『蛇イチゴ』(03)、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)で国内外の映画賞を総なめにし、いま最も注目される映画監督・西川美和。彼女の新境地となる『夢売るふたり』の完成披露試写会が実施され、主演の松たか子、阿部サダヲ、西川美和監督が登壇した。
当日は約600名のファンが本作のお披露目に駆けつけ、開場は満席! 中には午前中から並んだ方もいるなど、大盛況となった。
上映前の舞台挨拶では、撮影時のエピソードも語られ、松の蕎麦好きが明らかに。撮影中は何人ものスタッフが「松さんと蕎麦に行った」と自慢していたという。また、舞台上の紐を引くと、松、阿部、監督がそれぞれ「男とは」「女とは」「愛とは」について考えた内容が登場する垂れ幕トークも実施し、松の「思いつかなくて……夫が考えてくれたものはちょっと波紋を呼びそうで白旗を上げてしまいました」という正直回答に、阿部さんが思わず「僕もそう書きたかったけど勇気が無かった。いいなぁ……」とため息を漏らす場面もあり、場内は終始ほのぼのとした笑いで包まれていた。
松さん、阿部さんをキャスティングしたきっかけは?
西川美和監督:映画賞か何かに(作品が)かかった時に初めてご挨拶させていただいたのですが。そこでは女優さんたちがキラキラしている中で、松さんはひっそりと座っていらっしゃって。その時、こういう言い方するのは失礼かもしれないんですが、“あ、この人普通だなぁ”と思って。完全なサラブレッドなのに、普通、って、女優さんでは珍しいなと思いました。今回は“普通の人”、市井の人を描きたくて、松さんがそういう役を演じられるのかなと。あとは、内容がグロテスクな話なので、これを演じてもらう女優さんには、“品”というものが絶対必要だな、そうでないとグチャグチャになっちゃうな、と思っていましたので。今回は松さんにお願いしました。
阿部さんは、ずっと一緒にお仕事をさせていただきたいな、何かきっかけさえあれば……と思って狙ってたんです(笑)。お二人の組み合わせを、私も見たことないですし、どういう雰囲気になるのかイメージがつかない部分もありましたので。そこが化学反応を起こしてくれるとおもしろいなと思いました。お二人とも好きな役者さんだったので、このたびキャスティングしたという次第です。
初共演の感想は?
松たか子:とても楽しかったです。お芝居をしていることを“楽しい”と思えるのは幸せだな、と思えましたので、好きな俳優さん(が共演)でよかったなと。自分の目が確かだったな(笑)、狂いはなかったと思いました。
阿部サダヲ:共演する前の松さんのイメージは、ほんと完璧な人、欠点の無い人、という女優さんで。監督が「OK!」って言ったら「うん、分かってる」「そうでしょ」みたいな(笑)。そういう人かなと思っていたのですが、お会いしたら全然そんなことはなくて。監督からOKがかかっても「今ので良いでしょうか」と。普通……というか、さっきも入場時に転びかけてたり。普通より……下でもいいぐらい(笑)? でも芝居は本当に素晴らしい女優さんです。
『ゆれる』『ディア・ドクター』は男性目線の映画でしたが、今回女性目線で描きたかったことは?
西川美和監督:女性のみっともないところ。誰も見たことのないというか、厳密にはそんなことないんだろうけど、なかなかスポットを当てられない、女の、同性からもスポットライトを当ててもらえないような、都会の片隅で一人、自分の生きる道を模索している女性というのを描いてみたいなと思いました。
女の人の生活ってどんどん多様になっていて、それだけに悩みも複雑です。30代とかになってくると、色んな複雑な思いを抱き、あがきながら、歩んで行くしかない、っていう。そういう、大人の女性の“生きづらさ”を描いてみようかなというのが今回ありました。
撮影中、印象に残っているエピソードをお聞かせください。
松たか子:最初のシーンの撮影が夜のパートだったので、撮影は夜になってから明るくなるまでの勝負だったんです。普通の人が寝静まった頃に働き出して、普通の人が働き出す頃に終わる、みたいな。こう、昼夜逆転みたいな生活をしてみて、夜のお仕事の人たちの生活が少し分かった気がしました。
たくさんの女優さんとの絡みがありましたが。
阿部サダヲ:絡み……(笑)。それぞれの個性がおもしろかったですね。皆さんそれぞれ、(劇中では)職業がバラバラで、松さん(里子)が見つけてきた人もいれば、僕(貫也)が見つけてきた人もいるんですけれど、その人たちの役への入り方が素晴らしいと思いました。上映前なのでどこまで言っていいかわからなかったので、また今度……(笑)。
西川美和監督:阿部さんはどの女の人と一緒にいても楽しそうでした。松さんは……なんだろう、この人(笑)。
阿部サダヲ:たぶん、間違いなく言えるのは“お蕎麦が好き”なことですね。
西川美和監督:何人ものスタッフが「松さんと蕎麦に行った」と自慢していましたね。しかも蕎麦、食べるの早いんですよ。
阿部サダヲ:蕎麦食べる以外も、現場入りも、着替えも、何でも早かった。歌舞伎の早着替えかっていうくらい(笑)。
松たか子:好きです、ええ。浅草など下町がロケ地だったので、蕎麦屋を見つけては一人で入ったりしていました。
<垂れ幕トーク>
男とは。と聞かれても答えに困るものである
松たか子:本当に思いつかなくて……。あまりにも困っていたら夫が考えてくれたんですが、その内容が「(男とは)歌舞伎の家の娘に聞くな」っていうもので、ちょっと波紋を呼びそうだったので(笑)。本当にわからなくて、白旗を上げてしまいました! すみません!
女とは。うちのネコみたいである
阿部サダヲ:僕も松さんみたいに書きたかった。その勇気がなかった。いいなぁ……。そのとおりだと思う。だから、こんな答えになってしまったんですが(笑)。分かんない、ってことです。飼ってるんだか飼っていないんだか、なついているんだかいないんだかもわからない。なついていると思ったら、急にいなくなるし、なんだかよくわからないけど怒ってるっぽいときもあるし……。女の人っぽいなと思って。まぁ、うちのネコ、オスなんだけど(笑)。
愛とは。と、語るやつほど、我愛(いと)しなり。
西川美和監督:まぁ、そんなもんです。むつかしいというか、いろいろな愛の形のひとつです、この二人が演じたのは。こういうつながり方でも、夫婦ってあるんだな、と。
これから観る皆様へひと言お願いいたします。
西川美和監督:お二人いつもゆったりと、全然緊張していないような雰囲気で現場にもいらしていたんですけれども。お芝居は……完璧でしたね。もう何も言うことがないぐらい、二人とも素晴らしいお芝居をしてくださって。それ(芝居)に対しての心構えも、しっかり準備されてきたなぁと感じました。全力で役に対して向き合ってくれて、非常に血の通った作品になったと思いました。是非楽しんでいってください。
阿部サダヲ:自分がこれまで役者をやってきて、今までやったことがない役、やったことがない表情を引き出していただいたと思います。初めてなんです、こういう役。観終わった後に話したいんですが、観た後にいろいろな意見があっていいというか、一人ひとり全員違うんじゃないかっていうぐらいで。本当におもしろいですよね。今日、一緒に観に来た人と、三夜ぐらい話し合っていただけるんじゃないかっていうぐらい(笑)、不思議な映画だと思います。また2、3回観て意見が変わってもいいなとも思います。
松たか子:いろいろな見方ができる作品だと思います。自分以外の人の意見に寛容な気持ちで物語を楽しんでいってください。
公開表記
配給:アスミック・エース
2012年9月8日(土) 全国ロードショー
(オフィシャル素材提供)