先ごろ開催された第36回ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞したという嬉しいニュースも飛び込んできた、加瀬 亮主演×韓国の鬼才ホン・サンス監督の最新作『自由が丘で』の日本公開(2014年12月13日)が間近となった。第71回ヴェネチア国際映画祭開催中に行われた加瀬 亮の合同インタビューをお届けしよう。
日がとっぷりと暮れたヴェネチア・リド島。9月初旬だというのに、風にはすでに秋の気配がある。海辺に近いオープン・スペースで取材陣が待機していると、やがて闇の向こうから細い体に黒のスーツをまとった加瀬 亮がやってきた。
時差を解消する暇もないほど短期間の滞在で、少し疲れた面持ながらも柔らかな微笑みを絶やさず、紡ぎ出されるその言葉には、敬愛する監督の映画に主演できた喜びと、その映画がヴェネチア国際映画祭で上映されたことへの興奮がにじみ出ていた。
本作への主演は、ホン・サンス監督と日本の某誌で対談する機会があり、対談後に二人で煙草を吸っていたときにオファーされたのだという。ただ、監督はそれ以前からすでに、国際的な場でも活躍していた加瀬 亮という日本人俳優から新たな映画へのインスピレーションを受けていたようだ。加瀬がアッバス・キアロスタミの映画(『ライク・サムワン・イン・ラブ』2012年)で釜山国際映画祭に行った際、受けたインタビュー映像を見て彼に興味を抱いたと、後に知らされたのだと明かした。一方の加瀬は、いつか出演できる機会があるとは思いもよらなかった頃から、ホン・サンスの映画に惚れこんでいたという。これはまさに、監督と俳優の幸福な出会いと言ってよいだろう。
「監督の映画が好きなのは、理想的な人物が出てこないからです。僕は俳優とはいえ、カッコいい人間では全くありませんし、自分に自信もありません。ですから、監督の描く人々が信じられたんですね。監督は普通の人々の情けなさも愚かさも全て受け入れて、決して裁かないんです。ですから、俳優も演じる人物を裁かなくていい。たとえ殺人者であっても、その人の目で演じることができるんです」。
ホン・サンスの現場にはあらかじめ出来上がった脚本というものがない。撮影当日に台詞を渡されるので準備のしようがないのだ。その状況の中に投げ入れられた俳優は、いつの間にかその世界の住人にならざるをえなくなっていると加瀬は言う。「カメラの前に出ると、必ず気取りがあるものです。カッコ悪い役であっても、それは見せていいカッコ悪さなんです。でも、ホン・サンス監督は絶対にそれを許してはくれません。ですから、自分でも驚くほど素の姿が写されているんですよ。あの引きずるような歩き方も僕自身なんです」。
俳優の素を引き出すことに長けた監督は撮影に入る前、俳優たちと何度も酒を酌み交わし、プライベートにも踏み込んだ多くの質問を投げかけ、歌を歌わせるという。「もともと僕はあまり酒には強くないのに、ものすごく飲まされましたね。肩を支えられて歩いているシーンは、酒のせいで本当に歩けなくなったときだったんですよ」と苦笑する。
本作は、ホン・サンス監督が同映画祭での会見で「順番がバラバラになった手紙を読んでいくと何が生じるのか、私自身も観客と共にそれを見てみたいと思ったことが本作を創る契機となった」と語っていたように、通常の時間の流れとは異なった時系列によって構成されている。恋愛を巡る普通の物語のようでいて、観ながら奇妙な違和感にとらえられていくのはそのためだ。加瀬自身、「時系列がいじられることは知らされていなかったため、出来上がった映画を観てものすごく驚きました」と言う。そして「僕自身はこれまで7回観ましたが、観る毎に新たな発見があります。さまざまな見方が出来る作品です」と自信を示す。
ちなみに、映画を撮る度に必ず不思議な偶然に遭遇するというサンス監督にとって、今回も驚くことが起きた。来韓するとき、本を3冊持ってくるようにと言われて加瀬が持参した本の中に、吉田健一の「時間」があったのだ。それを選択した加瀬はもちろん、時間が大きな意味を持つ映画であることは知らなかった。偶然は姿を変えた必然かもしれない。ここにも、ホン・サンス監督と加瀬 亮の相性の良さを示す符牒があったと言ってよいのではないか。
さて、ヨーロッパでも人気の高いホン・サンス監督の新作、特に主演が加瀬 亮ということでオーディエンスの反応が気になるところだ。加瀬は、「韓国ではみんながずっと笑っていて、イタリアでは真剣に受けとられているという感じ」だったと言う。「この映画にはさまざまなレイヤーがあって、人それぞれ感じ方が違うのは自然なことです。監督自身は絶対に、どういう映画であるか説明しません。監督が答えたらそれが答えになってしまいますからね。人々の感想、意見にオープンなのがホン・サンス監督なんです。僕自身もぜひ、皆さんの感想をお聞きしたいですね」と締めくくり、一層濃くなった夜の闇の中にひっそりと立ち去っていった。
(取材・文:Maori Matsuura、写真:71th Venezia Film Festival official materials)
ヴェネチア国際映画祭 オリゾンティ部門とは
いわば第二のコンペ的な部門。ジャンルや長さにはこだわらず、革新的で独創的な映画が選出される。対象賞は、最優秀作品賞、監督賞、審査員特別賞、革新的貢献特別賞の4賞。最近の日本からの出品作品は、『IZO』(04、三池崇史監督)、『こおろぎ』(06、青山真治監督)、『立喰師列伝』(06、押井守監督)、『サッド・ヴァケイション』(07、青山真治監督)、『冷たい熱帯魚』(10、園 子温監督)、『KOTOKO』(11、塚本晋也監督)、『地獄でなぜ悪い』(13、園 子温監督)など。西島秀俊主演『CUT』(12、アミール・ナデリ監督)も出品されている。
『自由が丘で』作品紹介
イントロダクション
自らホン・サンス ファンを公言する加瀬 亮。2012年の秋、来日していたホン・サンスとの対談がきっかけとなり『自由が丘で』は生まれた。初対面にも関わらず意気投合! その場で出演のオファーを受けるほどであった。「出会いたかった監督に出会えた」と語る加瀬に対し、ホン・サンスも「初めて会った時から、一緒に映画を作りたいと思った」と語る。『自由が丘で』のワールドプレミアとなった第71回ヴェネチア国際映画祭で、奇跡ともいうべき相思相愛なふたりのコラボレーションは、批評家のみならず、ヨーロッパの観客からも称賛をもって迎えられた。
クリント・イーストウッド、ミシェル・ゴンドリー、ガス・ヴァン・サント、アッバス・キアロスタミなど、世界の名だたる監督たちの作品に出演する加瀬 亮。これまでの監督たちとは違うホン・サンスの製作スタイル。毎朝、撮影の前に脚本が渡されるため、役柄について事前に準備することができず、加瀬は、ただ自分自身でいようと心掛けたという。今までの出演作では見せたことのない等身大の男を飾らずに演じ、ホン・サンス作品に欠かせないムン・ソリ、ソ・ヨンファ、キム・ウィソンら韓国人キャストと初めてとは思えない絶妙なアンサンブルを魅せる。
バラバラになった手紙を軸に、韓国の鬼才ホン・サンスが描く「男と女」と「時間」についての考察。いったりきたりする時間、英語と韓国語のぎこちない掛け合い、遊び心あふれる仕掛け――今まで以上に軽やかさを増し、『自由が丘で』は観る者の心も軽くする。
ストーリー
思いをよせる年上の韓国人女性を追いかけて、ソウルへとやってきた男、モリ(加瀬 亮)。しかし、彼女は見つからず、彼女に宛てた日記のような手紙を書き始める。
彼女を探して、ソウルの街をいったりきたり。同じゲストハウスに泊まっているアメリカ帰りの男(キム・ウィソン)と仲良くなり、毎晩のように飲んで語らって。迷子になった犬をみつけたことで、カフェ<自由が丘>の女主人(ムン・ソリ)と急接近。ワインを飲んで良いムードに……。
路地の多い迷路のような街で、時間の迷路に迷い込むモリ。モリは彼女に会えるのだろうか? モリにとっての本当の幸せとは……?
(英題:HILL OF FREEDOM、2014年、韓国、上映時間:67分)
スタッフ&キャスト
監督・脚本:ホン・サンス
出演:加瀬 亮、ムン・ソリ、ソ・ヨンファ、キム・ウィソン、チョン・ウンチェ、ユン・ヨジョンほか
オフィシャル・サイト
https://www.bitters.co.jp/jiyugaoka/(外部サイト)
公開表記
配給:ビターズ・エンド
12月13日(土) シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
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