して、アルバム「ネブラスカ」の制作を巡る過程を描いたいわゆる音楽評論(原作「Deliver Me from Nowhere」なんですね。ですから情報がいっぱいあって、小説や自伝的な“盛った”ところがないので、彼は「イケる!」と思ったんだと思います。
 確かにこれも(題材となるスプリングスティーンは)生きている人なんですけど、ブルース側は原作にも非常に協力をしてたから、いつも協力してくれて、この映画ができたということです。

司会:この作品はアルバム「ネブラスカ」の創作時に絞られて描かれていますけれども、そのあたりは湯川さんはどのようにお感じになりましたか?

湯川:いわゆる音楽映画だと私たちが考えるものではなくて、本当にブルース・スプリングスティーンという人を深掘りしてくれていると思います。ここにいらっしゃる皆様は、ブルースのことはよくご存知だと思いますけど、一編、一編の音楽が、短編小説のような――そういう色と匂いと風景と深い心情を持ったシンガー・ソングライターですので、そのブルースをここまで見せてくれてるということが、私はこの映画の一番の素晴らしさであり、ジェレミー・アレン・ホワイトという主演俳優さんが、自らリトル・リチャードの歌も吹替えなしで歌っていて、そのへんもね、すごいですよね。

司会:そして、スプリングスティーンについてもぜひお2人に伺いたいんですが、過去には1985年と88年、97年と3回来日公演を行なっておりますけれども、今回、五十嵐さんが湯川さんにぜひ聞いてみたいことがあるということですが……。

五十嵐:97年にアルバム「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」でソロで来た時、僕はそのインタビューをしましたが、ひとりで来て、スタッフも多くないので、担当の発売元ソニーミュージックがプライベートに社内でウェルカム・パーティーをしたんですね。そのとき、湯川先生やライナーノーツを書かせてもらった僕、訳詞を書かれている三浦久さんなど、ごく数人だけを呼んでいただいたんです。そのときに、湯川さんはブルースの横に座って、結構、長時間お話されていたので、それ以来、僕らはずっと「何を話されていたのかな……?」ということをずっと好奇心を持っていたんですが……。ずいぶん昔の話なので、いまさらお聞きするのも失礼なんですけど、何か印象に残ったことがあったら教えてください。

湯川:もうほとんど忘れちゃってるんですけど(笑)、でも本当に印象に残っているのはひとつだけ。今回も映画の中で、ブルースがいかに音というものにこだわりを持っているかが描かれますが、非常に深いこだわりを持っているんですね。ブルースの場合は、リズムとかよりも音そのものにものすごいこだわりを持っているんですが、エルヴィス・プレスリーの「監獄ロック」のリズム・パターンにも音にも非常にブルースがこだわりを持っていたと。
 今回、曲名までは出てこないんですが、(映画を観ると)お分かりいただけると思います。ブルースが非常にエルヴィスに影響を受けて、ロックを目指したという人だったものですから、長い話の中で唯一、明確に正しく覚えているのは、私がブルースに「エルヴィスのことは本当にお好きだったんですか? エルヴィスのどこが良かったんですか?」と伺ったときに、「Everything(すべてだよ)」とおっしゃったことをすごく鮮明に覚えていますね。あとはほとんど忘れました(笑)。

五十嵐:いま、湯川さんが言われていたことは、映画を観たら「なるほど」と思うシーンがあります。『ネブラスカ』BOXで初めて「エレクトリック・ネブラスカ」という未発表のものが入っていますけど、これは基本的なサウンドがパンク・ロカビリーでしたからね。そういう意味でやっぱりエルヴィスの影響は大きいですよね。

司会:五十嵐さんは今回、字幕監修で苦労した点はありましたか?

五十嵐:今回、字幕翻訳を風間綾平さんがやられています。数年前の「カセットテープ・ダイアリーズ」でスプリングスティーンの曲がいっぱい使われていて、これも風間さんが翻訳されて、僕が字幕監修をして、今回で2回目のコンビになりますし、上手くいったと思います。
 ただ、僕の監修とか翻訳以上に今回は、セリフがありますし、歌がたくさん出てきます。そういう訳詞が好きな方は(字幕が)付いています。もちろん、(映画用の)字幕なのでCDに付いている三浦さんの訳詞より情報量は少ないんですけど……。それとインスピレーションを受けた映画のシーンもありますし、そのセリフも出ますが、それがちょっとクロスしちゃうので、僕らよりも実際に字幕を付けた方々が大変苦労されました。(字幕が)縦と横で出ます。セリフと訳詞とか、映画のセリフの引用だということを理解して見ていただければと思います。そうでないと、こんがらがっちゃうので(笑)。そのご苦労のおかげで、うまくいったと思うので、そこは今回の字幕のポイントだと思います。

湯川:私も字幕の仕事は何回かしていますけど、ものすごい言葉の数の制限があって、2行以外は字幕を付けられないんですよね。ブルースの歌詞だけで2行なんてとっくに超えてしまうものですから、そういう意味では、ものすごく五十嵐先生もご苦労されたんじゃないかなと思います。

司会:最後に湯川さんと五十嵐さんからこれから映画をご覧いただく皆さんにひと言ずつお願いいたします。

湯川:もちろん、何よりも「早く観たい! いいかげんにしろ!」っていう気持ちでいてくださることは重々分かりますので、とにかく観ていただくのが何よりなんですけれども、例えばアトランティックレコードをつくったアーメット・アーティガンとか、それから「ブルースにロックンロールの未来を見た」というジョン・ランダウとか、実際にいた人物が俳優さんが演じて出てきて、アカデミー賞®の助演賞にもノミネートされそうだとか、いろんな話も出てきておりますし、そういう意味で、実際にいる人、いた人、実在の人、そして、もちろんブルース・スプリングスティーンもそうですが、そういう意味で興味のある人物、人間映像として観ていただいても、歴史の映像として観ていただいても値打ちがあって楽しいものではないかと思います。とにかく観ていただくことが何より先決だと思いますので、私の話はこのぐらいで終わらせていただきます。

五十嵐:いま、湯川さんが言われた通り、恋人役の女性だけは、スプリングスティーンが付き合った複数の女性から作った架空の女性ですけど、あとはほとんどが実際の人物です。この映画は珍しく、ほとんどが実際に起こったことです。(原作が)ちゃんと取材した評論書ですから「本当かよ、これ?」って思わないで、ドキュメンタリーを観るように観られます。
 それでいろんなことを学べるというかいろいろ訴えかけてくると思います。人間のメンタルヘルスの話もそうだし、親子の話もそうだし、いろんなたくさんのことを訴えかけてくれます。僕はひとつ、一番大事なこととして見たのは、ひとりのアーティストが「ネブラスカ」という偉大なアルバムを作るのにどのくらい精神的に苦闘をしたか――自分のトラウマと闘ったりね、自分の内面を掘り下げたり……。そのアーティストの苦闘、そこから、これだけの作品が生まれるんだなと。そして、それを支える人たち、そういうことが僕は一番印象に残りました。
 スプリングスティーンは、78年の「闇に吠える街 (Darkness on the Edge of Town)」というアルバムをつくったときのドキュメンタリーで「自分は偉大な作品をつくりたいと努力した」という発言の中でこういうことを言っていて、僕はすごく印象残っているんですけど「有名になることよりも、お金を儲けることよりも、幸せになるよりも、偉大なアーティストになりたい」と。そのために努力したと。そういう姿勢は「ネブラスカ」もそうだし、いまに至るまで「幸せになるよりも偉大な作品をつくって、偉大なアーティストになりたい」と。本物はすごいなと思います。そういうことが描かれているので、ぜひ楽しんでください。

湯川:大事なことを忘れていたのでひとつだけ。ブルースはニュージャージーの出身で、ネブラスカはちょっと中西部で遠いじゃないですか? 「そんな所にあなたが行ったことあるんですか?」と最初にお会いしたときに聞いたら「もちろん行ってるよ。アメリカは、僕は本当にあちこち行ってるよ」という答えがあったことも申し上げておきたいと思います。

五十嵐:バイクでツーリングして、いろんな所に行ってるんですよね。

 ブルース・スプリングスティーンと縁のあるトークショーは終始和やかな雰囲気で進んだ。「とにかく観てほしい」と語った湯川れい子のコメントが、この映画に対するリスペクトと音楽愛に満ちていた。

■ゲスト・プロフィール

♪湯川れい子(ゆかわれいこ)
 音楽評論家。昭和35年、ジャズ専門誌『スウィング・ジャーナル』への投稿が認められ、ジャズ評論家としてデビュー。その後、16年間に渡って続いた『全米TOP40』(旧ラジオ関東・現ラジオ日本)を始めとするラジオのDJ、また、早くからエルヴィス・プレスリーやビートルズを日本に広めるなど、独自の視点によるポップスの評論・解説を手がけ、世に国内外の音楽シーンを紹介し続け、今に至る。

♪五十嵐正(いがらしただし)
 音楽評論家。社会状況や歴史背景をふまえたロック評論から世界各国のフォークやワールド・ミュージックまでに健筆を奮う。
 著書に『スプリングスティーンの歌うアメリカ』(音楽出版社)。本作『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』の字幕監修も務める。

 ブルース・スプリングスティーンの魂の旅路があなたの心を震わせる。『ボヘミアン・ラプソディ』の20世紀スタジオが贈る感動音楽映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』は、11月14日(金)より全国ロードショー。

公開表記

 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
 11月14日(金) 全国ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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