インタビュー

『ドレスデン、運命の日』ローランド・ズゾ・リヒター監督 インタビュー

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物事は簡単に善悪では割り切れないことを、この映画で問いかけたかった

 第二次世界大戦末期、イギリス軍による空襲で壊滅的な被害を受けたドイツ東部の都市ドレスデン。芸術文化が花開き、“エルベのフィレンツェ”と讃えられたその美しい街は1945年2月13日、イギリス軍の大規模な空爆により、一夜にして廃墟と化した。映画によって初めて本格的に語られたその史実に、敵国同士の男女のラブ・ストーリーを織り交ぜながら、和解と平和への思いが託された戦争叙事詩『ドレスデン、運命の日』。同様に史実を基にした超大作『トンネル』(02)が日本でも大ヒットしたローランド・ズゾ・リヒター監督が来日、さまざまな困難を乗り越えながら情熱を注いで作り上げた本作について、たっぷりと語ってくれた。

ローランド・ズゾ・リヒター監督

 1961年1月7日、ドイツ・マールブルク生まれ。今日のドイツで最も野心的かつ精力的に活躍している監督の一人である。長編映画デビュー作『Kolp』は、1985年ドイツ連邦映画賞、バヴァリア映画賞ノミネート、そしてユースビデオ賞を受賞し、カンヌ国際映画祭でも上映された。劇場映画では『14日』『大爆破』などで成功を納め、2003年にはライアン・フィリップ、サラ・ポーリー出演の『Re:プレイ』でハリウッド・デビューを果たす。その他に、『The Bubi Scholz Story』などテレビ番組でも数々の賞を受賞している。02年に日本でも大ヒットを記録した『トンネル』はドイツで700万人を動員し、世界中の映画祭で大絶賛を浴びた。

この映画で初めてドレスデンの爆撃が語られたということですが、戦後60年間、なぜ一度もこの題材が扱われなかったと思われますか?

 第二次大戦後、ドイツの映画人はまずもって、ドイツが犯した罪と対峙することが先決と考え、ドイツが他の国々にどのような被害を与えたのかを直視しようとしたんだ。戦後は罪の意識の方が先に立っていたと同時に、感情的にも複雑なものがあって、このドレスデン空襲も映画にはならなかったと思うが、40年、50年という歳月を経ることによって初めて、若い人たちのためにこういう映画を作ることが可能になったとも言える。したがって、この映画で初めて被害者としてのドイツ人の視点を盛り込むことができたわけだ。現在、若い人たちの間では戦争の記憶も希薄になってきている。彼らに、母国で何があったのかということを伝えていくべきだと思うね。

ドレスデンは美しい無防備都市で、ドイツ人もドレスデンだけは空爆されないと信じていたと伺っています。日本では京都に近いイメージなのかなと想像しますが、ドイツ人にとってドレスデンとはどういう町だったのでしょう? ドレスデン空爆の本当の目的は何だったとお考えですか?

 ドレスデンはドイツ人にとって、音楽・絵画・建築などさまざまな分野で最高水準のものを見せた町だった。工業施設も軍事施設もなかったことから、確かに、ドレスデンの人々は決して空爆されないだろうと信じていたんだ。
 ドレスデンを空爆した真の目的については、現在でも議論が分かれている。イギリス軍は、実はドレスデンには工業施設があるのではないかと疑っていたというし、ソ連軍が攻勢になってきていたので、前線がドイツの方にかなり後退していて、前線への補給路がドレスデンにはあったということで、空爆は戦略的な意義があったという説もある。それと、イギリス軍が連合軍の中でこれだけの力があるということを、ソ連軍に見せつけて牽制するという目的もあったらしい。

前作の『トンネル』が146分、今回もまた150分という長い映画でしが、一瞬たりとも緊張感が途切れることなく観ることができました。緊張感を持続させながら展開していくコツはあるのでしょうか?

 どのようなテーマを扱うにしても、僕は映画を作るとき常に、登場人物を通して観客にそのテーマに近づいてもらおうとする。そこに重きを置いているんだ。どちらの脚本も大変出来が良かったということもあり、始めからおしまいまで、徐々に緊張感を高めるものになっていたということは言えるね。

この作品は、ヒロインであるアンナの視点のみならず、イギリス人兵士、ユダヤ人青年と結婚しているアンナの同僚マリア、そしてナチスといった、さまざまな人々の視点で複眼的に描かれていますが、そのねらいをお聞かせください。

 いろいろな立場にある人々を登場させることにより、一つだけではなくさまざまな見方を通して、そのときドレスデンに何が起きたのかを描写したいと思ったんだ。今、ユダヤ人の話が出たが、実際、まだ強制収容所送りになっていなかったユダヤ人が当時のドレスデンには存在していた。だから、ドレスデンで偶然空襲に遭って助かったというユダヤ人もいたわけなんだ。そういったさまざまな立場の人々が経験した悲劇の全てを、余すことなく描きたかったんだ。

本作は3人のラブ・ストーリーや家族愛が描かれていますが、単なる戦争映画ではなく、そのような要素も入れ込んだことで、どのような効果が生まれたとお考えですか?

 そのご質問には別の角度からお答えしてみたいと思う。先ほども申し上げたように、ドレスデンの人々はドレスデンだけは攻撃されないと信じていた。ドイツはあの段階ですでに何年も戦争をやってきた国であって、いろいろな所が攻撃されていることはもちろん、みんな知っていたんだけど、それにも関わらずそこに生きている一人一人の人間は、例えば父親であれば家族全体のことを考え、娘は娘で人生の計画があり、婚約式も行う予定だったはずだ。これによって、人間はいかに状況が悲惨で劣悪であろうと、やはり何か前に向かってものを考えざるを得ない存在なのだとよく分かるわけだが、そのようにして個々の人間が考えていたこと、計画していたことというのが一瞬にして無に帰してしまったときが、ドレスデンの空爆だったと思う。自分にとって何よりも大切だったものが破壊されてしまったときには、深い喪失感を覚えるはずだ。だからといって永久にそうだというわけではなく、またどこかの段階で再び大切なものが確認される。そうしたことを体験する人間全体を描いていこうと考えたんだ。

アンナ、ロバート、アレクサンダーという主演の3人ですが、どういうところに重点を置いてキャスティングされたのですか?

 アンナについては、若い女優ということが第一条件だったんだけど、どんなシーンにおいても、その根底には子供らしいナイーブな純真さがあり、希望というものを常に体からにじみ出しているような女優を探すのは容易ではなかった。そういう女優を望んでいたので、彼女を起用したということがある。
 ロバートについては、まずはイギリス人の俳優ということを条件にして、俳優としての魅力と、アレクサンダーにはない男らしさが感じられる人を探した。
 また、アレクサンダーについては、その当時のドイツ人男性は非常に保守的な考え方をし、性格的には角があり(笑)、女性像も保守的で職業婦人を快く思っていないという点に留意して、そのように見える俳優を選んだんだ。

炎に包まれたクライマックス・シーンがものすごい迫力でしたが、俳優さんたちに危険はありませんでしたか?

 まず私はこの撮影のとき、できるだけ直接的な形で俳優に当時の状況が伝わるようにしたいと思ったので、実際にセットを作って燃やすということをした。通常は、そうしたカタストロフィーを描く場合、ブルー・スクリーンやグリーン・スクリーンを使うが、その技術を利用するだけで終わらせようとは決して思わなかった。現実に近い状況の中に俳優が入って体で感じれば、そこではもう演じるのではなく、リアルな状況に対してリアルな反応をするはずだ。僕はそれを求めていたので、360度火に囲まれるというセットを作って、俳優も撮影クルーもその中で撮影を敢行した。かなりの体力が求められたよ。僕はみんなの健康が損なわれないギリギリのところまでは行こうとはっきり決めていたので、実際にそうしたが、それ以上は本当に危険だったので止めたんだ。

戦火を逃れようと防空壕に入った人々は、さまざまな言動をとります。叫ぶ人がいれば静かな人もいて、つらいシーンでもありましたが、ここはどういう心境で撮影されましたか?

 実際に防空壕に入って生き残った方もいらして、そういう方たちから話を伺い、それを踏まえた上で、防空壕内でのリアルな恐怖を再現するために、3~4分くらいの空襲の音を制作し、防空壕の部屋の隣でものすごく巨大なPA装置を使って、1万ワットの出力でその音を聞かせたんだよ。そうすると、爆弾が落ちる音だけではなくて振動も体に伝わってくる。そんな中、エキストラも含め、出演していた人たちはもちろん、これは映画の撮影なのだと頭では分かっていたけど、現実にものすごく近い状況を味わって、それに対するリアルな反応を見せてくれたんだ。実際、その反応はさまざまだった。ただ私は、一人一人の反応に注目するよりはむしろ、防空壕内全体で“もうこれは耐えられない”といった感情が生み出されていくことの方が大事だと考えて撮影した。このシーンを撮った後はしばらくの間、撮っていた側も撮られていた側も膝がガクガクして、真っ直ぐには歩けないという感じが続いたんだよ。

この映画は、単なる戦争時代のある出来事の記録ではなく、再生や和解を主眼としていたと思いますが、単なる記録としないために腐心されたことは?

 そのために一番キーになるのは、登場人物だと僕は思っている。そこに登場している数々の人物を通して、観客の方々はある種の感情を呼び起こされたり、共感できるわけで、そこから自然とこの出来事を見直すことにもつながるだろう。この映画は単に歴史的な事実を客観的に描いたものではなく、そこには人がいて、そうした人々はさまざまな感情をもっていたんだということを分かっていただけると思った。
 あとは、この映画では聖母教会が象徴的な役割を果たしている。破壊される前、破壊されたとき、最後には破壊された教会が再び再建されて落成式を迎えるという、その流れを描くことが僕にとってはきわめて大切なことだったんだ。

その聖母教会のラスト・シーンですが、ドキュメンタリー・タッチになっていました。なぜ、そうしたのですか?

 聖母教会の再建後の落成式シーンは、僕たちが自ら撮影して取っておいた映像なんだよ。もともと、この映画全体のエピローグとしてそれを使おうと考えていて、エピローグは本体の物語とは違うタッチで語られるべきだと思っていたんだ。全く演出のない、少し距離を置いた表現ということで、ああいう形にした。

ドイツ人としてはもちろん、ドレスデン空襲のことは以前からよくご存知だったと思いますが、この映画を撮ったことによって、新たに分かったことはありましたか?

 他のドイツの町も幾つか爆撃を受けている。ベルリン、ハンブルク、フランクフルト、ケルンなどがそうだ。それらの町における空爆とドレスデンの空爆の何が違ったかというと、ドレスデンの町は中心部に建物が密集していて道も狭く、爆弾によって発生した火災が強い風を巻き起こしたんだ。周囲からどんどん空気を吸い込んで、町の中心部から上に燃え上がるという火災が起きたという。これが他の町とは違っていたんだ。他の町の場合は、かなり幅広く爆撃されたんだが、ドレスデンは町の中心部に集中的に爆弾が投下されたことで特殊な物理現象が起き、その結果温度が非常に高くなって、破壊力を増したのだという。そのことは僕自身も知らなかったし、一般的にもあまり知られていなかったんだ。

爆弾を投下するとき、イギリス軍がそういう話をしているシーンがありましたね。

 イギリス軍はそれ以前にも同様のコンセプトで空襲をやっていたんだけど、空襲を繰り返す中で効率を上げていき、あのように火災風を起こすことに成功したのは、ドレスデンが最初だったと思うよ。

最後の方のシーンで、ロバートが救った子どもが女の子に食べ物を与えて、今度は彼女を救っていました。このシーンに一番のテーマが凝縮されている気がしましたが、監督ご自身はどのような思いをこめられていたのですか?

 あれは僕にとっても本当に大切なシーンだ。あの子どもの世代というのはちょうど僕の親の世代で、子どもたちというのは次世代を象徴しているわけなんだよね。子どもはどんなに困難で苦しい状況にあってもどこか楽観的でいられるもので、これからも生きていくんだという将来に向けた眼差しをもっているものではないかな。僕もあれは感動的なシーンだと思っているし、あの子どもたちは僕の親の世代の象徴なんだ。

日本でも東京大空襲があったり、広島と長崎に原子爆弾が投下されたという歴史がありますが、その日本で公開を控えた今のお気持ちをお聞かせください。

 僕がこの映画で言いたかったのは、物事は簡単に善悪では割り切れるものではないということだった。一方にだけ罪があり、他方には咎はないと言い切れるのか。もちろん、戦争を始めたのはナチス・ドイツであり、ドレスデンがこのような空爆されたというのもドイツ人は報いを受けたと言えるのかもしれない。ドイツもイギリスやフランスの町々を空爆してきたわけだし。でも、単純に良し悪しで割り切って済むのだろうかと、この映画で問いかけたかったんだ。ドイツ人にとっても、イギリス人にとっても同様に、戦争自体がいかに無意味なものなのかということを訴えたかった。戦争というのは、その中で生きている一人ひとりには全く意味がないのはもちろん、あってはならないことだとはっきりさせたかったんだ。それは、日本に状況を置き換えてみても全く同じことが言える。ただ一つ、日本に特殊な要素があるとしたら、それは原子爆弾が投下されたということかもしれない。ただし、もしも当時イギリス軍が原子爆弾を持っていたとしたら、おそらくドイツにも投下されただろう。

 『トンネル』で、激動のドイツ現代史の一端を圧倒的な映像とストーリー展開で描ききった監督。本作でもその手腕を発揮して、必ずしも加害者ではない、第二次大戦当時のドイツに生きる普通の人々が被った悲劇を世界に知らしめる力作となっている。
 監督には『トンネル』で2002年に来日されたときもインタビューをさせていただいた。変わらない監督の柔らかな笑顔、静かな語り口に触れながら、私自身、当時はまだ、ほとんど経験がなかった中でのインタビューだったことを思い出した。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『ドレスデン、運命の日』作品紹介

 自らが乗った戦闘機をドイツに撃墜されたイギリス兵ロバートは、重傷を負いながらも生き延び、若き看護士アンナが勤める病院に身を潜める。アンナには医師のアクレサンダーという婚約者がいたが、ロバートを匿い、看病してやるうちに恋に落ちてしまう。しかし、父公認の恋人であるアレクサンダーにそのことを告げ、敵国の兵士であるロバートを選ぶわけにはいかなかった。やがてアンナとアレクサンダーとの婚約パーティーが催されるなか、イギリス軍の爆撃機がドレスデンに迫ってくる……。

原題:Dresden、2006年、ドイツ、上映時間:150分)

キャスト&スタッフ

監督:ローランド・ズゾ・リヒター
出演:フェリシタス・ヴォール、ジョン・ライト、ベンヤミン・サドラー、ハイナー・ラウターバッハほか

公開表記

配給:アルバトロス・フィルム
2007年4月21日(土)より、シャンテシネほか全国順次ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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