
登壇者:藤原竜也、深作健太(脚本)
1960年9月20日に開業した映画館「丸の内TOEI(まるのうちとうえい/東京都中央区銀座3丁目)」が、東映株式会社本社の入る東映会館の再開発に伴い、2025年7月27日(日)に閉館することになった。東映最後の直営館であるとともに、日本最後のロードサイドシアターとしても愛され続けてきた本劇場は、自社作品の興行やイベントにとどまらず、銀座地区、延いては映画業界全体の盛り上げにも寄与してきた。
東映は丸の内TOEI閉館に向けた関連事業について社内各部署を横断したメンバーによる“全社プロジェクト”として進めていくことも決定。約65年という長い歴史のグランドフィナーレを彩る「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトのコンセプトは、劇場へかかわる全ての人への感謝と、「映画館で映画を観る」ことの大切さを改めて訴求すること。2025年5月9日(金)~7月27日(日)の80日間にわたる100作品以上の傑作特集上映に加え、劇場を活用したさまざまなイベントを実施中。
そして、7月15日(火)には『バトル・ロワイアル』の上映前に主演の藤原竜也と本作脚本を務めた深作健太が登壇し、超問題作の裏側を明かした!
25年が経っても色あせない本作の魅力について、そして撮影現場の裏側や深作演出の妙、当時の現象感についてまで、各々の“青春”を振り返る舞台挨拶イベントとなった。
閉館まであと12日に迫った劇場に藤原竜也と深作健太の二人が登壇すると、会場は大きな拍手に包まれた。藤原は「25年前ですか……」と感慨深げ。「この作品が本当に皆さんから愛していただけていることに感謝しています。映画の厳しさ、楽しさを教えてくれたのも、深作欣二監督と出会わせてくれたのもこの作品。僕にとっての青春の1ページであり、人生の新たなリスタートのような作品です」と、自身のターニングポイントである本作への熱い思いを語った。

一方、深作は藤原との再会を喜び、「初めて自分が舞台挨拶に立たせていただいたのが、確か丸の内TOEIの試写会でした。竜也くんと一緒でしたね」と、思い出の地での再登壇に感無量の表情。また、「25年という歳月を、皆さんの人生と重ね合わせて見ていただけたら」と観客に呼びかけた。

公開当時、中学生が殺し合うという衝撃的な内容から国会でも取り上げられるほどの社会現象となった本作。当時18歳だった藤原は「僕らは撮影に必死で、大人たちが騒いでいるのを少し違う世界のことのように感じていました」と振り返る。撮影は東映東京撮影所で、合宿さながらの環境でスタートしたと言い、生徒役を務めたキャスト全員でのランニングや筋トレ、アクション練習など、過酷な日々だったことを明かした。

深作は、プロデューサーの視点から「(騒動は今思うと)良い宣伝になったなと。当時は、東映の仕込みかと思っていました」とジョークを交えつつ、「アナーキーな作品を多く扱ってきた社風もあり、逆境をメリットに変えていくのが東映。宣伝・営業の皆さんが一丸となって盛り上げてくれた」と、当時のチームの結束力を語ってくれた。

話題の中心は、やはり今は亡き巨匠・深作欣二監督。当時70歳だった監督と10代の俳優たちとの真剣勝負の様子が、次々と明かされた。藤原は、爆破シーンをスタントなしで演じたことについて、「映画とはそういうものだと思っていました。監督が『やれ』と言ったからやっただけ」と、若き日の素直な覚悟を語った。その経験があったからこそ、「他の現場で『深作組やったんやろ?』と一目置かれるようになった」というエピソードも披露した。

深作は、父である監督の演出術について「現場でセリフはどんどん変わっていった」と話す。脚本にはなかった(藤原が演じた七原秋也の父親による)「秋也がんばれ」というトイレットペーパーの落書きを、監督が現場で即興で加えたエピソードを紹介し、「ああいう即興性が、人間の凄まじさにつながっていく。それが深作演出だった」と分析。さらに、撮影が終わるのを惜しみ、キャストたちの死亡シーンに特に多くの「NG」を出していたという人間味あふれる素顔も明かした。

藤原も「監督は、夜の宴会でずっとお酒の歌を歌っていた。それが深作組でした」と懐かしみ、厳しさの中にも愛情深い人柄が偲ばれるエピソードが続出した。
撮影の舞台となった無人島・八丈小島でのロケも過酷を極めたと言い、電気も水道もなかったという驚きの事実が明かされた。岩が崩れ落ちる危険な洞窟での撮影や、大量のフナムシとの戦いなど、まさにサバイバルな環境。藤原は「今だったら考えられない」と苦笑した。
クラスメイトが一人、また一人と(劇中で)“死亡して”現場を去っていく中、「本当に悲しんで帰っていくんです。僕らは戦友でした」と、当時育まれた俳優同士の強い絆を語った。

さらにフォトセッションでは、スタッフから深作欣二監督の遺影が二人に手渡されるサプライズが。天国からの“参加”に、二人は感慨深げな表情を浮かべ、会場は温かい拍手に包まれた。


最後に、閉館する丸の内TOEIへの思いを問われると、深作は「子どもの頃から通った思い出深い映画館。劇場の最後に父もここにいられて喜んでいると思います」と語り、公開初日に観客の入りを心配して監督と二人でこっそり劇場の様子を見に来た思い出も披露。「行列を見た時の父の笑顔とも泣き顔とも言えないあの横顔が忘れられない」と涙ぐんだ。
藤原は「この作品は僕の宝物。深作組に参加したことが、今の自分の財産です」と改めて感謝を述べ、「劇場がなくなるのは寂しいですが、僕らもまた新たな作品で皆さんを喜ばせられるように頑張りたい」と力強く宣言。観客に向けて「久しぶりの上映となりますが、最後まで楽しんでいってください!」とメッセージを送り、イベントは幕を閉じた。


「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクト概要

【開催期間】 2025年5月9日(金)~7月27日(日)
1960年9月20日、東映会館の竣工とともに「丸の内東映」・洋画封切館「丸の内東映パラス」として開館
1989年3月11日、「丸の内東映パラス」を「丸の内シャンゼリゼ」に改称
2004年10月、両館を現行の「丸の内TOEI」に名称統一し2スクリーンを構える
*スクリーン①:定員511人 / スクリーン②:定員360人
2024年5月15日、東映会館の老朽化を理由に2025年夏を目処に再開発することを発表
2025年1月16日、東映ラインナップ発表会にて正式な閉館日(最終営業日)を2025年7月27日と発表
◆公式X(旧Twitter):@marunouchi_toei_heikan
◆公式HP:https://marunouchi-toei-sayonara0727.jp/(外部サイト)
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