インタビュー

『アボン 小さい家』今泉光司監督、ジョエル・トレ 単独インタビュー

借りた恩はいつかお返しする――それが山岳民族の文化です

 フィリピンの北部山岳地帯、コルディリエラ地方。そこには、豊かな自然の恵みに日々感謝をしながら、伝統と宗教を守り、つつましく暮らすイゴロット(少数山岳民族)の村がある。小栗康平の助監督を経て、現地に移住した今泉光司監督が、7年の歳月をかけて完成させた『アボン 小さい家』。自然と共存しながら生きる人々の姿と家族の絆を描いた本作で、都会の生活に行き詰まり帰ってきた故郷で、自然と共に暮らす生活の美しさを再発見する日系人を演じた、フィリピンの国民的俳優ジョエル・トレが、監督と共にインタビューに応じてくれた。

今泉光司監督

 1959年東京出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。PRビデオ・映画の脚本・演出家を経て映画監督小栗康平の助監督を務める。92年に初めてフィリピンのバギオを訪れ、それ以来、キドラット・タヒミック等のフィリピンの映画人との交流を続けてきた。96年より生活の拠点をバギオに移し本格的に『アボン 小さい家』企画に取り組んだ。

ジョエル・トレ

 フィリピンの映画界を代表する中堅俳優として、これまでに85以上の映画に出演した他、テレビや舞台でも大活躍しており、数々の賞を受賞している。代表出演作は福岡アジア映画祭で上映された『MIRAGROS』、最近岩波ホールで上映された『JOSE RIZAL』、1999年にベルリン映画祭に出品された『HUBAD SA ILALIM NG BUWAN』など。地元の人々の中に入って共に映画のシナリオを作った今泉監督の姿勢に感銘して映画出演を決意。アジアフォーカス・福岡映画祭で来日した時は、今泉監督と朝までビールを飲みながら語り合ったことも。

監督はずっとフィリピンに住まれていたんですね?

今泉光司監督:ええ、フィリピンには何だかんだ関わってから10数年になりますね。この4年間は日本にいますが、先月も向こうにいました。ドキュメンタリーを撮りまして、40時間くらいになったものを編集しているところです。

どういったドキュメンタリーなんですか?

今泉光司監督:山の中に住んでいるイゴロット(山岳民族)の117歳のおじいさんについての映画です。ただ、紙の記録が残っていないので、117歳であるということをなかなか証明できないんです。例えば、1944年に日本軍がやってきたとき、「当時54歳で、牛を取られた」とお話しされていることなどからの判断になってしまうんですね。周りの人たちはみんな、亡くなってしまっていますし、ちょっと困っています。日本のように戸籍はありませんし、フィリピンはカトリックの国ですけど、山岳民族なので教会にも行きませんから、洗礼のときの証明書もありません。
 おじいさんにお話を伺うときは通訳を介しています。この映画の中で祈祷師をやっているときのカンカナイ部族の言葉なので。これがまた深い言葉で、若い人に通訳をお願いしても出来ないんです。そもそも文化というのは言葉の中に入っているものですが、若い人たちが今、部族の言葉をうまく話せなくなってきているのは残念なことです。例えば、この映画の中にも出てきますが「ありがとう」の代わりに言う表現があります。これなんかも、若い人たちはその意味を理解していません。「恩をいただきました」と言うんですが、これも“その恩をいつか返す”という意味が含まれているわけです。「ありがとう」とそのまま言ってしまうと、もう会わないということを暗に意味していて、良くない表現なんですって。
 借りた恩をいつどういう形で返そうかと考えているのが彼らの文化で、人間の文化は本来、全てがそうだったはずなんですよ。世界中にはさまざまな部族がいますが、例えば生け贄を捧げたりしますよね? それは全部、自然に対して恩返しをすることを意味していて、そうした思いが人間の文化の中心にあったと思うんですね。ところが今は、その部分だけが抜けてしまって、地球の物は全て人間の物だと傲慢にも思ってしまっているところが間違いの元なんじゃないかと思いながら、シナリオを書いていました。

ジョエルさん、来日は今回で何回目なんですか?

ジョエル・トレ:3回目になります。いつも映画の仕事絡みでの来日です。1997年にはアジアフォーカス・福岡映画祭に招待され、そのときにコージ(監督)と出会ったんです。2回目は2003年で、国際交流基金に招いていただきました。そして今回です。映画を通して皆さんと交流する機会をいただいています。

日本ではいつも、どんなことを楽しみにされていますか?

ジョエル・トレ:僕は日本文化にとても興味があります。南アジアの文化とは非常に異なっていますからね。日本の典型的な家庭生活について、いつも知りたいと思っていました。他のアジアの国々と比べて、どうしてこれほど文化が進んでいるのか、それを知りたかったんですね。

監督のお宅に宿泊されているそうですね?

ジョエル・トレ:ええ、いろいろなことに興味をそそられていますよ。典型的な日本家庭の朝食とか(笑)。フィリピンではもっと野菜が少ないですね。生活様式についても、目にすること全てが新鮮です。外に出たら、電車のラッシュアワーにビックリし(笑)、学生の制服とか洋服の色とか、何もかもフィリピンとは違います。
 私は日本人の“魂”に近づきたいんですよ。フィリピンはアジアで唯一のキリスト教国です。日本人は今、何を信じているのでしょう。禅は今も日本人の心に息づいているのか、それを知りたいんです。そういう意味でも、コージは僕にとって完璧な案内人です。世界中を旅し、フィリピンに住んでいた経験がありますからね。コージのお宅は浅草にあるんですよ。観光には最高の場所だと思います。
今泉光司監督:おとといは嵐が来る前に上野公園に行きまして、桜が実に美しかったですね。日本にいてもなかなか見られない光景でした。一番良い時期に彼が来日できて良かったと思います。
ジョエル・トレ:本当に。桜が雪のように舞い散っていたんですよ。あの光景を心に焼き付けて帰国するつもりです。すばらしい体験でした。

今泉光司監督:今朝は彼、美術館に行っていたんですよ。
ジョエル・トレ:僕は日本美術にも興味があるんです。ただ今日は、ダ・ヴィンチ展を見る羽目になりました(笑)。ただ、フィリピンでは見られませんからね。残念なのは、インフォメーションが全て日本語だったことです。美術からは常にインスパイアされています。日本映画ももっと観たいですけどね。

今回の映画の舞台となっていたのは、フィリピンの山奥と都会でしたね。ジョエルさんはどんな子供時代を過ごされたのですか?

ジョエル・トレ:僕は田舎の農場で育ちました。カントリー・ボーイです。今はマニラを拠点に仕事をしているので、大都会で暮らしていますが。ただ僕は幸運なことに、映画・演劇界で働いているので、普通のサラリーマンとはちょっと違う境遇にあります。つまり、出勤時のラッシュアワーや交通渋滞とは無縁なんです。朝、人々が向かうのと逆の方向に映画やテレビのセットがありますから。これぞ“カウンター・カルチャー”ですね(笑)。

確かに、あなたの方が幸せかもしれません(笑)。

ジョエル・トレ:だから、この職業を選んだんです。ただ、都会に居なければ出来ない仕事であることも確かですから、行き詰ったときには休みをとって町を離れ、自然の中で過ごす必要があります。その点、コージは6年間、フィリピンの山の中で暮らしていましたから、僕よりも運がいいですよ(笑)。僕もあそこがすっかり好きになったので、またすぐに戻りたいと思っています。

ジョエルさんの身近にも、日系フィリピン人はいらしたのでしょうか?

ジョエル・トレ:僕は5~6歳の頃、祖母の家で暮らすことが多く、その近所に年配の女性で松本さんという方がいらっしゃいました。僕が町で知っている唯一の日系人で、僕の一家の友人でもあったんです。彼女は見るからに日本人の顔をしていましたね。当時は1960年代で、まだ戦争の記憶が残っていました。僕の父も志願兵として戦争に行っていましたし。ですから彼女はとても孤立した生活を送っていましたが、僕の一家だけは親しく接していて、彼女も毎日のようにうちに来ていたので家族の一員のようでしたよ。そんなわけで、当時から日系フィリピン人は僕にとっても近しい存在でした。まだ幼かったので、戦争があったことは知っていましたけど、日本との関係については何も知りませんでしたし。コミュニティーの中では唯一、僕の家族だけが彼女を受け入れていたんです。日系フィリピン人はしばしば、改名して自分の出自を隠さなければなりませんでした。彼女がなぜそこにいたのかは分かりませんね。おそらく、捨てられたのかもしれません。だから、たった一人で暮らしていたんでしょうね。

初めて本作の脚本を読んだときの印象はいかがでしたか?

ジョエル・トレ:まず、“自然に還ろう”というアイデアに心打たれました。97年に福岡でコージと出会ったときに、この映画の構想については伺っていましたが、当時フィリピンでは一般的な社会生活とはちょっと外れた暮らし方が流行していたときでもありました(笑)。もっと自然なライフスタイルに変えるべきだ、食生活を正すべきだと言われ始めていたんです。それには僕も惹かれていました。ただこの映画が語ろうとしていたのは、“自然に還ろう”ということだけではありません。宗教や家族、政治についてさえ何らかの問いかけがあります。“どうして日本人の監督がそこまで深くフィリピンについて描けるのだろう、はたしてそれは可能なことなのか?”と自問せざるを得ませんでした。でも、彼は7年もの間リサーチを行っていて、山岳民族については僕以上に知っていました。僕はそのことに興味をかきたてられたんです。

監督、これは日系フィリピン人に対してだけでなく、フィリピンに対して本当に強い思いがなければ出来なかった映画ではないでしょうか。

今泉光司監督:ええ、特に山岳民族に対してですね。今回は日系の山岳民族についての物語ですが、実は山岳民族全体に向けて発信している映画なんです。もちろん、その中には山岳民族以外の日系人も含まれていますが。今現在、山岳地帯は産業がほとんどなく、電気もあまり通っていない状況なので、みんなが町の生活に憧れて、自分たちの独自の文化、自然と共に生きるような文化がどんどん失われていっているんですね。外国に出稼ぎに行き、その結果、家庭が崩壊します。離婚も多いですし。そうすると、地域社会がめちゃめちゃになり、部族社会も駄目になってしまいます。しかも、行って帰ってきた人たちが結構派手な生活をするようになるので、拝金主義の社会になってしまうんですね。みんながお金を欲しがるから、山を全部畑にしちゃうんです。換金作物を栽培する商業農業が広がっていくわけですね。それが、自然破壊につながります。しかも、ここは台風がいっぱい来る所で、台風が来ると土砂崩れが起き、畑が駄目になってしまいます。悪循環ですよ。
 そういうことに対して、フィリピンの豊かに自然にいま一度目を向けて欲しかったんです。この映画の中でも冒頭の方で子供たちが歌っている歌があります。「バハイクボ」と言って、タガログ語で“小さい家”という意味ですが、これはフィリピンの人なら誰でも知っている唱歌です。「家は小さいけれども、家の周りには食べ物がいっぱい植わっているよ」という歌詞の後には2番の終わりまでずっと野菜と果物の名前が続くんです。これが元来のフィリピン人の生き方ですし哲学なんですよ。この歌を見つけたときには……といっても、フィリピンではあまりにも有名な歌なんですけど、こういう歌があるんだったら、この映画はフィリピン人に受け入れられると思いましたね。そのことを忘れてしまっているフィリピン人に、もう一度自然の豊かさを思い出してもらうために、この映画を構想したんです。

ジョエルさんは、今回の映画でイゴロットに初めて接したわけではないのですか?

今泉光司監督:イゴロットの人々は山の中だけではなく、現在はバギオの町にもたくさん住んでいます。(ジョエルに向かって)君はこの映画以前にも、バギオを舞台にした映画に出演していて、その際に3ヵ月滞在したんだよね? 以前は別荘も持っていたんだっけ?
ジョエル・トレ:妻の家族がバギオに家を持っていました。だから、休暇になるとよく行っていましたね。ただ、バギオから離れて山岳の村に行ったのはほとんど初めてのことで、現地民やシャーマンと一緒に暮らしたんですが、イゴロットの生活様式や文化・宗教は最初はひどく異質に思えました。でも、その日の撮影が終わった後は、文化や信仰について彼らと話をして、すごく興味を引かれましたね。とてもオープンな人たちで、老人たちは今も固有の文化を守って生活しています。ただ悲しいのは、若い人たちがもう、あの美しい棚田地帯には住みたがらないことなんですよね。都会に出て、観光ガイドなどになりたがるんです。このままでは早晩、固有の文化が失われてしまいます。これは世界的な現象でもありますけどね。テレビやPCが文化を均一化してしまっています。日本も独自の文化を守り続けていってほしいと思っていますよ。
 現地では残念な経験もしました。ある日、嵐で棚田がいくつか崩れてしまったため、誰かが修繕しなくてはいけなかったんですが、「年寄りたちがやるから、俺たちはいいよ」と言って、若者たちは誰一人としてやりたがらなかったんです。コルディリエラの棚田はユネスコの世界遺産にも登録されているんですよ。彼らが再び自分たちの文化に目を向けるようにしないと、やがては失われることになるでしょう。固有の文化を大切にしつつ、前に進んでいったらいいと思いますね。

日本は年間3万人以上が自殺する国です。今作に登場する人々は貧しくて、物質的には恵まれていませんが、とても生命力にあふれていて、心は豊かでしたね。

ジョエル・トレ:ええ、僕が思うに、人は心のストレスを少なくすることが大切なのではないでしょうか。どんなに健康でも、人はストレスで心臓発作を起こすことさえあるのです。何よりも人間を殺すのはストレスですよ。その点、この映画に登場する人々は、物質的には豊かでなくても、自然の恵みに感謝しながら毎日を生きているので、生き生きとしているのでしょうね。
今泉光司監督:借金もストレスの元ですね(笑)。
ジョエル・トレ:確かに、それはストレスが大きい(笑)。大きな家や車を買うために借金をして、わざわざストレスを抱える必要はないですね。精神の豊かさを求め、家族や自然を愛すれば、ストレスのない生活が送れると思います。

家族と離れ離れになる出稼ぎ、多額の借金、不法居住など、実はシリアスな問題もたくさん含まれていましたが、あくまでおとぎ話的と言える心温まる前向きな描き方をしたのはなぜですか?

今泉光司監督:今までいろいろな映画がありましたが、破壊的だったり絶望的なものを見せたり、人間のダークな面をえぐるような映画が一時期、流行っていた気がします。でも、そういうものを見せてもあまり効果はないと思うんですよね。それを見て、むしろ真似をする人が出てくるだけで、こうなるから止めようという方向にはならないんじゃないでしょうか。というのは、映画というのは見せてしまうと全てがポジティブに映ってしまうものですから。だとしたら、ポジティブに良いものだけを見せればいいと僕は思うんですよ。
 この映画はシリアスな部分もありますけど、理想主義的なものも結構いっぱい入っています。はっきり言えば、現状はもっとひどいんですよ。ただ、“こういう風に生きたらいいじゃないか”というものを描いているんです。よく“絵に描いた餅”という言い方がありますが、僕は絵に描けたら出来ると思っているんです。映画はリアルなものですから、映画で描けたら大体、現実でも出来ますよ。でも映画でも描けなかったらたぶん、現実的にも無理なんじゃないでしょうか。あの場所はすごく自然が豊かな所なので、自給自足もできるし、実際そういう生活をしている人たちはいっぱいいるんです。僕たちは楽しく生きるべきですね。それは過去に戻るということではなくて、これからの問題として若い人たちが積極的にあそこで楽しく生きていく工夫が必要で、それを映画の中で示せたらなと思いました。たぶん、この次の作品はそこにテーマをもっていきたいと考えています。

この映画をご覧になったフィリピンの観客から、どのような反応がありましたか?

今泉光司監督:マニラではまだ、1回しか上映していないんですよ。コルディリエラでも上映しましたが、もう泣いたり笑ったり大喜びしてくれました。これから日本で上映するのは短いバージョンで、コルディリエラで上映したのは2時間10分のバージョンでしたが、それでも最初から最後まで大盛り上がりでしたね。というのは、彼らはフィリピンの中でマイノリティーの山岳民族で、いつも映画の中では槍を持った未開部族として描かれたり、虐げられ馬鹿にされていたわけです。いつも侮蔑的な姿で描かれていたので、それを見て自己嫌悪に陥ったりもしていました。でも今回は初めて、普通の家族が描かれていたわけです。もう、それだけで彼らはうれしいんですよ。これからのメディアの役割というのはもっと、マイノリティーをすくい上げることにも力を注ぐべきだと僕は思っています。
 というわけで、この映画も今後はマニラでももっと上映できる機会を見つけたいですね。
ジョエル・トレ:特に若い人たちにお見せしたいです、彼らがもっと知るべきたくさんのことが描かれていますから。さまざまなことが学べるので、より多くの人々に何度も観てもらいたい映画です。
ただ、インディペンデント映画なのでフィリピンでも大きな劇場でかけることは難しく、上映できる場所を見つけながら紹介していくという感じですね。学校などはいいと思います。とにかく、僕たちはコージを支えていくつもりです。これはすばらしい映画だと信じていますからね。

やはり、フィリピンでもハリウッド映画が人気なんですか?

ジョエル・トレ:そうです。世界中がそうですね。ただ、海賊版が出回っているせいで、映画館に行く人自体が減っています。
今泉光司監督:特にフィリピンはそうですね。フィリピンの映画館は大きいですが、以前はいつだって大勢のお客でにぎわっていました。でも今は、お客が5人だけ、10人だけというときもざらです。
ジョエル・トレ:ええ、今はDVDやケーブルTVなどがありますし、おまけに海賊版が幅をきかせていますから。昔は映画もとても安く観られました。一番安い娯楽と言われていた時代もあったくらいです。そのときに比べると、今では10~20倍の料金になっているので、もはや家族にとって安いとは到底言えませんね。ただ、ハリウッド大作は映画館へ観に行く人が多いんですよ。でも逆に考えれば、アート映画にとって悪くない時代なのかもしれません。というのは、あまり競合がいませんから、本当に撮りたい映画を思いっきり作ってみたらいいと思うんですよ。何よりお金がかかるのは宣伝です。TVスポットなんて、ものすごく高いですからね。いかに効果的に宣伝するかにかかってきます。

ジョエルさんはテレビ・ドラマにも出演されているんですよね?

ジョエル・トレ:ええ。舞台もやっています。
今泉光司監督:今度、映画を撮る予定もあるんですよ。
ジョエル・トレ:そうなんです。監督と脚本を務めるつもりです。今は俳優としての仕事が忙しい時期ですが、ゆっくり腰を落ち着けて机に向かえる時が来たら脚本を仕上げたいですね。

これから本作をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いします。

ジョエル・トレ:(日本語で)こんにちは、ジョエル・トレです。フィリピンのマニラから来ました。コージと作った映画『アボン 小さい家』、ぜひ観てください。すごく良い映画です。観なきゃダメです(笑)。どうもありがとう。

 フィリピン映画界を代表する国民的俳優のジョエル・トレさん。とてもハンサムな上にとても温かい方で、時々通訳もしてくださった今泉監督と3人、私もブロークンな英語をひねり出しながら、楽しくお話を伺った。監督のお宅に滞在しながら、毎日日本を発見しているとおっしゃっていたが、すばらしい時を過ごして帰国されたことだろう。固有の伝統文化を大切にし、自然のかけがえのなさに再び目を向けてほしいという監督の思いがたっぷり詰まった本作、ぜひ一人でも多くの方に、劇場で観ていただきたい。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『アボン 小さい家』作品紹介

 豊かな生活を求めてルソン島北部のコルディリエラ地方の村から、バギオの町へ出てきた日系フィリピン人三世のハポン。ジープニー(乗り合いジープ)の運転手をして働きながら、高級住宅地に家を買うことを夢見ていた。しかし妻が3人の子供を置いて外国へ出稼ぎに行こうとし、不法斡旋業者の偽造パスポートが見つかり捕まってしまう。出稼ぎ資金で多額の借金を抱えたハポンは、一獲千金の算段をするが上手くいかず、子供たちと共に不法居住者地区の家も追われることに。そして、やむなく日系2世の祖母が待つ故郷の村へ戻るが、子供たちと共に、村であらためて発見したのは、豊かな自然と、伝統的な精霊信仰、そして自然の恵みを享受して楽しそうに暮らす山岳民族の人々だった――。

原題:Abong、2005年、日本・フィリピン・NPO合作、上映時間:111分)

キャスト&スタッフ

監督:今泉光司
出演:ジョエル・トレ、バナウエ・ミクラット、キドラット・タヒミックほか

公開表記

配給:アルゴ・ピクチャーズ
2007年4月21日(土)よりUPLINKにてロードショー

(オフィシャル素材提供)

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