インタビュー

『選挙』インタビュー

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これはきわめて主観的な観察によるドキュメンタリーです

 第57回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式招待され、世界の注目を集めたドキュメンタリー『選挙』。2005年秋、川崎市議会議員の補欠選挙に自民党公認の“落下傘候補”として出馬することになった、東京出身の切手コイン商・山内和彦の選挙活動に密着しながら、選挙戦の裏と表をつぶさに観察した話題作が、ついに日本公開される。本作が初の劇場用長編ドキュメンタリーとなる、ニューヨーク在住の想田和弘監督と、その健気な奮闘ぶりとピュアなキャラクターが人々の心をつかむ本作の主人公・山内和彦が、揃ってインタビューに応えてくれた。

想田和弘監督

 栃木県足利市生まれ。1993年からニューヨークに在住、フィクション映画やドキュメンタリーを制作し現在に至る。97年、学生時代に監督した短編映画『ザ・フリッカー』がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞にノミネートされる。96年には長編『フリージング・サンライト』がサン・パウロ国際映画祭「新進映画作家賞」にノミネート。95年の短編『花と女』はカナダ国際映画祭で特別賞を受賞した。これまでにNHKのドキュメンタリー番組を合計40本以上演出、中でも養子縁組み問題を扱った『母のいない風景』は01年、テリー賞を受賞した。東京大学文学部宗教学科卒。スクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒(ニューヨーク)。ダライ・ラマ法王14世の大ファンで、94年にはインド・ダラムサラで雑誌用のインタビューを行った。
『選挙」は「観察映画シリーズ」第一弾で、劇場用長編ドキュメンタリー第一作目。

山内和彦

 1965年、東京都江戸川区生まれ。通称「山さん」。気象大学校、信州大学を中退し、1996年に東京大学言語文化学科卒業。東京大学社会情報研究所研究生を経て、自営業(切手・コイン販売業)を営んでいたが、自民党の公募で候補者として選ばれ、2005年川崎市議会補欠選挙に立候補する。

お二人は東京大学のご学友ということですが、撮影を始める前の経緯をお聞かせください。山内さんは学生時代、どんな方でしたか?

山内和彦:ネガティブなイメージが多いよね、きっと(笑)。実は僕たち、学校ではほとんど会っていないんですよ。コンパと学園祭のときぐらいで(笑)。

想田和弘監督:というのは彼、全然授業に出てこないんですよ(笑)。

山内和彦:僕、駒場寮にずっとおりまして、毎日これ(……とマージャンを打つ仕草をして)、やっていたんで(笑)。

想田和弘監督:そう、駒場寮ってもうなくなっちゃったんですけど、当時はキャンパスの中にあって左翼の学生に占拠されていたんです。荒れ放題で、窓とかも結構割れていたし、ドアにも鍵がついていなかったんだよね?

山内和彦:だから、僕が授業に行くというよりも、彼が僕の部屋に遊びに来るときに会ったみたいな感じでした。

想田和弘監督:あと、コンパとかね、みんなで旅行に行くみたいなときには必ず顔を出してたね(笑)。

山内和彦:そう、それは皆勤賞(笑)。

想田和弘監督:クラスでホント、見なかったね(笑)。でも山さんって、横のつながりをすごく大事にする人で、誰とでも友達になっちゃうんですよ。僕が東大に入ったときは18歳で……。

山内和彦:僕が24だったな。

想田和弘監督:“一人、おっさんがいるな”と思っていたんだけど、そういうのを全然感じさせず、「山さん、山さん」とみんなに慕われていて、特に男の間で人気があったんですよね(笑)。まあ、そういう経緯で友達になったという感じですね。

山内和彦:後はもう、彼はニューヨークに行っちゃったから、全然会うこともなくて、年賀状を出したり、「ドキュメンタリーがNHKで放映されるよ」と彼がメールで連絡をくれたりとか、その程度でした。

想田和弘監督:山さん、すごく年賀状に凝るんですよ。もともと切手マニアですから、いつもパーフェクトな消印が付いたヤツを送ってきまして(笑)。

山内和彦:来年には皆さんにもお送りしますね(笑)。

【立候補を知る】

想田和弘監督:そういう感じで、ずっと関係は続いていたんですけど、彼が立候補すると知ったのはホントに突然の話で。東大当時、やっぱり彼の部屋でたむろしてた共通の友達が、たまたま川崎に遊びに行ったら、山さんのポスターを目撃して……。

山内和彦:区内全域に1500枚貼ったので、否応なく目に留まるんですよ。不気味ですよね(笑)。

想田和弘監督:で、“なんじゃ、こりゃ!?”と驚いて撮った写真を、ニューヨークにいる僕に彼がメールで送ってきて、「山さん、どうなってんの?」と聞いてきたんです。「俺に聞くなよ!」って感じですが(笑)。それで、“どうなってんだ!?”と僕も思って。写真を見たとき、すっごく面白く感じたんですよ。“なんで、山さんが自民党!?”って(笑)。

山内和彦:どうやら、笑いのツボに入ったらしく(笑)。

想田和弘監督:そう、ツボに入って、それで山さんにメールして「どうなってんの?」と聞いたら、「いや、自民党から出るんだよ」と。

山内和彦:自由人ですからね、当然、自由自民党ってことで(爆笑)。

【撮影開始】

想田和弘監督:それで、僕としてはすぐに撮りたいと思ったから、「撮らせて」と言ったら、「撮って、撮って」と。

山内和彦:ちょうど僕も記録に残したいなという気持ちがあったんで、かと言って、候補者本人があんまり写真撮ったりビデオを回していたら、「遊んでる」と怒られちゃうんで。選挙中も写真は撮っていたんですけどね。

想田和弘監督:彼は記録魔だから、本当は自分で回したいところなんですよ。

山内和彦:そうそう、でも今回は、強力な記録魔がいたからね(笑)。映画にするという話を皆さんにはしてあったし、彼が誠実に接してくれたので、選対(選挙対策本部)の自民党関係者の方々も「いい記録映像になるし、いいよ」とすごく好意的に迎えてくださいました。選挙中は僕もあまり、彼にかまってあげられなかったんだけど、その分勝手にいろいろ撮っていたから良かったなと思って。

想田和弘監督:おかしかったのが、山さん、選挙期間中に何度も僕に謝るんですよ。「ごめんね、いろいろやってあげたいんだけど……」って。

山内和彦:それはやっぱり、映画を撮るからには、いい画を撮らせてあげたいからさ。段取りをいろいろ組んであげたいなとは思ったんだけど、こっちもいっぱいいっぱいでやっていてそんな余裕はなかったから、もう放置プレイ状態でしたね(笑)。

想田和弘監督:でも、僕は放っておかれるほうが都合がいいんですよ。僕の映画は“観察映画”ということで、一定の距離を保って、被写体の自然な姿を記録したいというのが目指すところだから。だから、僕としては「山さん、何でそんなこと気にするの? そのままでいいよ」と言っていました。

山内和彦:でも、ホントに誠実にやっていたから、選対の中にもうまく溶け込み、皆さんとの信頼関係を築いてくれてありがたかったです。強引な撮影もしなかったし、重要な会議などはもちろんカメラを回せないから「止めてくれ」と言ったら、素直に止めてくれたし、とにかく彼の姿勢が僕はよかったと思います。

想田和弘監督:でも、それプラス、自民党の方々はすごくオープンだったんですよ。撮ってて止められることはなくて、撮る前に「ここからは重要な会議なので、撮らないでください」と言われることはあったんですけど、それはどんな被写体でもありますからね。僕は、「撮っていいですよ」というところを自然に撮って、それで何が見えるのかということに興味があるんですけど、そういう意味では、“ここまでオープンなのか”と逆に驚いたくらいです。それに皆さん、カメラの前でもすごく自然でしたね。

山内和彦:逆に、自然な映像しか撮っていないから、そんなのが映画になるのかな、と僕はそっちのほうが気になりましたね(笑)。去年の今頃は、こんなことになろうとは思ってもみませんでした。

想田和弘監督:山さんは僕のことをすごく見くびっていたみたいで(笑)。「撮った映像は映画になるんだ」って僕が言ってるのに、心から信じてなかったようで。

山内:そうそう、それはありましたね(爆笑)。どうせ撮ったって、身内でミニ上映会開いて、「あぁ、面白かったね」で終わりかと……(笑)。

想田和弘監督:そのぐらいに思っていたらしく……(笑)。

【ベルリン国際映画祭、そして日本公開へ】

山内和彦:で、昨年9月、ベルリン国際映画祭に招待されたって言うから、「ベルリンって、あのベルリン!?」て。僕も映画好きで、映画祭のことはよく知っているので、“宮崎駿監督が金熊賞もらった、あれ!?”と思って。もう、絶句しましたね(笑)。で、“外国でやる分にはいいけど、日本で公開されるのは勘弁だな”と思っていたら、公開になっちゃうって……(爆笑)。
 ちょうどその頃、僕は次の選挙には出馬しないというのが決まっていたので、映画のためにいろいろと協力することはできると思いましたね。もしも僕が今年4月の統一地方選挙に出ていれば、それは不可能だったので、タイムリーと言えばタイムリーでした。僕は組織を作ることができない状況で、かなり悩んだんですが、かといって、無所属で戦うことはできない立場だったので、だったら早く出馬しないことを表明したほうがいいなと思ったんです。本当は選挙に出る出ないは本人の勝手なんですけど、組織を上げて当選した候補者というのは、その後も勝手にできないということがあります。それを裏切ってでも出る人は実際にいるんですけど、僕はやっぱり自民党の方々にお世話になったという義理を感じていて、その恩に報いなければいけないなと思いました。そのことが結果的に川崎市にとってもプラスになればと考えましたので、次に僕が出なくても、僕よりいい人が出て川崎で選ばれればいいわけですから、そのことには悔いはありませんでした。また次にチャンスがあれば、どうするか分かりませんけどね。

映画を拝見していて、組織の濃さや、怖さというものも感じさせられましたが、山内さんはもともと自民党支持者ではなかったそうですね?

山内和彦:そうです。選挙で公認になると決まってから大急ぎで党員になり、川崎の住民でもなかったので、東京から引っ越しました(笑)。まさに“落下傘候補”で、本来は市議会議員レベルで落下傘候補というのは、まずあり得ないらしいんですよ。
 僕が公募で決まったと聞いたとき、うちの親は激怒しましたね。「そんなので受かるわけがない」とまず言われて。僕の田舎は四国なんですけど、確かに、四国の田舎あたりで地方議員で出る人というのは、地元の名士とか、あるいはそういう方の地盤を確実にもらえる秘書さんや身内の人間しかあり得ないんですよ。それが突然、公募で受かったからといってよそからやって来て、「それじゃあ、みんなで応援しましょう」なんて態勢にはなり得ませんから、僕のやっていることは父にとって理解に苦しむ行動だったんですね。今回、こうして映画になっていることも理解に苦しんでいると思うんですけど(笑)。

想田和弘監督:僕だって、理解に苦しんだもの(笑)。山さんがどうして出馬したのかは未だに分からないし、でも、それはまあ、人それぞれの理由があるんでしょうから。

山内和彦:出馬の動機で一番大きかったのは、2001年に小泉(純一郎)さんが総裁選に出たときに僕は、“小泉さんが総理にならないようだったら、自民党は終わりだな”と思ったんですね。当時僕は自民党に対しては割と中立な立場にいたんですけど、小泉さんが登場してからは、“この流れでいろいろなことを変えてほしいな”と思ったのと、長年与党としてやってきた政党ですから、“ここで変わらないと日本は変わらない”とも思ったんですね。
 で、そうした小泉さんの政治がある程度成果を上げていた頃で、自民党が川崎市議会の第一党から転落するピンチにあるというときの公募だったので、“これは出る甲斐があるな”と思いまして。こういうタイミングで使命感のある選挙だったから、やり甲斐を感じて出たわけです。
 出てみると、想像していたことと勝手が違うことはいろいろありましたね。素人には難題が山積みでした。申し訳なかったのは、うちの奥さんに事前に相談しなかったことです。「今度、公募で決まったから、選挙に出ることになったよ」と話をしたときに、絶句していました。でも、僕はいつも勝手なことをやっているので、「あなたが決めたのならそれはいいけど、私はあまり手伝えないわよ」と言われました。

でも、結局は手伝わざるを得なかったわけですよね?

山内和彦:映画ではそんなふうに見えたと思いますが、実際は10月の直前に、選挙運動中の9日間だけ有休をとって手伝ってくれたんです。

想田和弘監督:通常だったら、その前からたくさん手伝うわけですよね?

山内和彦:そうです。公募で決まったのが6月なんですけど、6月から地元を回ったり、お祭り会場に行ったりだとか、いろいろな活動があるんです。それには奥さんと回るのが支援者の心証はいいということがあるわけですが、うちの奥さんは平日は仕事がありますから無理でしたね。それに、中途半端に顔を出すと、「あそこの会場には行ったのに、こちらに来ないのはどういうことだ」という話にもなりますので、やらないなら徹底してやらないほうがいいということで、メリハリをつけた手伝い方をしてもらいました。
 実は、僕より彼女のほうがしゃべりがはっきりしていて上手だったので、「旦那はダメだな。奥さんを候補にしたほうがいいな」とかなり怒られちゃいました(笑)。

監督のコンセプトは“観察映画”ということですが、観察というのは客観性が必要だと思います。ただ、ドキュメンタリーというのは主観も入るものですよね? 客観性と主観性の兼ね合いについては、どのように考えていらっしゃいますか?

想田和弘監督:ナレーションや音楽がないから客観的な映画だとすごく誤解されやすいんですけど、、この映画は全然客観的ではないんです。むしろ僕はきわめて主観的な映画だと思っています。
 そもそも僕は、ドキュメンタリーは徹底的に主観でいいと考えているんです。というか、客観的なドキュメンタリーがあり得るのかどうか、僕には分かりません。客観的真実というものがあって、いろいろな裏を取ることによって真実に近づけるという前提のもとにジャーナリズムは成立していますよね。でも、僕はそのコンセプト自体がフィクション、幻想だと思います。100人の人間がいたら100の主観的現実があると考えていて、僕はそれを徹底させて一人称で語りたいと思ったんですよね。
 だから、この映画はあくまでも僕が見て、切り取った選挙運動だと解釈しています。60時間カメラを回し、58時間分捨てて2時間にしたわけですよね。しかも、その中でも再構成して提示しているわけだから、これは主観的なもの以外の何ものでもありません。あと、情報的なものとして、例えば、川崎の人口は何万人で……ですとか、普通だったら「客観的事実」として入れるのでしょうけど、僕はそういうものを一切省いて、行ってみたらこうだった、というものをお見せしているんです。まさに主観的なアプローチですね。

山内さんは“観察される”ということについて、どう思われましたか?

山内和彦:カメラが回されているのを、僕はほとんど意識しなかったんですよ。撮り方が上手だなと思いましたし、あそこにいた方たちも、気配を消しているじゃないですけど、空気のような存在に感じていたと思います。だから、自然体で良い映像を撮ったなと感じたのと、あとは先ほども言いましたように、お膳立てをしてあげられなくて悪かったなと思っていたら、逆に「それで良かった」と言われましたし。だから、“観察映画”と言われたら、なるほど“こういう風に観察されたのか”という感じでした。
 実は、初めて観たときに、“えぇっ!? こんな風になったの?”と結構唖然とはしたんですよ。“このシーンとかあのシーンとか入れないの?”と思って。僕ならこっちを省いてあっちを入れるなというのがいろいろとあったので、はっきり言ってこの作品は僕が表現したいものとは明らかに違います。だから、先ほど監督が言われたみたいに、監督の主観で作られている“観察映画”なんだなと納得しましたし、“観察映画”の意味がよく理解できました。

具体的に、ご自身だったらこのエピソードを入れるのに……というのを挙げていただけますか?

山内和彦:公示の当日朝、ポスターを貼る場所を決めるのに、くじ引きをするんですね。僕はそこにいなかったんですけどそのシーンも撮っていて、それが見たかったんですよ。だって、くじ引きをワイワイやっているところなんか、面白いじゃないですか。それをバッサリと……(笑)。

想田和弘監督:いや、実は最後の最後まで迷ったんですよ。確かに、面白いシーンだったので。あれは山さんじゃなくて、奥さんのさゆりさんが自民党の選挙管理委員会に行ってくじ引きをしたんですけど、くじ引きのやり方というのがまたすっごく複雑で、くじを引く順番を決めるためのくじがあるんですよ(笑)。ものすごく厳密で、それはそれで面白かったんですよね。で、迷ったんですけど、どうしてもテンポが悪くなってしまって……。

山内和彦:これが3時間の映画だったら入ってたね?

想田和弘監督:うん、でも3時間の映画じゃないなと思ったんだよね。120分になったというのは、別にそうしたいと思ったわけじゃなくて、自然にそこに落ち着いたんですけど、この長さが自分が見た感覚に一番近いし、過不足なくとらえているんじゃないかという感じでやったわけです。自分の中でテンポとかリズムがあって、本当は他にも入れたい面白いシーンがいっぱいあったんですけど、最終的な構造を考えるとどうしても入れられませんでした。

山内和彦:僕は見たかったね~(笑)。

想田和弘監督:自分が見たいから入れてほしいってことね(笑)?

山内和彦:そう。逆に、僕が見てビックリしたのは、自分がいないシーンで、一番最後の開票であんなにドキドキハラハラの状態になっているとは知らなかったんですよ。“余裕で勝ってる”くらいに思ってたんで(爆笑)。ダブルスコアくらいで勝てると思っていたら、とんでもなかったんだよね(笑)。

想田和弘監督:楽観的な人ですよね~(笑)。

山内和彦:今思えばね。だから、川崎宮前区の有権者というのは賢明だなと思いました(笑)。これも裏話ですけど、開票の途中で逆転されたときもあったとか。でも、「逆転された」とはさすがにあの場では言えない雰囲気だったと言われました。結果的には僅差で勝てましたけど。僕はそれをインターネットで見ていて、発表は順次あると伺っていたんですけど、開票0%からいきなり100%になったんですよ。だから、インターネットで発表されたときには万歳をやらなくちゃいけなくて、それなのに僕はまだ家にいたわけです(笑)。それが「腹切りものだ」につながったんですね(笑)。僕はそんなに急に発表が出るとは思わなかったら、家でゆったりしていたんです。それどころか、他の方たちの当選を見に行っていたりして、現場で一緒に万歳をしたり(爆笑)。今思えば、能天気でしたよね。

想田和弘監督:山さんがいないときは、僕も撮ってて焦りましたからね。山さんはすぐそばで待機してると聞いていたから、選挙事務所の成り行きと、そこで待っている山さんの様子の両方撮ろうと思っていたんですよ。定期的に事務所を抜けては山さんを探したんですけど、いないんだよね(笑)!

山内和彦:家だったんですよ……(笑)。ホント、「腹切りもの」ですよね。やっぱり、「腹切りものだ」と言われるシーンが外国でも一番受けるところで、日本人が見てもおそらく受けるんでしょうけど、あれ以外にも僕は「腹切りもの」なことがいっぱいあって、この間も外国の映画祭で「なぜ遅れてきたのですか?」と質問があったとき、「これこれの理由で遅れたんですけど、他にも“腹切りもの”なことがたくさんあって、お腹がいくつあっても足りませんでした」と言ったら、受けてましたね(笑)。

監督、実際に選挙活動を追ってみて、今の選挙制度に対して思うことはありましたか?

想田和弘監督:僕も選挙を間近に見るのは初めてだったんですよ。だから、全部が新鮮だったんですけど、大変驚いたのは公職選挙法がものすごく厳しいことですね。縛りがたくさんあるんですよ。

山内和彦:あれは毎年改正されてるんだよ。

想田和弘監督:公職選挙法を熟知した人が選挙事務所にいなかったら、すぐに違反しちゃうだろうなと思いました。例えば、選挙事務所に来ている人たちに対して、お茶を出すのはOKなんですけど、コーヒーじゃダメとか。

山内和彦:お茶も、ペットボトルのお茶は買っているからダメで、茶葉で入れる分にはいいんです。ペットボトルで出してそのまま持って帰ったりすると、今はおそらく収賄で捕まってしまいます。

想田和弘監督:要するにそれくらい、候補者や後援会の一挙手一投足を縛るような、ものすごい細かい記載がいっぱいあるんですよ。だから、知らない間に選挙違反しているということはいくらでもあると思いますね。“こんな、がんじがらめの中でやるのか”と本当に驚きました。だから逆に、選挙違反にならないような形で選挙運動をやるということで、選挙運動のある種のパターンというのは決まってしまうんだな、ということはすごく感じましたね。

山内さんは選挙活動を通じてどんなことを感じましたか?

山内和彦:僕は、自民党の選挙に出たことで、組織で出るというときに選挙運動においてはどんなことをやらなくてはいけないかが分かりました。当選するためには何が必要で何が不要かということがすごく分かったんです。例えば、個人演説会というのは毎回、関係者しか来ないから、票を増やすためのプラスにはならないんですよ。選挙カーで選挙区内をくまなく回るというのも、支持者のお宅があちこちにあるから、お宅の近くを一度は通る必要があるわけです。そのときに玄関から出て手を振ったりということを、皆さんやりたいので、ファン・サービスのようなものですけど、それをやらないと無礼と思われてしまうんですね。「あっちには二度も行っているのに、こっちには一度も来ていない」って苦情が来ちゃうんです。でもこれも、無所属で出られる方はやる必要がないんですよ。自転車で普通に回るというスタイルでやられている方たちも多いですけど、それで実際に当選しているんです。
 組織を上げてやるのと、無所属で手弁当でやるのは両極端ですけど、どっちでも受かる可能性はあるんですよ。ただし、中途半端なのはダメで、例えば組織を中途半端に動員すると、ベテランの先生方でも落ちたりしますし、中途半端な無党派というのもダメです。ですから、自分で出てみて、選挙というのはどういうものなのか、何が必要で何が不要で、自分がどういうスタンスで出るかによって戦い方がおのずと決まってくるということがよく分かりました。
僕の場合は自民党の看板で出た以上は、そのスタイルを貫かないと、組織が応援してくれなくなるということがありまして、逆に無所属で出られた方というのは、無党派に働きかけることを一生懸命やらなくてはいけなくて、組織がないわけだから無駄を完全に省いて、直接市民にアピールするという方法をとるべきなんです。両極端ですけど、どっちもありなんですよ。
 ただ、自分が出て思ったんですけど、今の公職選挙法の下では、政党に所属せずに選挙に出ることは非常に不利ですね。それと、現職が圧倒的に有利なので、新人で何もない状態で選挙に出るというのは非常に無謀なことだなと思いました。誰もが簡単に出られて、誰もが当選する可能性があるという選挙にはまだなっていませんね。いずれはそうなるべきだと、僕は思います。だから、本当に今の市政・国政を変えたいという志のある方で、その人の主義主張に感動して、皆さんが投票行動に移せるようなことになるのが、本当に民意を反映した代表選びだなとは強く感じました。でも、僕の選挙活動を見てもお分かりになるように、それにはまだ程遠い世界で、これが20年、30年経ったときに「昔の選挙はすごいことをやってたんだね」と語り草になるようだったら本当にいいなと思います。

想田和弘監督:でも問題なのは、公職選挙法自体を誰が決めるのかというと、そのときの与党なんですよ。つまり、議会の多数派です。要するに、ゲームの規則自体を多数派が作るわけだから、それでは限界がありますよね。

山内和彦:そうです。結局、多数派というのは自民党にしろ民主党にしろ、組織を挙げて議員を出すというやり方で選挙を戦っているので、公職選挙法は組織を使って政党が有利な仕組みに今はなっているんですけど、これは根本的に変えないといけないと思います。
 僕は今回、いろいろな国の映画祭に行かせていただきましたが、やっぱり国によって全然選挙制度は違っていて、ヨーロッパのほうが僕の個人的な感想としては合理的な選挙制度になっているなと思いましたね。アメリカでも結局、二世、三世のように、名士の家の富裕層しか出られない状況になっていますから、いくら自由だ、民主主義だと言っても、日本と同様に遅れた選挙制度になりつつあるんだなということを痛感しました。
何がベストなのかということは、皆さんと議論していく必要があるところだと思います。ですから、この映画が一つの問題提起になれば、これが作品になったことに価値を見出しますね。

選挙制度で、世界で共通するものはありましたか?

山内和彦:世界で共通するのはやっぱり、政策を訴えかけてその政策で判断するのが理想だと、皆さん思っていることです。日本でも今ようやくマニフェスト選挙が行われるようになり、マニフェストを読んで候補者を選ぼうという風潮になりつつあるわけですけど、現状では、マニフェストを知る前にまず、名前を知らなくてはいけないというハンディがありますね。今、選挙でインターネットを使うことは一切禁止なんですけど、お金をかけてはいけないという縛りを前提にして、インターネットについてはお金がある人もない人も平等な立場で情報が発信できるという選挙制度を模索してほしいなとは思いました。

想田和弘監督:インターネットに関しては、各地ですごく質問が来ましたね。「どうして選挙運動をインターネットでやらないんだ」と。それは確かに、すごい疑問なんですよね。だって、インターネットは一番お金がかからない方法ですから。

山内和彦:でも、今の制度だとさっき言ったように、多数党が有利になるためには、インターネットはよろしくないものなんですよ。インターネットは無所属無党派の人でも気軽に使えるわけだから、そういう人たちが有利になるような選挙は取り締まってほしいというのがあるんでしょう。

想田和弘監督:だから、なかなか変わらないんだよね。

今年4月の統一地方選挙はどのようなお気持ちでご覧になりましたか? 撮影する前と後ではやはり、感じ方も違ったのではないでしょうか。

想田和弘監督:そうですね。今回帰国して、選挙カーが連呼しているのを見ると「クスッ」と笑っちゃうみたいな(笑)。それまではなんとも思わなかったですけど、今回はなんか「やっとんな~」という感じですよね。それこそ、見方が全く変わったというか、海外の映画祭でもよく指摘されたことですけど、選挙カーで名前を連呼しているのを聞いて、“名前を聞いたから投票する人っているのかな”と改めて思いました。

山内和彦:同感ですね。僕なんか逆に、うるさくやっている人には入れないですよ。
想田和弘監督:……その割にはいっぱいやってたよね(笑)?

山内和彦:だって、「やれ」と言われたから……(笑)。僕なんか、今回の映画のプレスにも“自由気ままな自由人”みたいなことを書かれていて、選挙なんか行ったことがないヤツだと思われていたらしいんですけど、そうじゃなくて、僕は有権者になってからはよほどの理由がない限り、必ず選挙には行っているんですよ。そのときの選び方も政党ではなくて、できるだけ出ている人の情報を集めて、人柄で選ぶようにしていました。昔はその情報も少なかったですね。今はインターネットで、候補者のこれまでの活動を調べたりして、より活躍をしている人を選ぶようにはしています。ただ自分が選挙に出てみて、投票する方たちはそこまではやらないんだろうなとは思いましたね。自民党が好きな人は自民党、長く議員をやっている人は次もお願いしようとか、そういう安易な決め方というのは実際にあると思います。
 今回の統一地方選挙でだいぶ変わってきたのは、これまで組織に頼っていた人たちが、今回あまり組織が動員されなかったせいで、ベテランがあちこちで落ちているんですよ。代わりに、一つの公約のみで無所属で受かった人たちがいて、昔だとあり得なかったんですけど、今そういう“一点公約”で人気取りのような無党派向けの活動をすることで実際に受かるようになってきています。人気投票に近いもので、それはそれで僕はポピュリズム(大衆迎合主義)になっている気がして心配なんですよ。次の参議院選挙なんかも、人気のある人を出そうと、自民党と民主党で有名人の引っ張り合いをしているわけなんですね。出る人にとっては、どっちからでも受かるようにお膳立てしてくれれば出られるわけですから、それはそれで非常に問題だなと、僕は思っています。だから、ルックスがいい人、爽やかなイメージがある人、あるいはスポーツなど何かで有名になっている人なんかは引っ張りやすいわけです。もちろんその人たちが悪いのではありませんけど、それを政党の政策と無関係に引っ張ってくるというのは問題ですね。あくまでも、その人の活動が政党の主義主張に合っているかで選ぶべきですよ。だから今はまた、ちょっとおかしな方向に進んでいるなと、今回の統一地方選挙では思いましたね。

無所属の方たちについて言いますと、勝ったはいいですけど、実際に活動するときにはどこまでできるかという問題もあるでしょうね。

山内和彦:そうなんです。で、今回問題になったのは、川崎では無所属の方が受かって、「政務調査費の使用実態を明らかにします」という一点公約で受かったんですけど、その後、その方は自民党に入っちゃったんですよ。今、ものすごいバッシング状態です。自民党は今回、川崎で負けてしまって、17対18で民主党より1議席少なく、第二党になってしまったんです。これは初めてのことらしいんですけど。

想田和弘監督:でも、その人が自民党に入っちゃったから、また拮抗状態になったわけ?

山内和彦:そう。その人に投票した方たちは無所属で出たということで、政党に対する批判票が集まったのに、その人はそのことを全然考えていなくて、「バッシングされることが理解に苦しむ」とブログに書いているんです。政務調査費に関する公約が大きな賛同を得て、すごい票を集めたわけなのに。
 つまり、そういう聞こえの良いことを言う人が通るような時代になってきています。無所属の人、あるいは民主党なんかもそうですけど、パフォーマンスで受かるという状態になってきているので、これはこれで民主主義にとって危険だと思っています。政策本位で、候補者全員が政策を戦わせ、それが多くの人に公開されて、判断材料にしてから投票するという選挙制度に改まってくれたらいいですね。

ただ、この映画を観ても、本当に組織を超えるというのは並々ならぬことだなと感じさせられましたが。

山内和彦:でも、組織の部分と自分の主張したい部分のバランスがもうちょっと良くなってくれれば変わってくると思うんですね。組織で決めていることに対する賛成反対はありますし、僕も自民党の公約を全部賛成しているわけではないんですけど、組織に頼る以上はやはり、政党を決めたからには最終的には不満があっても、議論の途中で不満を出すべきで、最終的には賛成しなくてはいけないんですよ。僕もその無所属の人みたいに政務調査費の件に関しては疑問に感じているんですけど、それを一人だけ勝手なことをやるというわけにはいかないんです。
 議員と自治体の首長の違いは、首長は自分が思ったことを実践したらいいんです。それこそ、東国原宮崎県知事のように、自分が不要だと思ったら止めればいいわけですし、やりたいと思ったら反対があっても知事の考えでできちゃうんですけど、議員はそういうわけにはいきません。所属政党の中で調整というのが絶対必要なんです。
 でも、僕の選挙なんかもそうですけど、組織にあれだけ手伝っていただくと恩を受けることになるんですね。それに上手に報いながら、自分のやりたいこともやるというバランス感覚が必要です。そういう点で、他の同僚の先生方は上手にやられているなと思いましたね。

こういう映画を撮ると、いろいろな矛盾がどんどん出てきて、まだまだ語り足りないと思うこともあるのでは? 『選挙2』を作りたくなったのではないでしょうか。

想田和弘監督:そうですね。それは大いにあり得ると思いますよ。

山内和彦:だから将来的に、例えば、ポピュリズム選挙になってくると、それを批判する『選挙2』を作ることも可能だと思いますね。

想田和弘監督:……いつの間にか、プロデューサーのようになっているね(笑)。

山内和彦:でも、思ったんだよね。今回は組織の選挙とはどういうものかということが、監督の鋭い視線で切り込まれていきましたけど(笑)、今度は組織じゃなくて、パフォーマンスで人気取りをしようとする表裏のある候補者の選挙というのはどういうものかを追求してみたら、それも面白いなと思っているんです。

監督はいかがですか?

想田和弘監督:それ、面白いね。でも、よく誤解されがちなのは、ドキュメンタリーというのはある種の結論を教えてくれるもので、何かメッセージがあると思われるんですけど、僕はそれは必要ないと考えているんですね。『選挙』には政治的なメッセージもないし、解釈はすごくオープンにしておきたいし、しかも結論はないんですよ。大体、僕も分からないですからね。どうしたらいいのか、あるいは、これをどう見るんだということは、僕自身分からないんですよ。分からないから、みんなで考えましょうよ、ということなんですね。だから、この映画で大事なのは結論ではなく、疑問なんです。ここからどんどん議論していきましょう、ということなんです。映画1本で何かが分かる、結論が出るなんてことはあり得ないです。おこがましいと思っています。だから、これを議論のきっかけにしていろいろなことを考えてほしいし、引っ掛かりが生まれてくれれば、それでもう十分だなと思っているんですよ。

これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。

想田和弘監督:『選挙』の監督の想田和弘と申します。とにかく、観て感じて体感してください。選挙に放り込まれたらどんな風になるんだろうかということを体感していただきたい映画です。

山内和彦:ドキュメンタリー映画『選挙』の主人公にされてしまいました山内和彦です。この映画はとにかく、選挙活動そのまんまですので、皆さんもそのまま観て楽しんでいただけたらと思います。私なんかよりも他の先生方はもっと大変なことをされていると思いますので、政治家を見かけたら、実は大変なことをされているんだな、世の中を良くするために頑張っていらっしゃるんだなと、心の片隅で感じていただければうれしいです。よろしくお願いいたします!

 実は当初の予定では、想田和弘監督単独のインタビューのはずでした。でも、現地に行ってみると、あの“山さん”が! 生“山さん”……感動ものでした。映画を観た後では、ベルリン国際映画祭でもアイドルになったのがよく理解できます。せっかくいらしているのだから、ぜひご一緒に……とお願いしたところ、快く受けてくださり、今回のインタビューとなりました。とにかく、お二人の仲の良さが伝わってくる掛け合いが楽しく面白く、爆笑に継ぐ爆笑で、こんなに笑ったインタビューもめったにありません。
 真っ直ぐで純粋で、一生懸命だけどどこか飄々とした山内さん。その姿を追うことで、選挙運動と日本型民主主義の実態を浮き彫りにしてみせた監督の好奇心に満ちた眼差し。この両者が本作を通して私たちに何を見せてくれているのか、ぜひ考えていただきたいです。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『選挙』作品紹介

 2005年秋。東京で気ままに切手コイン商を営む「山さん」こと山内和彦(40歳)は、ひょんなことから自民党に白羽の矢を立てられ、市議会議員の補欠選挙に出馬することになった。政治家の秘書経験もない山さんは、政治の素人。しかも選挙区は、ほとんど縁もゆかりもない川崎市宮前区だ。地盤どころか後援会すらないまま、激しい選挙戦に突入することになる。
 しかし、自民党としても負ければ市議会与党の座を奪われてしまう大事な選挙。何としても勝たなければならない。地元選出の自民党議員や秘書たちによる激烈な戦闘態勢が組まれ、世にも過酷なドブ板戦が始まった。

©2006 Laboratory X, Inc.

(2007年、日本・アメリカ、上映時間:120分)

キャスト&スタッフ

監督:想田和弘
出演:山内和彦、山内さゆり ほか

オフィシャル・サイト

http://www.laboratoryx.us/campaignjp/(外部サイト)

公開表記

配給:アステア
2007年6月9日より、シアター・イメージフォーラム(東京)ほか日本全国ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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