
登壇者:板久慈悟郎(監督)、武田一義(原作・共同脚本)、石川 啓(プロデューサー)
戦後80年を迎える節目の年に公開される映画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』。
11月29日(土)、戦後80 年・帰還者たちの記憶ミュージアム開館25周年 記念シンポジウム「忘れられた戦争 南方で戦った兵士たちの足跡」の第二部として、監督の久慈悟郎、原作・共同脚本を務めた武田一義、東映プロデューサーの石川 啓が登壇する「映画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』ができるまで」と題してトークセッションが開催された。
全員が戦後生まれの登壇者たちによって、記憶を次世代へ繋ぐ意義の下、原作誕生の経緯から映画化に至るまでの制作秘話、そして「戦争」という重いテーマをアニメーションで描くことの困難さと挑戦について語られた。
シンポジウム第1部は、『戦没者遺骨収集と戦後日本』の著者、浜井和史(帝京大学教育学部教育文化学科教授)、『残留日本兵 アジアに生きた一万人の戦後』の著者林英一(二松学舎大学文学部歴史文化学科准教授)、そして同館館長の増田弘が登壇。「戦場の記憶、戦後の記憶」をテーマに、アジア・太平洋戦争についてそれぞれの研究テーマから語り合った。
それを受けての第2部。シンポジウムの冒頭、原作・共同脚本を務めた武田は、本作を描くに至ったきっかけについて語った。
武田は、戦後70周年にあたる2015年、当時の天皇皇后両陛下がペリリュー島へ慰霊訪問されたというニュースに触れるまで、自身がその島の存在を知らなかったことに衝撃を受けたという。
その後、戦史研究家の平塚柾緒氏を通じ、ペリリュー島からの生還者たちへの取材を重ねた。その過程で痛感したのは、かつての兵士たちが「立派な志を持った軍人」というステレオタイプな存在ではなく、現代の我々と変わらない「普通の若者」であったという事実である。「普通の人々が戦争をしていた」という事実に焦点を当てたいという動機が、本作の根幹を成している。
また、武田氏は商業漫画として戦争を描くことの難しさについても言及した。「漫画は基本的に楽しむものであるが、戦争をリアルに描けば描くほど楽しさからは乖離していく」と述べ、連載当初は商業的な成功への不安から、物語を「玉砕」で完結させる可能性もあったと明かした。しかし、読者の支持を得て連載が続いたことで、玉砕後の生存者たちの過酷な潜伏生活や、その後の生還までを描き切ることができたと振り返った。
続いて、プロデューサーの石川は、本作の映画化を企画した背景について語った。東映は『きけ、わだつみのこえ』『男たちの大和/YAMATO』など数多くの実写戦争映画を制作してきた歴史を持つが、石川は自身も含めた戦争を知らない世代に対し、従来とは異なるアプローチが必要だと感じていた。
2018年頃(単行本では4巻が発売されたころ)に原作に出会った石川氏は、初めて知る「功績係」という存在、史実の中の“ペリリュー島の戦い”のリアル、いろいろな人たちがいたという描かれ方、そして何より3頭身で描かれる可愛らしいキャラクターと、極限状態の戦場というギャップに衝撃を受けたと述べる。「このデザインであれば、戦争映画を敬遠しがちな若い世代にも興味を持ってもらえるのではないか」という着想が、企画の出発点となった。
劇場作品において初監督を務めた久慈は、戦争を知らない世代として本作を監督することへの葛藤を明かしつつ、「とても意義がある題材だ。知らないからこそ、今調べられることは全て調べる」という姿勢で制作に臨んだと語る。
制作にあたり、実際にペリリュー島へ取材に赴いた。そこで感じたのは、資料で見る印象よりも島がはるかに狭いという事実であった。「縦9キロ、横3キロの島の中で、さらに限られた山岳地帯に2年間も潜んでいた」という閉塞感を肌で感じた経験が、映画の空気感を作り上げる上での指針となったという。
制作現場ではペリリュー島の大きな地図を広げながら、シーンごとの月齢や当時の天候、植生に至るまで徹底的なリサーチを行い、フィクションでありながらも史実に裏打ちされたリアリティを追求したと語った。
本セッションにおいて特に議論が深まったのは、戦争の残酷さをいかにアニメーションで表現するかという点である。
現在、史実の戦争の前線を描いたアニメ映画というものはとても少ない。本作はより若い世代に観てもらうため、中学生以下が鑑賞不可となる「R15」ではなく、小学生でも助言・指導があれば鑑賞できる「PG12」区分を目指した。
石川は「過剰に残酷さを強調したいわけではないが、綺麗事にしすぎると嘘になる」と述べ、そのバランス調整に腐心したと語る。
具体的には、人体が損壊する描写において、断面を直接見せないアングルを選んだり、爆発の瞬間の直接的な描写を避けたりするなど、PG12の範囲内でギリギリの表現を模索した。久慈は「ソフトな表現にして嘘を描きたくないという思いと、子どもたちの戦争を知る入り口になってほしいという想いの狭間で試行錯誤した」と述べ、映画倫理機構のスタッフの方々から助言を得ながら、制作人全体で相談してどうにか本作品をRG12で作り上げることができたと語った。石川が「この作品ができるまでのたくさんの人々の協力に感謝したい」と結んだ。
それに対し原作の武田も同意見し、「原作を書く時にも若い人に見てもらうという意識はとても大切にした」と語る。
3頭身のキャラクターを採用した理由について、「リアルな等身で兵器による人体欠損などを描くと、読者が直視できなくなってしまう」と懸念を述べ、「デフォルメされたキャラクターであるからこそ、読者の想像力に委ねることができる」と、本作品の特徴ともいえる絵柄について言及した。
実際に現在小学校に原作漫画が置かれているケースも増えているそうだ。「小学校高学年~中学生にとっては、人生で初めて見る戦争コンテンツになるかもしれない、それにふさわしいものにしようと思った」と武田は戦争コンテンツの重要さと責任を語った。
質疑応答では、当時の「戦陣訓(生きて虜囚の辱めを受けず)」と、作中で描かれる「生きて帰る」というテーマの整合性について質問が及んだ。
これに対し武田は、「公には死を覚悟していたが、それがきっと全てではない。個人の内心レベルでは生きて帰りたいと願った人がきっといるはず」と回答した。取材した元兵士たちの証言からもごく普通の命への渇望を感じ、そこに焦点を当て、実際の体験談をベースにした田丸と吉敷というキャラクターが存在するのだと語った。
最後に、登壇者たちはそれぞれの立場から観客へメッセージを送った。石川は「アニメへの懸念を持つ方もいると思うが、リアルの描写に迫ったものになっている。その中でアニメならではの(実写ではできない)表現にも挑んだ。そんな「アニメにしかできない戦場映画」をぜひ見てほしい」と訴えた。
久慈は「ペリリュー島を美しい絵葉書のように表現したいと思った。映画を見て、そこから実際に現地に行ってみたいと思ってもらえるような、アニメと現実とつながってくれるよう願って作った」と語った。
最後に武田は、「ぜひ映画を入り口に原作、そして史実へと興味を広げるきっかけとなってくれたら本当に嬉しい」とトークセッションを締めくくり、映画への期待を誘った。
本シンポジウムを通じ、制作陣が「戦争を知らない世代」に向けて、いかに誠実に、そして熱意を持ってこの史実と向き合ったかが浮き彫りとなった。映画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』は、12月5日(金)公開。
公開表記
配給:東映
2025年12月5日(金) 全国公開
(オフィシャル素材提供)






