
2020年7月、熊本豪雨により球磨川が氾濫し、壊滅的な被害を受けた人吉球磨地域。変わり果てた故郷に戻った一人の男は、失われた過去と現実に向き合うが……。
2004年から熊本県のグリーン・ツーリズムに尽力してきた青木辰司(東洋大学名誉教授)がエグゼクティブ・プロデューサーを、連続テレビ小説「おしん」の大木一史が監督をつとめた『囁きの河』。いまだ災害の爪痕が残る現地での取材を重ねながら復興の歩みを見つめ、その土地で生きる人々の希望と再生を自然の力と併せて描いた。
主人公の孝之を演じた中原丈雄は熊本県人吉市出身。故郷を背負う覚悟とともに、寡黙で無骨な男の秘めた熱情を生き様で語った。地元の老舗旅館の営業再開を目指す女将には清水美砂、その夫に三浦浩一、孝之の息子に渡辺裕太、文則の元同級生に元AKB48の篠崎彩奈。また、孝之の隣人である夫婦を不破万作と宮崎美子が演じている。
6月26日、29日の熊本・人吉での先行上映会では、予想を超える大勢の県民が押し寄せ、急遽2回の上映を増やした本作。この度、7月11日(金)より池袋シネマ・ロサ、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開されるのを前に、大木一史監督のオフィシャル・インタビューが届いた。
<監督・脚本:大木一史 プロフィール>
東京都出身。NHKを経てTBSに所属し、2012年よりフリーで活動。ギャラクシー賞(放送批評懇談会)優秀賞、日本民間放送連盟賞最優秀賞、放送文化基金賞、上海テレビ祭テレビドラマ審査委員特別賞など数々の受賞に輝く。演出を担当した主なテレビドラマ作品は「おしん」「眠れない夜をかぞえて」「家栽の人」「ひとの不幸は蜜の味」など。「松本清張一周忌特別企画「或る『小倉日記』伝」のプロデューサー。また、映画監督としても『鶯谷奇譚 UGUISUDANI』(15)、『隠り沼』(21)などを発表している。
撮影までに人吉には何度も足を運んだそうですね。
現地に行くことで地元の人たちとのつながりができ、映画の企画も進んでいきました。人吉は山に囲まれた小さな町ですが、真ん中に大きな球磨川が流れていて、人々は川と日常的に向き合って生きてきた歴史がある。たびたび通う中で、三日月荘のロケ地にもなった人吉旅館の女将の堀尾里美さんや、球磨川くだりの船頭をされている藤山和彦さんにお話を聞いて、作品化するヒントを得ました。
物語は22年間故郷を離れていた孝之が戻ってくるところから始まります。
流された「キジ馬くん」が戻ってくる話から、一度その土地を離れて戻ってきた人間が、川に対して何を感じるのかを描く構想が生まれたんです。球磨川沿いに肥薩線の線路が敷かれていますが、それが洪水で無残にも寸断されている。その線路と川の間を22年ぶりに帰郷する孝之が歩いてくる……そのショットはやはりぜひ空撮でと思いました。この映画の真の主人公は球磨川でもあって、孝之は川との強い繋がりが感じられる人にお願いしたいと思い、人吉の出身である中原さんにお声がけしました。中原さんも台本を読んですぐに、孝之は自分だと思われたそうです。中原さん自身も、俳優として世に出る前は帰省しても地元に居場所のなさを感じていたようで、そうした屈折感の経験も、この役を演じる上では絶対に役に立つのではと思いました。
孝之と文則の親子関係が作劇の軸にもなっていますね。
文則を演じた渡辺裕太さんは映画の経験が少なかったので、ある種冒険でもあったのですが、中原さんが父親としてどんと構えて存在してくれたから、裕太くんとしては当たって砕ける覚悟で思い切り演技ができたんじゃないかな。僕は昔ヴァスコ・ダ・ガマのドキュメンタリー番組を作ったときに、ナレーションを渡辺 徹さんにお願いしたことがあったんです。その数年後に夜更けの町中で突然名前を呼ばれたので振り返ると、遠くから徹さんが駆け寄ってきて、「お久しぶりです」と握手をしてくれた。あったかい人だなと思いました。「いつかまたを仕事しましょう」と言って別れたのですが、約束を果たせないまま急逝されたので、心残りになっていました。今回その時のことを思い出して裕太くんに声をかけたら、ぜひやりたいと言ってくれたので、徹さんがつないでくれたご縁だと思っています。
演出ではどんなことを心がけていましたか?
人間の無力さというのかな、川を前にしたときに、どんなに辛いことがあってもぐっと呑み込むしかないような気持ち……川と対峙する時に、立ち尽くすしかできない、でも何か強い感情が湧き出てきている、そういった時の心の在り様を大切にしていきたいと思っていました。最初からアクセス全開の、頭で考えた感情表現をしようとして、演ずる側の嘘が見えてしまうのは避けたかったんです。
演公開に際してどのような思いを届けたいですか?
この映画の登場人物たちは皆、河の神秘的なまでの不可思議な力や美しさに魅入られた人々です。今の時代、河とどのように共存していくのか、その答えを見つけるのが大変難しくなってきました。だからこそ、この映画の登場人物たちの葛藤には、深いものがあります。しかし、彼らが抱いている葛藤は、人吉球磨地域だけに留まらないのです。今や、日本中どこでもみな同じ思いを抱いて生きています。人と川、人と自然がどのように向きあうべきかが問われているのです。そうした時代だからこそ、この映画の登場人物たちが耳にする河の囁きに、一緒に耳を傾けて、そこから何かをくみ取って頂ければと思っております。
公開表記
配給:渋谷プロダクション
熊本ピカデリーにて先行公開中
7月11日(金)〜池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開
(オフィシャル素材提供)