今回の最大のテーマは女性をどう描くかということでした
『蛇イチゴ』(03)、『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)で国内外の映画賞を総なめにし、いま最も注目されている映画監督・西川美和。彼女の新境地となる待望の最新作『夢売るふたり』が9月8日(土)から全国公開される。オフィシャル・インタビューでは監督自ら本作への想いを語った。
ストーリー
東京の片隅で小料理屋を営んでいた夫婦、貫也と里子は、火事ですべてを失ってしまう。“自分たちの店を持つ”という夢を諦めきれないふたりには、金が必要。再出発のため、彼らが選んだ手段は結婚詐欺!
里子が女たちの心の隙間を見つけて計画し、貫也が言葉巧みに女の懐に入り込んで騙していく。結婚したい独身OL、男運の悪い風俗嬢、不倫で大金を手にした女、孤独なウエイトリフティング選手、幼い息子を抱えたシングルマザー。
最初は思惑通りに進んでいた計画だが、やがて嘘の繰り返しは、騙した女たちとの間に、そして夫婦の間に、さざ波を立て始める……。
(2012年、日本、上映時間:137分、R-15)
西川美和監督
1974年、広島県出身。
大学在学中に是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』(99)にスタッフとして参加。その後、多くの監督のもとで助監督などを経験。
02年、『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビューを果たし、第58回毎日映画コンクール脚本賞ほか数々の国内映画賞の新人賞を獲得。03年、NHKハイビジョンスペシャルでドキュメンタリーと架空のドラマを交差させた異色のテレビ作品「いま裸にしたい男たち/宮迫が笑われなくなった日」を発表し、ATP賞・ドキュメンタリー部門優秀賞を受賞する。05年には、オムニバス映画『female』にて「女神のかかと」を発表。
06年、長編第2作となる『ゆれる』がロングランヒットを記録。第61回毎日映画コンクール日本映画大賞、第49回ブルーリボン賞監督賞ほか、国内の主要映画賞を受賞。日本公開に先立って正式出品された第59回カンヌ国際映画祭では、日本から唯一の出品となり高い評価を得た。また、監督自身が小説化を手がけた同名小説(ポプラ社刊)は、三島由紀夫賞の最終候補作となった。
07年、夏目漱石の異色の短編集「夢十夜」を映画化したオムニバス映画『ユメ十夜』では第九夜を担当。
09年、長編第3作目となる『ディア・ドクター』では、第33回モントリオール世界映画祭コンペティション部門正式出品、第83回キネマ旬報ベスト・テン作品賞(日本映画第1位)、第33回日本アカデミー賞最優秀脚本賞など数多くの賞を受賞。国内外で絶賛され、名実ともに日本映画界を代表する監督の一人に。また、同作のアナザー・ストーリーとして出版された著書「きのうの神様」(ポプラ社刊)は、第141回直木賞候補に選ばれ、文学界からも注目を浴びる。
本作『夢売るふたり』は、3年ぶり4作目の長編映画となる。
「結婚詐欺を働く夫婦の物語」を描こうと思った経緯から教えてください。
いろいろな要素が絡み合っていると思います。まず、『ディア・ドクター』(09)の4、5年前に「夫婦で結婚詐欺を働く話ってどうかな?」と思ったのが最初です。周囲の女性たちも30代になり、そろそろ結婚する年齢に差しかかって、みんな本来の恋愛の育み方と違う負荷を感じている気がしたんです。出会ったらすぐかたちにしなきゃいけないってあせりを覚えていて。もともと恋愛って、人が冷静な状態ではなくなることですよね。それは素敵なことであると同時に、危うさもはらんでいる。浮ついて、カーッとのぼせて、そこに付け込もうとする人も出てきます。それがおもしろいと思ったんです。
一方で、以前から夫婦って不思議だなと思っていたんですね。だって、生まれも育ちも性別も違うふたりが、ずっと一緒に暮らしていくわけですから。そこには恋愛感情だけでない、ふたりだけが共有する価値観やつながり方があるはずです。でも、夫婦って、一度関係性が完成した後のかたちだから、恋愛などとちがって物語を前へ推し進めていく仕掛けに乏しい。その時、ふたりで共謀する詐欺行為が物語の起爆剤になると思ったんです。表向きには決してほめられたことではない企てをするふたりですが、それを通じてお互いのつながりを確認していったり、逆にそういうものに頼らなければつながっていけなかったり、そういう夫婦像が描けるかと思って今回の設定を考えました。
と同時に、本作を観ると「女性たちの物語」が濃密に描かれていることがわかります。
今回の最大のテーマは女性をどう描くかということでした。『ディア・ドクター』を撮り終えた後、次に描きたいと思ったのは女性なんです。これまで男性が主人公の映画ばかり作ってきて、まだやったことのないものに挑みたいなと。そこで、前に考えていた結婚詐欺を働く夫婦の話なら、女性を軸にして作れることに気づいたんです。詐欺を働く妻と、だまされる女性たちの物語として。詐欺という要素は、これまでの映画の延長線上にあるものとして見られるかもしれませんが、それは私にとってあまり重要なテーマではありませんでした。描きたかったのは、女性たちの生き方です。
「恋愛」という要素は、その中でどのように描こうと思いましたか?
恋愛のなれの果てとでも言うような夫婦の愛のかたちが上手く描ければいいなと思いましたが、そこに至る恋愛中の男女を描くのがすごく苦手なんです。でも、結婚詐欺の話だからどうしてもそのプロセスを書かざるを得ない。非常に苦労しました。
結婚詐欺に関するリサーチはどの程度おこないましたか?
被害者の方に会ったり、探偵業の方に話を聞いて結婚詐欺に関するビデオを見せてもらったりしました。でも、今回は結婚詐欺のリアリティーを追求することがテーマではなかったので、見て知っておくべきものという程度にとどまったかもしれません。もちろん、そこからいくつかのアイディアは取り入れていますが、この映画のような話は現実にはないと思います。そういう意味では、ちょっとファンタジー的なところもあるでしょうね。
風俗嬢やウエイトリフティングの選手など、さまざまな職種の女性が被害者として登場しますが、その点のリサーチは?
しっかりやりました。女性が見る映画のなかで、あまり取り上げられてこなかった女性たちを描いてみたかったんです。リサーチはキャラクターにずいぶん反映されていると思います。たとえば、セックスワーカーの女性って、同性なのにとても遠い存在なんです。だから、そうでない人たちと何が違うのか知りたかったし、ウエイトリフティングに関しても、なぜそこまでして打ちこまざるを得ないのか興味があって。特殊な人生観があるのかと思ったら、意外と私たちと地続きで驚くこともありました。
本作にはさまざまなタイプの女性を描くという広がりと、一方で女性の心理を掘り下げる深さもあります。それは松たか子さん扮する妻の里子に顕著だと思いました。
掘り下げることができていればいいんですが。脚本段階から、多くの人に里子のことがわからないと言われました。でも、じゃあ、私たちは自分の母や、姉妹や、女友達のことで本当はどこまでわかっているのか? 人間なんて何を考えて生きているかわからない生きものだし、わからないからおもしろい。なかでも特に、妻という生きものにはわからない部分が多い気がするんです。そもそも、人はいろいろな行動に端的な理由づけをおこなおうとするけど、自分自身の行動原理を理解している人間なんてほとんどいないはずです。その不可思議さを描きたいと思っていました。里子だってきっと、自分自身のとっている行動の不可思議さに、ひとり孤独におののいている。とはいえ、お客さんに見てもらうものなので、それをどう描くかはすごく悩んだところです。結局、松さんの芝居にずいぶん助けられたと思います。
松たか子さんを里子役にキャスティングした理由は何ですか?
『告白』(10/監督:中島哲也)を見た時、松さんは悪役が似合うなと思ったんです。一方で、夫婦のモラルも含めてまったく感情移入できないような汚い話をやってもらうには、松さんの絶対的な品が必要だなと。同時に、普通の人たちにも馴染む松さんのたたずまいは、庶民の夫婦を演じてもらう上でとても重要でした。
もう一方の主役、貫也を演じた阿部サダヲさんは?
不特定多数の女性をたぶらかす男性なので、誰もが振り向く美男子という選び方もあると思いましたが、実は「よもやこんな人がだますはずはない」と思わせる一般的な風貌も詐欺を働く武器になるそうなんです。それで、今回の話は後者のほうだなと。阿部さんは前からご一緒したい俳優さんでしたし、松さんと阿部さんの夫婦像を想像してもちぐはぐで見えてこない。それがおもしろそうだと思ったんです。『ディア・ドクター』で笑福亭鶴瓶さんに主人公をお願いした時もそうでしたが、キャスティングにおいて大事なことは予測のつかなさ。だから、一番不思議な組み合わせに落ち着きました。
だまされる女性として田中麗奈さん、鈴木砂羽さん、木村多江さん、安藤玉恵さん、江原由夏さんが登場します。それぞれの女性ごとにシーンのトーンも異なるので、演出的にはその難しさもあったのでは?
主人公がたくさんいるような話なので、それぞれの方をきちんと見つめながら、自分自身とっ散らからずに演出することがもっとも大変なことだったかもしれません。女優さんによってアプローチの仕方も異なるので、ひとりひとりと正面から向き合ってやっていこうと。それでもラッキーだったのは、阿部さんが軸としてブレないので、貫也がだます女性の方だけを向いていればよかったことです。私と貫也は一緒ですよね。
東京の下町などが舞台ですが、ロケ地はどのように選びましたか?
後半に出てくる貫也と里子が勤める人情味あふれた飲み屋は浅草で撮りました。でも、具体的などこかの街というより、東京のとある街が舞台なので、どこだか特定できないような場所を探すことがロケ地選びのコンセプトでした。見る人によって、夫婦が住む場所のイメージがばらけるといいなと。
『夢売るふたり』のタイトルにもある「夢」という言葉には、どんな思いを託していますか?
たとえば、かつて映画は自分の夢でしたが、いまはそれを生業にしてお金をいただいている。ある意味、夢を売ってきたと思っているんです。映画は私にとって、もう夢ではありません。もう甘くてふわふわした時間は二度と戻って来ないでしょう。でも、夢見ていた頃より映画を身近に感じ、血の通ったものとして深く愛せるようになった実感があります。だから私は、夢を売って大人になって行ってるんじゃないかなぁ、という気がしています。
(オフィシャル素材提供、聞き手:門間雄介)
公開表記
配給:アスミック・エース
2012年9月8日(土) 全国ロードショー