インタビュー

『タンゴの後で』ジェシカ・パルー監督 オフィシャル・インタビュー

2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

 イタリア映画界の奇才として若くして称賛されたベルナルド・ベルトルッチ監督の最大の問題作『ラストタンゴ・イン・パリ』の撮影で一生消えない傷を負った女優マリア・シュナイダーの人生を描く『タンゴの後で』が、9月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開する。ベルトルッチ監督作品にアシスタントとして撮影に参加した経験を持つジェシカ・パルー監督のインタビューが届いた。

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Q.映画『タンゴの後で』は、主人公となるマリア・シュナイダーの従姉妹ヴァネッサ・シュナイダーの著書『あなたの名はマリア・シュナイダー:「悲劇の女優」の素顔』(早川書房・刊)を脚色した作品ですが、視点をマリアに変えたのはなぜですか。

 ヴァネッサ・シュナイダーの本では、従姉妹であるマリアを家族としての視点や親密な関係を通して書かれています。しかし、映画ではこの視点をマリア本人に変え、彼女の目線で物語を進めたいと考えました。マリアは映画の現場での虐待を告発した最初の女優の一人です。しかし、当時は、誰も彼女の訴えに耳を傾けませんでした。マリアはインタビューで「映画は男によって、男のために作られている……」と話しています。監督や芸術家の「絶対的な権威」を疑問視すること自体が不可能だった時代だったのです。映画業界における女性の立場は議論されず、「芸術の名のもと」に虐待も隠蔽され、見過ごされていました。
 「創造とは、屈辱や苦痛、軽蔑の上に成り立つものなのか?」この映画が問いかけるのは、芸術の限界、侵害された尊厳、若い女優が利用されること、そして彼女が感じた裏切りです。それらの問いを、マリア・シュナイダーの視点を通して投げかけたかったのです。

Q.物語の転機となる『ラストタンゴ・イン・パリ』の問題のシーンはどのように撮影しましたか?

 私は、『ラストタンゴ・イン・パリ』のオリジナル脚本(撮影現場で使用され、スクリプト・スーパーバイザーが書き込みをしたコピー)にアクセスすることができました。あの問題のシーンは脚本には存在していません。脚本では、あのシークエンスは「暴力的な仕草」で終わるはずだったのです。しかし、撮影当日、スクリプト・スーパーバイザーは欄外に撮影中に加えられた要素を記録していました。
 撮影前、ベルトルッチ監督はマリアに「もっと踏み込む」とだけ伝えました。彼は即興演出を好み、「偶然性」が映画を豊かにすると考えていましたが、「バター」のシーンでは、一線を越えたのです。相手役のマーロン・ブランドがマリアのズボンを引き下ろし、バターを手に取る――この描写は、脚本には存在していないのです。当時19歳だったマリアは、不意を突かれ、床に倒されました。その後のインタビューで、ベルトルッチ自身がこの事実を明確に認め、「マリアの本物の涙、本物の屈辱がほしかった」と話しています。この映画では、マリア・シュナイダーの視点に立つことで、彼女が体験したその瞬間を、観客にも追体験させることを目指しました。

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Q.『タンゴの後で』では、そのシーンでベルトルッチやブランドが用いた手法を暴くことをせず、マリアの視点に徹底的に寄り添う形を取っていますね。

 そうです。私は、マリアの視点だけに焦点を当て、彼女が経験したことを観客に感じてもらうことを重視しました。演技の枠を超えて、暴力へと変わる瞬間を、誰も言葉にせずとも、観客が感じ取れるようにしたかったのです。このシーンの撮影では、インティマシー・コーディネーターが現場に立ち会っています。彼女は演出に関与しませんが、俳優たちを見守る役割を果たしました。さらに、このシーンでは、体重90kgの男性が19歳の女性を激しく床に投げつけるため、スタントマンも配置しました。

Q.このシーンの終わりにはカメラがパンして、撮影クルーが沈黙のまま見ている様子が映し出されますね。

 マリアが体験したこと、つまり、皆の目の前で身体的暴力を受けたにもかかわらず、誰も止めなかったという現実を、観客にも追体験してほしかったのです。2024年の今では、こんなことは到底許されないでしょう。しかし、当時は違いました。世界的な名優の前で、名誉ある監督の前で、誰が異議を唱えることができたでしょうか? マリア・シュナイダーは19歳でした。当時、成人の法定年齢は21歳だったため、彼女は法的にも未成年でした。それなのに、彼女を守る人は誰もいなかったのです。
 このシーンの撮影後、私たちは起こった出来事の衝撃に打ちのめされました。それは、迅速かつ容赦のない暴力であり、逃げ道のないものだったのです。

Q.マリアを演じたアナマリア・ヴァルトロメイの演技は、単なる外見の再現を超えた、圧倒的な存在感を放っています。彼女の起用は脚本の段階から考えていたのでしょうか?

 この映画の最大の挑戦は、主演女優のキャスティングでした。なぜなら、マリアというキャラクターは非常に複雑で、一人の中にいくつもの側面を持っているからです。彼女は少女であり、女優であり、ドラッグに溺れた人物であり、傷ついた女性でもある――まさに「複数の役を一つに内包した存在」です。脚本を書き終えてから、マリアを演じる女優を探しました。
 アナマリア・ヴァルトロメイには非常に強い存在感があり、何より大胆さがありました。彼女は困難な役どころにも果敢に挑戦し、決して恐れることがありません。そして、“マリア・シュナイダー”を演じるには、スクリーン上で輝くことも必要でした。
 私たちは何度も話し合い、リハーサルを重ね、数ヵ月かけて「私たちのマリア」を作り上げていきました。撮影が始まるまでに、アナマリアがこの物語を完全に理解し、それを超越できるようにしたかったのです。なぜなら、マリア・シュナイダーの声を、今、届けるためには、彼女がこの役を完全に自分のものにする必要があったのです。

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Q.マーロン・ブランド役にマット・ディロンをキャスティングした経緯を教えてください。

 ブランド役の役者を選ぶのに、二つの選択肢がありました。一つは、ブランドにそっくりな俳優を探すこと。もう一つは、彼が持つ魅力、ハリウッドの神話的存在を体現できる俳優を選ぶことでした。私は後者を選びました。マット・ディロンは『ランブルフィッシュ』(1983)の主演俳優で、彼のポスターは当時、若者の部屋に貼られるほどのスターでした。彼自身、若い頃に『ラストタンゴ・イン・パリ』のモノローグを繰り返し真似ていたそうです。マットもまた、マリアと同じように非常に若くして俳優になり、突然業界に飲み込まれた経験がありました。もし状況が違っていたら、彼もマリアのような目に遭っていたかもしれません。本作の撮影後、マット・ディロンは自身のアイドルであったブランドについて、「どうしてそんなことができたんだ?」と話していました。

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Q.昨今、多くの女優が映画業界における暴力を告発している状況と、マリア・シュナイダーの物語をどのように捉えていますか?

 この映画の脚本の執筆、監督するにあたって、私は「トラウマのゆっくりとした毒」を描きたいと思いました。それも、あくまで普遍的な形で。現在起こっている議論の広がりや数多くの証言が集まっている状況は、私も予想していませんでしたが、マリアの物語から、私たちは理解すべきことがあります。
 ―準備なくこの世界に入ってくる若者たちを、私たちは守らなければならない。
 ―裏切りや不当な扱いは、映画を作るための「必要な手段」では決してない。
 映画の現場では、誰もが「魔法の瞬間」や「偶然の産物」、そして「生の感情」を求めます。私自身もそうです。しかし、それらは屈辱を与えなくても生み出せると私は確信しています。むしろ、俳優と共に探り、共に作り上げる演出こそ、より刺激的で意味のあるものになると信じています。今、映画業界は変わりつつあり、それはとても良いことです。まずは「異常だったこと」を認識すること。それが、最初の一歩です。そして、まだやるべきことはたくさん残っています。

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公開表記

 配給:トランスフォーマー
 9月5日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

(オフィシャル素材提供)

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