インタビュー

『松ヶ根乱射事件』山下敦弘監督 インタビュー

僕としては、すごく“若い映画”を作った気がしています

 『リアリズムの宿』『ばかのハコ船』などユニークなオフ・ビート感覚の作品で知られ、『リンダ リンダ リンダ』のヒットも記憶に新しい若き俊英・山下敦弘監督が20代最後の映画として贈る『松ヶ根乱射事件』。90年代の田舎町に暮らす双子の兄弟と、何となくおかしな人々の“ワケあり”な日々を描いた本作の公開直前に、山下監督がインタビューに応じてくれた。

山下敦弘監督

 1976年8月29日愛知県出身。高校時代にビデオカメラで映像制作を始める。95年、大阪芸術大学映像学科に進学し、寮の先輩である熊切和嘉と出会い、『鬼畜大宴会』(97)にスタッフとして参加する。そこで知り合った同期のメンバーで数本の短編を発表。99年、卒業制作として初の長編『どんてん生活』を完成させ、これを機に制作団体「真夜中の子供シアター」を発足する。『どんてん生活』(01)は2000年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオフシアター部門のグランプリを受賞したほか、各国の映画祭で笑いの渦を巻き起こした。第2作『ばかのハコ船』(03)は東京国際映画祭の助成金をもとにプラネット+1と共同制作、そのオリジナリティあふれる世界観が絶賛される。続く『リアリズムの宿』(04)では、主演に長塚圭史と山下組常連の山本浩司、音楽にくるりを迎え、つげ義春の原作に挑み、興行的にも好成績を残した。04年は兄妹の禁断のエロスという新しいジャンルに挑んだ『くりいむレモン』も公開され話題を呼んだ。そして、05年に公開された『リンダ リンダ リンダ』ではブルーハーツをコピーする女子高生バンドを見事に描き切り、3ヵ月にも及ぶロングランを記録。07年は現在公開中のオムニバス作品『ユメ十夜』と、くらもちふさこの人気漫画が原作の『天然コケッコー』の公開が予定されており、いま最もその動向を注目されている監督である。

今回は90年代前半という、あっという間に終わってしまったかのような印象の薄い時期だったと思いますが、監督にとってはどういうイメージのある時代でしたか?

 僕は当時10代でしたが、一番何事もなく平和な時代でしたね。多感な時期でもありましたが。スポーツもやってましたし、映画を観たり、異性も意識し……みたいな(笑)。僕は愛知県豊田市と、中3からは半田市という二つの町に住んでいたんですけど、そんなに田舎という田舎でもなく、それなりに物も揃っているような所でしたので、今作の舞台とはちょっと違っていますね。

では、この時代を描く上で工夫されたことはありますか?

 実感として残っているのは、服装とか、髪型とか、目で見たものばかりです。ですから、感覚として分かっている部分にこだわったというか、楽しみながら採り入れていったという感じです。

バブル時代の名残のボディコン・スーツとか……。

 そうそう。当時、僕はまだ子供でしたから、ああいうのは僕にとって、テレビの中だけの世界だったんですね。東京の女の人がああいう格好をしているんだと思っていました。そんなわけで、川越(美和)さんには肩パットの入ったボディコン・スーツにハイヒール、太眉という、いかにものスタイルで登場してもらいましたけど、楽しかったですね。

確かに、いかにも東京から流れてきたという感じで、田舎では思いっきり浮いてましたね。

 ええ、それを分からせたいなと思いまして。

前作『リンダ リンダ リンダ』では女子高生たちの青春を描き、今作は全く違うタイプの作品でしたが、どんなところからアイデアを得たのですか? また、脚本には3人の方が名前を連ねていますが、どのようにお仕事をされたのですか?

 もともとは山上徹二郎プロデューサーが考えていた企画で、芥川龍之介の小説「偸盗(ちゅうとう)」をベースに佐藤久美子さんが現代に置き換えて脚本を書かれていたんですけど、その時点で既に原作から少し離れていたので、結局はオリジナルでやりましょうということになったんですね。ある田舎に住む、一人は警官でもう一人はダメな兄貴という双子が、東京から来た女と三角関係になる話で、ダメな親父や春子もいましたし、キャラクターのベースはありましたが、その脚本を向井康介と僕がお預かりして膨らませていき、それをまた脚本の3人で話し合って形にしていくというやり方でした。

監督ご自身が絶対に譲れない点はありましたか?

 あくまで主人公の光太郎を拠り所にし、常に彼を軸に置いて描くということですね。この映画、あまりにも変な人ばかり出てきて(笑)、変な人ばかりだと収拾がつかなくなるので、分かりやすいキャラクターを中心に据えなければ、映画にしづらくなると思いました。

周りの人たちはみんなダメ人間で、自分だけはしっかり責任感を持ってやらなければと光太郎は気張っていますが、彼自身にもやましいことがあります。彼の行動には、他人に対してと同時に自分に対する怒りも感じたのですが。

 怒りというよりも、あらためて考えてみると、おそらく光太郎くんも結局は、元からおかしかったんだと思いますよ(笑)。だって、彼が本当にまともな青年だったら、とっくにあの町から出ていってるんじゃないかな。あの場所で間違った責任感で警官になってしまうわけですけど、最初からネズミを捕ることに執着していますから、やっぱり彼もフツーじゃないですね。

光太郎は、自由気ままな兄の光に嫉妬の感情もあったのではないでしょうか。

 それはすごく思いますね。光はたぶん、何をやっても許されちゃいますし、東京に住んでいたこともありますしね。光太郎は兄に対する嫉妬心を隠して、臭いものには全部蓋をして、間違った責任感で警官にもなり、いろいろと我慢してきたんだろうなと思います。そういうキャラクターとして書きました。

で、お父さんの方は逆に、一見すごいダメ人間ですけど、実は一番本音で生きている感じがありますよね。

 そうなんですよ。生まれてから死ぬまであの町で暮らすであろう男として、すでに諦めの境地を超越して、達観してますね。

三浦友和さんというとやはり、好青年的イメージがありますが、ああいうダメ親父のキャスティングは絶妙だったと思います。

 でも、僕自身は若い頃の三浦さんを知らないんですよ。相米慎二監督の『台風クラブ』(85)に出演していた三浦さんの印象が強かったので、僕としては意外な役ではなかったんですね。

山口百恵さんとの「赤い」シリーズを見てきた世代にとっては、けっこう衝撃的なものがありました。

 ああ、なるほど。確かに、豊道(三浦さんの役)が光太郎に言うとどめのせりふは、そんなことは言いそうにない三浦さんが言ったからこそ、あれだけ強烈に聞こえたということもあるかもしれません。実際、現場であのせりふを聞いていると、三浦さんが悪魔に見えましたね(笑)。“フツー、自分の息子には言わねーよな”って、ゾクッときました。例えば、泉谷しげるさんだったら「まあ、言うよな」みたいな感じですけど(笑)。でも三浦さんだったら、全てはお見通しなんだけど、わざとダメ親父を演じているんだ、というニュアンスにも取れますね。オレが悪者を演じていれば全ては丸く収まる、という腹なんだろうと。脚本を書きながらも、この親父が実は一番大人かも、と思っていました。

双子の兄弟に新井浩文さんと山中 崇さんを起用した理由は?

 実は脚本を書いていて、いろいろと迷ったんですよね。一卵性にしようかとか、年子の兄弟でもいいのかなとか。ただ双子って、生まれたときから全く同じ歳で学校も同じ学年なのに、ちょっとの差で兄と弟になってしまうという、ちょっと想像できない感覚があると思いますから、やっぱり双子にした方が面白いよな、ということでそうなりました。
 で、新井くんには以前から興味があって、一緒にやってみたかったんですね。彼はガタイがいいから、制服が似合って警官に見えますし。新井くんを軸に考えていたときに山中くんと出会ったんですが、彼は映画の中ではずっとニヤニヤしっぱなしなので分かりにくいかもしれませんけど、素の顔はけっこう新井くんと似ていたんですよ、特に目元が。“あ、これはイケる!”と思って、二人に決めました。

新井さんは『ゲルマニウムの夜』(05)やそれ以前の作品を見ると、際どい役が多い役者さんですが、今回はちょっとタイプが違いますね。

 そうですね。新井くんも「いつもだったら、うちが兄貴の役の方だったろうな」と言っていました。今回は“受け”の役ですが、これまでは“攻め”の方だったんですね。『青い春』(01)でも『ジョゼと虎と魚たち』(03)でも。要は、軸となる役がいて、それを突っついていく役回りだったのに、今回は逆に周りが濃くて、それを自分が全部受けていくような役でしたから、初めての経験だったのかもしれません。

演出時には、どんなお話をされたのですか?

 新井くんはすごく微妙で繊細な顔というか、一歩間違えたらイッちゃってる人の顔になるんですよね(笑)。それは彼自身も分かっていて、「うち、目つき悪いんですよ」って。とにかく、元々ちょっとおかしかった光太郎というキャラクターは親父の一言で完全にイカレちゃうんですけど、そこを軸にした前後で、壊れ具合のバランスに配慮しました。順撮りができなかったので、「ここはもうちょっと目つき悪くいこうか」とか、よく話し合いながら作っていきましたね。新井くんは細かい注文がすごく通じた役者さんでした。

木村祐一さんと川越美和さん演じるお騒がせカップルはちょっと、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』の二人みたいでしたね。

 ああ、なるほど。この二人って僕、憎めないんですよね。結局は町に馴染んじゃいますし(笑)。金の延べ棒を銀行に換金しに行くくだりなんかも、つめが甘いじゃないですか(笑)。あの足りなさ具合といったら……。決して善人じゃないんですけど、悪人にしては頭が悪すぎますよね(笑)。こういう憎めないキャラにしたかったんですよ。僕はキャラクターを考えるのが好きなんですけど、特にこの二人を作るのは楽しかったですね。

そのキャラクターに、川越さんと木村さんは見事にハマッてくれたんですね?

 ええ、今となっては、最初からあの二人に決まっていたんじゃないかと思えるくらい、二人のために書いたようなキャラクターで、他の人では想像できないですね。

全ては脚本どおりだったんですか? 割と小ネタが効いていた気がしますが。

 ほぼ脚本どおりですよ。リハーサルをやりつつ、脚本を直していったところはありますが。

木村さんが“写ルンです”の使い方が分からなくて、川越さんに尋ねるシーンとか、ああいう細かいネタが面白いと思いましたので。

 ああ、あれは現場だったかもしれません(笑)。実は、観客の方々には説明していない裏設定があって、木村さん演じる西岡は刑務所から出てきたばかりということにしていたんですよ。で、当時は“写ルンです”が普及し始めたばかりだったので、彼は使い方を知らないっていう(笑)。“観客には伝わらないよな”と思いつつ、西岡というキャラクターを見せるにはいいかなと。ちょっと時代から置いていかれている匂いはするんじゃないでしょうか。あの二人のバランスはすごく気に入っていますね。

監督はかなり、リハーサルに時間をかけられるとか?

 そうですね。今回はキャラクターも多かったですし。『リンダ リンダ リンダ』のときはいろいろな4人が集まっていて、一人はミュージシャン、一人は子役からやっているベテラン、一人は新人女優、一人は韓国から来ている女の子でしたから、バランスのとり方が分からなくて、不安でリハーサルをやったところがあったんですけど、今回は芸達者な方ばかりだったので、“リハーサルをやることでプラスアルファが生まれればいいな”くらいの気持ちでした。舞台稽古に近い感じでしたね。

それでは、いつもそういうやり方をしているわけではないのですか?

 いつもやってますけどね(笑)。ただ、『リンダ リンダ リンダ』のとき、ちょっとリハーサルをやりすぎたんじゃないかと思ったふしがあったんで、今回はちょっと迷ったんですよ。でもやらないのも不安で、実際にやってみたら“みんな、もう出来てるんだ”と分かりましたね。ただ、川越さんのキャラクターは脚本を読むだけだと分かりにくい役だったので、リハーサルで作っていきました。「彼氏に対してどうして敬語を使うんですか?」とか質問されましたね。ただ、みゆきが何を考えているのか、オレも正直分かんないんで(笑)、不確かな説明しかできませんでしたけど。そんなわけで、現場に入った瞬間にはもう演出しなくても大丈夫なくらい、みゆきは川越さん自身になじんでいましたね。

今作は20代最後の作品ということですが、30代はどういう映画を撮っていきたいですか?

 今作が僕にとって6本目なんですけど、6本何となく貯まったと思ったら、『リンダ リンダ リンダ』まで青春映画ばっかりだったんですよ。今回でようやく、青春映画ではないものに足を突っ込めた気がします。今までの映画は自分の目線でしか物事を語れなかったので、少しそうじゃないものにも挑戦していきたいですね。……と言いつつ、今撮っているのは『天然コケッコー』っていう、思いっきり青春映画なんですけど(笑)。
 今作はタイトルもシブいですし、倫理に触れるようなシーンもあり、観る人によっては気分を害するかもしれませんが、僕としてはすごく“若い映画”を作った気がしているんですね。怖いもの知らずというか、“嫌われてもしょうがねーや”くらいの勢いで、僕の思いにすごく正直に作りましたから。もしかしたら、今はまだ、僕という人間はそれほど人の痛みを分からないところで映画を撮っている段階なのかもしれません。今後どういう映画を作っていきたいというのはよく分からないのですが、もう少し年をとって、もっと人の痛みが分かってきたら、また違った映画が作れるかもしれませんし、あるいは、今作よりさらに過激なものになるかもしれない。それは何とも言えないですね。
 とにかく、この映画ではやりたかったことを思いっきりやらせていただいたんで、山上プロデューサーにはすごく感謝しています。こういうのを20代最後に撮れたのはラッキーでした。自分の中でわだかまっていたことも全て出せた気がします。

“若い映画”といえば、最後のタイトルの出し方、音楽もパンキッシュでした。

 そうですね、あれも“若い”じゃないですか。最後はスカーッ!といきたかったんで。ボアダムスの「モレシコ」という曲で、年代的にはこの映画の時代設定と同じくらいの92~93年にリリースされました。僕が大学時代に聴いていた青春ソングというか、映画を撮り始めたくらいの頃に友達の家でずっと聴いていた曲なんで、ノスタルジックな気持ちで使ったということもありますね。

でも、映画の後半で光太郎がだんだんおかしくなっていく感じとマッチしていましたね。

 合っていますね。テーブルをひっくり返すようなイメージです。問題は山積みだけど、それを光太郎がパカーン!とひっくり返して終わり!みたいな感じにしたかったんです。

最後に、これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。

 『松ヶ根乱射事件』を監督しました山下敦弘です。映画史上最も情けない乱射シーンをぜひ、劇場で! これは絶対、劇場で観た方がいいですよ。音楽もすばらしいので、劇場で大音量で聴いてください。

 毎回ユニークな作品を送り出し、コアなファンも多い山下敦弘監督。お話を伺っていて何よりも感じたのは、とにかく「若い!」。これまで若い俳優さんたちにはたくさんインタビューしてきたが、監督にこれほど世代の違いを感じたのは初めてのことで、ちょっとショック……。そうですか、「赤い」シリーズの三浦友和さんをご存知ありませんか……。
 それはさておき、まだ20代にして独特のオフ・ビートなユーモアの感覚が光る映画を生み出してきた監督だけに、30代、40代になったときにはどんな作品を見せてくれるのか全く見当もつかず、本当に楽しみな人だ。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『松ヶ根乱射事件』作品紹介

 90年代初頭の田舎町・松ヶ根。警察官として働く鈴木光太郎には、双子の兄・光がいる。母親と姉は畜産業を営み、光はそこで手伝いをしているが、彼の関心も意志も底を這うようなもの。父親は家出中、祖父は痴呆が始まって久しい。そんな松ヶ根の日常は変わらぬまま、永遠に続くかに思えた。しかし、光が起こしたある事件と、謎のカップルの出現によって、鈴木家と松ヶ根の日常は少しずつ狂い始める……。

(2006年、日本、上映時間:112分)

キャスト&スタッフ

監督:山下敦弘
出演:新井浩文、山中 崇、木村祐一、川越美和、三浦友和ほか

公開表記

配給:ビターズ・エンド
2007年2月24日(土)より、テアトル新宿ほかにてロードショー

(オフィシャル素材提供)

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