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『マルティネス』ロレーナ・パディージャ監督 単独インタビュー

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

 偏屈で孤独な初老男性マルティネス。人間嫌いの彼が、隣人の孤独死と自分に残されていた遺物をきっかけに他者への関心と思いやりを取り戻し、生を見つめ直すようになる、ユーモアと滋味溢れる人間ドラマ『マルティネス』で長編デビューを飾ったロレーナ・パディージャ監督に興味深い話をたっぷり聞いた。

ロレーナ・パディージャ監督 プロフィール

 1978年、メキシコ・グアダラハラ生まれ。
 フルブライト奨学生としてニューヨーク大学の芸術学部、ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アーツでドラマティック・ライティングの修士号を取得。これまで10年以上にわたり、5ヵ国・10都市・23の異なる地域で暮らしたのちに、現在は故郷メキシコに戻りテレビシリーズや長編映画の脚本を執筆している。
 近年はチリのプロダクションFabula製作の映画およびシリーズ作品や、Julia Solomonoff監督によるパラマウント・グローバルのドラマ・シリーズに携わった。
 長編監督デビュー作となる『マルティネス』では、脚本・監督を務め、ベルリナーレ・タレンツのスクリプト・ステーション、トリノ・フィルム・ラボ、Cine Qua Non Labに参加し、メキシコ国立映画センター、トライベッカ映画研究協会、Filma Jalisco、オースティン映画批評家協会などから支援を受けた。同作はグアダラハラ映画祭でHecho en Jalisco賞を受賞し、サンフランシスコ国際映画祭、カルガリー国際映画祭、サンタンデール国際映画祭、グラスゴー国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭で上映された。
 直近ではテレビ・シリーズ作品『MamaDrama』(2025)や『MujeresAsesinas』(2022-2025)の監督も担当している。
 また現在長編映画の2作目となる脚本を執筆中で、同作はメキシコ国内における最も権威ある芸術助成制度の支援を受けている。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

Q.ユーモラスでありつつも、心の奥底に触れてくるようなとても美しい作品でした。テーマの一つに「孤独」というものがあったと思いますが、孤独死は近年の日本でも大きな問題となってきています。メキシコをはじめとする南米は日本よりもずっと家族や友人との関係が密だという固定観念を抱いていましたので、今作での濃密な孤独感は驚きだったのですが、メキシコでもやはり孤独な生活者が増えてきているのでしょうか。

 監督:そうなの。脚本を書くにあたって、孤独な状態で亡くなっていった方々について随分リサーチしたし、記事もたくさん読んだわ。その中には日本での孤独死もあったわね。私のパソコンには孤独死について収集した膨大な記事のファイルが保存されているの。メキシコだけでなく、アルゼンチン、チリやペルーなど南米でも孤独死は蔓延していた。孤独死はまるでコロナ禍のように世界中で広まっている現象だと思うわ。そしてメキシコでは残念ながら、さらに厳しい状況にあると感じているの。ある時、叔母の一人と話していたところ、なんと彼女はChatGTPを友達だと思っていると知ってとても驚いたわ。人々と話すよりChatGTPと会話しているっていうの。それを聞いて私はとても悲しい気持ちになった。残念なことだけど、このように孤独は世界中で広まっている現象だと思うの。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

Q.コロナ禍に撮影された作品ということですが、脚本はそれ以前から書かれていたのですか? コロナ禍が脚本に何らかの影響を与えたことはありましたか。

 監督:脚本はコロナ禍以前に書かれていたものだけど、撮影は2020年の12月から2021年の1月にかけて行われたので、つまりコロナ禍の最中に撮影を決行したというわけなの。当時はまだワクチンもなかったので、撮影には当然、多大な影響があったわ。みんなマスクもしていたし、対面でのコミュニケーションが非常に取りにくい状況だった。ただそれは同時に、とても美しい時間でもあったの。というのも、屋内に隔離されて人々に会えないという時期が長く続いていたので、撮影が開始されると本当に嬉しかった。人々と会って一緒に仕事ができるということに深い喜びを感じた素晴らしい経験だったわ。もちろん、不安や恐怖もあったけれど、それに負けないくらい、再び人々と一緒にいられるという喜びに満ちあふれていたの。だから、コロナ禍が脚本に影響を与えたというよりは、撮影現場での感情面でものすごく影響があったと思うわ。

Q.主人公を演じたフランシスコ・レジェスが実に魅力的でしたが、オスカーを受賞した『ナチュラルウーマン』(2017年、セバスティアン・レリオ監督)をご覧になって彼を発見したそうですね。『ナチュラルウーマン』でのレジェスは社交的で人好きのする洗練された男性役でしたが、あの役から今作の偏屈で自分の殻に閉じこもったような「マルティネス」が“見えた”のですか? 奇跡のようなキャスティングに思えました。

 監督:正直言うと、彼のルックスがとっても好みだったの(笑)! キャスティングの決め手となったのは、彼の顔や表情が大好きだったから。マルティネス役の俳優を探すにあたって、私には「こういう顔の人がいい」というはっきりしたイメージがあって、フランシスコがまさしくそのイメージ通りだったの。彼はもの言わずして、ちょっとした目の表情や眉毛の動きで多くのことを語ってくれる俳優だわ。『ナチュラルウーマン』のトレーラーを見た時、彼こそがマルティネスだ!と感じた。フランシスコ自身はとても素敵な人で、現場ではみんなに愛されていたの。でも、私の「アクション!」の一声で偏屈で嫌われ者に豹変して、カットがかかるとまたみんなが大好きな彼に戻るのが、なんともおかしかったわね(笑)。

© FICG / Servando Gómez

Q.主人公は同僚たちにずっと「マルティネス」と呼ばれていたので、てっきり下の名だと思って観ていたのですが、最後のホテルのチェックイン・シーンでそうではないかもと思いました。実は名字だったのですか? 彼をマルティネスという名にした特別な理由はありますか?

 監督:確かに、マルティネスは名字で、実は私の父の名字がマルティネスなの。私の名前がロレーナ・パディージャで、父はエンリケ・パディージャ・マルティネス。この映画のマルティネスは私の父親をモデルにしているので、父の名を採用するのは自然な成り行きだった。私の元夫の名字もマルティネスで、メキシコではごくありふれた名前なの。言い添えると、一応他のさまざまな名字も試してはみたけれどしっくりこなくて、最終的にやはりマルティネスに落ち着いたわ。

Q.私自身かつては世界各国の人々と触れ合う環境で長く生活していたことがあり、ステレオタイプな見方はよろしくないのですが、南米各国の人々にもある種お国柄を感じることがありました。メキシコ人にとってチリ人のイメージとはどのようなものですか?

 監督:それはとてもおもしろい質問ね。私はこの映画で“外国人”を描きたかったというのがあるの。だからこそ、チリ人であるフランシスコにオファーした。彼に脚本を送った後にオンラインで話をする機会があって、アルベール・カミュの小説『異邦人』を参考にしようという話になったの。極端なことを言うと、彼が別にチリ人ではなく、アルゼンチン人でもよかった。とにかく、(『異邦人』のテーマでもある)孤独とか疎外感、他者に拒絶されているような存在を描きたかったの。メキシコには多くのチリ人の方々がいるけれど、実際にはチリ人かペルー人かアルゼンチン人か見分けることはほとんどできないわ。みんな南米人なの。ただ単に、よそ者がどんなふうに疎外感を味わされているかということを描きたかった。
 ただし、マルティネスに関しては性格に問題があるので、それも仕方ない部分はあるわね(笑)。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

Q.スペイン語が共通言語なわけですが、パブロがマルティネスのアクセントをからかっていましたね。話し方では結構違いがあるものなのでしょうか。

 監督:実際、外国人のアクセントをからかったりすることはよくあるわね。ただ、チリ人のマルティネスをからかっているつもりのパブロは、実はアルゼンチン人のアクセントを真似しちゃっている(笑)。チリ人のアクセントを分かっていないままマルティネスをからかっているというか、単に他人のアクセントをネタにしてふざけているの。パブロは一見、陽気なメキシコ人男性のステレオタイプだけど、実は嘘もついているし、マルティネスと同じくらい孤独を抱えている人物なの。メキシコのマッチョな男性のステレオタイプは、陽気で魅力的であれというものだけど、実は素の感情を表現できずに苦しんでいたりもする。私はパブロを通して、メキシコ人男性のステレオタイプを壊したかったという思いがあるの。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

Q.実は孤独だったというのは、元気でおしゃべりなコンチタも同じでしたね。

 監督:そうね、コンチタもとても孤独な人で、私の大好きなキャラクターなの。彼女を笑いものには絶対にしたくなかった。メキシコのオフィスの秘書って本当にコンチタのようで、すごくおせっかいでみんなのことを知っていてゴシップ好きで……(笑)。ただ、そういうステレオタイプな女性をただおもしろおかしく描くのではなく、そこから踏み込んで、彼女の抱えてる孤独というものを描きたかったの。本当に大好きなキャラクターよ。

Q.コンチタはオフィスで同僚たちに物を売っていたりなど、日本では考えられないことをしていて、当初、一体この人は何をしている人なんだろう?といぶかしかったのですが、メキシコでは秘書が物を売ったりするのは普通にあることなのですか?

 監督:ごく普通なことね(笑)。メキシコのオフィスの秘書というのは自分で商品一覧表みたいなものを作成していて、何でも売っているの。化粧品やキャンディとか、違法な海賊版のDVDまで売ってたりするわ。私の映画もCD-ROMに焼きつけて売りかねないわね(笑)。当然ながら許可されているわけもなく、それでもみんなやっているの。だから、マルティネスも腹を立てているわけで。本当に何でも売っていて、あなたたちの想像を超えていると思うわ(笑)。

Q.マルティネス、パブロ、コンチタのアンサンブルが素晴らしく楽しく、でもそれぞれが孤独を抱えていたことが分かってきますが、物語では描かれていないそれぞれのバックグラウンドを俳優と共に考えられたりはしたのでしょうか。

 監督:役作りに関しては俳優たちと時間をかけてじっくり話し合ったわ。例えばコンチタ役のマルタ(・クラウディア・モレノ)から提案があったのは、コンチタが古い香水を愛用しているというのはどうかということだった。おそらく高級な香水も持っているのにそれは全く使わず、あまり良い香りではない脂じみた古くさい香水を使っている女性という設定にしたの。パブロはメキシコの沿岸地方のアクセントを使って話していたけど、それはパブロ役のウンベルト(・ブスト)がその地方で暮らしている友人に頼んで、パブロの全ての台詞を録音して送ってもらい、それを聞きながらアクセントを真似る練習をしたの。そうして仕上がったのがあのパブロよ。だから、登場人物たちのバックグラウンドというよりは、彼らの仕草や好きな物、どんな服装でどんな食べ物を好んでいるのかなどを一緒に考えたわね。つまり、彼らがどんな過去を経てきたのかということより、“今”の彼らの人物像を作っていったの。特に、メキシコ人はすごく食べ物の話が好きなので、その人を語る上で食の好みはとても重要なのね。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

Q.マルティネスは自分の内側に閉じこもって他人と関わることは時間の無駄とし、決して「ありがとう」と言わない人でしたが、亡くなった隣人が自分にプレゼントを残していたことが最初のきっかけとなって、おせっかいな同僚たちとも嫌々関わるうちにやがて、おずおずとながら感謝を示せるようになります。本作を観て、身近な人々からでもいいのでちょっとでも他者を気にかけ、感謝をしながら生きていけば世界は少し優しくなるという想いを抱いたのですが、それは監督が伝えたかったことのひとつでもありますか?

 監督:ええ、確かにその通りね! 身近な人々に対するほんのささやかな優しさが世界を変えると私も心から信じているわ。私自身、以前はそれほど優しい人間ではなかったけど、母親になって少し優しくなったかもしれない。いま9歳になる子どもがいるの。状況が変化すれば、人も変われるものだわ。
 本当にそうね。周囲の人への小さな親切や優しさが世界を変えられると信じている。それこそがこの映画のメッセージでもあるの。

© 2023 Lorena Padilla Bañuelos

 笑うための表情筋が欠落しているような不愛想でカチカチ頭の、同僚には決してなりたくないタイプの男性マルティネス。他者の心に寄り添ったこともなかったような彼が、想定外の出来事をきっかけに、人はそれぞれ見かけだけでは分からない孤独や悲しみも抱えているのだと気づき、自らを省みるようになっていく。この美しい作品を観た後はきっと、他者を思いやり、いつもと変わらない日常に感謝しながら生きようという気持ちになるはずだ。
 長編デビューにしてこんな傑作を生みだした監督は、とびっきりの優しい笑顔で、メキシコ人らしい(?)明るさと華やかさで終始楽しく話してくれた。全く想像だにしなかった事柄も知り、直に話を聞ける経験って貴重だなぁと、そんな時間を与えてもらえたことにも感謝しかない。人の心に“優しさ”の粉をふりかけてくれる映画に出合えたという思いがして、旅を始めたマルティネスと一緒に世界を回って人々や美しい風景を見出したくなった。
 (取材・文:Maori Matsuura、写真:提供素材)

公開表記

 配給:カルチュアルライフ
 2025年8月22日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

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