インタビュー

『みえない雲』グレゴール・シュニッツラー監督 単独インタビュー

常に希望はある。人は与えられた時間をポジティブに生きるべきだ

 のどかなドイツの田舎町を襲った原発事故。突然の大惨事が、ごく普通の高校生だった少女の運命を変えていく――。チェルノブイリ原発事故直後の1987年に発表されたベストセラー小説を映画化、極限的状況の中でも愛を見つけ、強く生き抜こうとする少女の姿を描いた『みえない雲』。ティル・シュヴァイガー主演の『レボリューション6』が日本でも話題となったドイツの新世代の監督、グレゴール・シュニッツラーに話を聞いた。

グレゴール・シュニッツラー監督

 1964年ベルリン生まれ。ベルリンで社会学とメディア論専攻の学生時代から映画監督への道を志した。卒業後、数年間スチール・カメラマンとして働いた後、90年に音楽ビデオとCMの監督としてスタートし、97年までに65本の作品を制作。94年、ドラマ・シリーズ「Im Namen des Gesetzes(法の名において)」で初めて長編ドラマを監督。2002年に『Was tun wenn’s brennt?(もしも火事になったら?)』で映画監督としてデビューし、リューネン映画祭で観客賞を受賞した。03年、ベンヤミン・V・シュトゥックラート=バレスのカルト小説の映画化作品『ソロアルバム』では、観客からも批評家からも高い評価を受けた。日本では、激動の時代に行動をともにした仲間たちがある出来事をきっかけに再会し、過去と自分を見つめ直していく物語を、スタイリッシュな映像と音楽で描いた初のメジャー作品『レボリューション6』(02)で注目を集めた。

原作はチェルノブイリ原発事故直後の1987年に発表されたということですが、その後のさまざまな影響を追えるという意味でも、この映画が現在になって作られたというのはよかったと思います。監督ご自身はどのような課題を持って、演出に取り組まれたのですか?

 まず第一に、この映画はチェルノブイリ原発事故後20年ということで始まったプロジェクトだった。製作期間は9ヵ月という、非常に短い時間の中で作り上げた映画なんだ。原作と対比すると、主人公が女の子なのは一緒だが、原作では両親、祖母、叔母が登場しており、どちらかというと家族とのかかわりが描かれている。でも今回はとにかく、この作品を若者たちに向けたものにしたいという思いがあって、そのことを一番に自分が取り組むべき課題として考えていた。ヒロインのハンナは、田舎に住む16歳のごく普通の女の子で、政治的な主張を持っているわけでもない。でも、そういう子が非常事態を経験することによって、大きく成長していくんだ。
 それと、もう一つの重要なポイントは、彼女が初恋を経験するということだ。若い人たちも自分自身と重ね合わせることができるからね。本当にナイーブだった16歳の女の子が恋をし、大変な出来事に遭遇することで、自分で物事を決められるようになっていくんだ。彼女自身放射能に被爆して、どのくらい生きられるのか分からないわけだけど、それでも積極的に生きていこう、自分で物事を決めていこうとする。このように、彼女の成長物語として描くことも自分の課題として考えていた。20年前に書かれた原作はかなり教条的で、これは良い、あれは悪いと決めつけているところがあったんだけど、僕はそうした説教臭さを取り去りたいと思ったんだ。

おっしゃるように、あとどのくらいの命か分からないハンナですが、あのラストはやはり、強く生きようという彼女の決意の表れなのでしょうか?

 あれ以前に彼女はあまりにも重い弟の死を経験しているわけだが、僕はそのまま暗い雰囲気で映画を終わらせることはしたくなかったんだ。もちろん、彼女と恋人のエルマーはあとどのくらい生きられるか分からない。だけど、常に希望はある。人は与えられた時間をポジティブに生きるべきだと思うし、明日につなげるという意味でもああいうラストにしたんだ。僕たちだって、こうして普通に生きているけど、明日には何があるか分からないよね? 彼女たちは放射能を浴びて余命がどのくらいあるのか分からないけど、実は僕たちだって明日の命が保障されているわけではないんだから、そんなに違いはないと思うよ。自分で決断しながらポジティブに生き、明日につなげていってほしいというメッセージをこめて、ああいうラストにしたんだ。

ハンナは髪の毛がすべて抜け落ちても、病院を出てから一度も頭を隠すことはありませんでしたし、すごく毅然として生きていました。彼女のあの強さはどこから来るのでしょう?

 普通であれば、かつらや帽子をかぶったりして、はげた頭を見せないだろうね。でも、もともと彼女は強い意志を持った女の子だったし、その後に体験したさまざまな困難や運命が、彼女を一層強くしたんだと思うね。例えば、退院後に彼女が住むことになったハンブルクは、原発事故が起こった場所から離れているとはいえ、本当に安全かというと、目には見えないけど、実際には水も食べ物も汚染されているかもしれない。彼女がはげた頭をさらしているのは、そのことに対する無言のアピールでもあるんだ。弟をああいう形で失ったことは心の中で大きな傷となっているんだけど、その弟の分まで強く生きなければならないという思いにもなったことだろう。はげた頭を隠さないというのは、彼女のそうした強い意志の表れなんだよ。

ハンナ役のパウラ・カレンベルクがひたむきで迷いのない演技を見せていましたが、彼女自身、放射能被害を間接的に受けていた可能性があるというのは本当なのですか?

 確かにパウラは1986年に生まれて、チェルノブイリ世代の子供たちの一人だと言える。また彼女は、肺が一つしかない状態で生まれたそうだ。ただ、それが放射能の影響だったのかどうかは何とも言えないね。全く関係がないという可能性もあるし。とはいっても、そういう彼女がこの映画のヒロインなのは、ちょっと象徴的ではあるかもしれない。実は、スタッフである演技コーチの女性が、この映画に登場する原発事故が起こったとされる実在の原子力発電所を建てた人の娘さんだったということが、撮影時に分かったというエピソードもあるんだ。単なる偶然だけどね(笑)。

1992年頃、私はドイツとフランスに数ヵ月ずつ滞在していたのですが、ドイツはフランスに比べてはるかに環境意識が高いと感じましたし、当時から脱原発の方向にあったと思います。その後、現状はいかがですか?

 今も、1992年当時とほとんど変わっていないね。ドイツとフランスは国境を接しているが、第二次世界大戦後の国際社会における両国の態度は非常に対照的だ。ドイツは戦争に負けたこともあって、出来るだけおとなしく目立たないようにしようと努め、核兵器も持たないし、脱原発の方向にあるんだが、フランスは対照的に、国際社会でリーダーシップを執りたがっているし、技術国家としての威信を示そうしている。フランス人というのは技術を強く信奉しているところがあるからね。実は、フランス国内とはいえ、ドイツの国境近くにも原子力発電所は結構あるんだ。脱原発というのは全世界的に考えていかなければいけないことであって、狭いヨーロッパで、ドイツは止めるのにフランスは進めるというのは非常に矛盾した話だ。チェルノブイリはヨーロッパから2000キロ離れているけど、原発事故以降は今もなお、ある種のキノコとイノシシは食べられないんだよ。ドイツは今、原発全廃を目指してその一歩を踏み出している段階で、代替エネルギーが使えることさえ示せれば、他の国も追随してくれるだろう。代替エネルギーでやれるかどうかは、ドイツ国内でもまだ議論が分かれるところで、何とも言えないけどね。

日本はその流れに逆行し、世界でも有数の原発保有国となっています。

 そうだね。残念なことだよ。

公開にあたって、原子力業界などから何らかの圧力はなかったのですか?

 原子力業界からの圧力というのは、意識的になかったんだ。なぜかと言うと、ここで話題にしてしまうと、かえって世間の注目を引いてしまうからね。「この映画はあくまでフィクションであり、現実には起こり得ないことを描いている」と言及するに留めていた。実は20年前は原子力発電所は国営だったが、現在は民営化されているせいで、原作では実在する発電所の名前を使用していたが、今回は架空のものに代えざるを得なかったということもある。とにかく極力、社会的に興味を引かないようにという仔細な配慮がなされていたね。

それは実に賢いやり方ですね。

 その通りだよ。

最後に、これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。

 出来るだけ多くの方々がこの映画を見てくださることを願っています。日本には現在、55基の原発炉があると聞いています。原発事故が実際に起こってから考えるのでは遅すぎるのです。この映画をご覧になって、こうした事故はいつでも起こり得るのだということを、日本の皆さんにも考えていただきたいと思います。この映画が皆さんの心に触れて、メッセージがきちんと伝わることを願っています。

 原発大国の日本においては、同じことがいつ起きてもおかしくないだけに現実味を感じさせる、非常に重いテーマをはらんだ映画だ。こうした危うい現実の中で私たちは生きているのだと、あらためて思い知らされる。一方で、深刻なだけでなく、監督も強調していたように、ティーンエイジャーの初恋と成長を描いた一種の青春ラブ・ストーリーでもあるので、若い人たちが見てもきっと共感できるはず。
 今、ドイツ映画が面白い。70~80年代のニュー・ジャーマン・シネマとは一線を画し、芸術性、政治性、エンターテイメント性を兼ね備えた生きのいい映画を作る若い監督が続々登場している。グレゴール・シュニッツラー監督もその一人で、パンク世代の挫折と過去への決別を描いた『レボリューション6』も大好きだったため、お会いできるのが楽しみだった。とても温かく柔らかな雰囲気を持った方で、特段におかしい話をしているわけでもないのに、なぜか大笑いが絶えなかった、不思議に陽気なインタビューだった。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『みえない雲』作品紹介

 高校3年生のハンナは、幼い弟ウリーと口うるさい母親の3人で暮らすごく普通の女の子。ある日、転校生のエルマーから呼び出され人気のない教室へ行くと、ぎこちない会話の後に突然のキス。しかしそんな幸せな気分も束の間、突然けたたましいサイレンが鳴り響く。美しい自然に囲まれた、のどかで小さな街を襲った突然の大惨事。近郊の原子力発電所が事故を起こしたのだ。街はパニックに陥る。「必ず迎えに行くから、家で待ってて」。ハンナは彼の言葉を信じてウリーと自宅で待つが、放射能を帯びた雲が迫ってくる。母親の行方も分からないまま仕方なくウリーを連れ外に出たハンナは、極限状況下で暴徒化した群衆に巻き込まれてしまう。次々と降りかかる予想も出来ない困難に、勇気を持って立ち向かうハンナ。果たして彼女は再びエルマーに会うことができるのだろうか?
 チェルノブイリ原発事故直後の1987年に発表され、大きなセンセーションを巻き起こして社会問題となり、ドイツ青少年文学賞をはじめ多数受賞したベストセラー小説を映画化!

(原題:Die Wolke、2006年、ドイツ、上映時間:103分)

キャスト&スタッフ

監督:グレゴール・シュニッツラー
出演:パウラ・カレンベルク、フランツ・ディンダ、ハンス=ラウリン・バイヤーリンク、カリーナ・ヴィーゼほか

公開表記

配給:シネカノン
2006年12月30日(土)よりシネカノン有楽町ほか全国順次ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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