イベント・舞台挨拶

『6月0日 アイヒマンが処刑された日』トークイベント付き試写会

© THE OVEN FILM PRODUCTION LIMITED PARTERNSHIP

 さまざまなナチスを題材にした映画が公開され、アイヒマンに関しても多くの映画が作られてきたが、裁判の様子や逮捕されるまでを描いた作品が多い中、彼が捕まってから処刑され、処刑後どうなったかを丹念に映し出した『6月0日 アイヒマンが処刑された日』(9/8公開)。公開に先駆けて、『ナチス映画論』の著者であり、日本大学文理学部教授/ドイツ映画研究の渋谷哲也教授を招いたトークイベントをが開催された。

 「アドルフ・アイヒマンはいろいろなところで映画にされてますし、ドイツ映画を学ぶ者としては避けては通れない大きな人物。アイヒマンの裁判については映画『ハンナ・アーレント』が有名かと思います」とはじめにナチス戦犯の中でも最重要人物だとアイヒマンのことを説明する渋谷教授。「この『6月0日 アイヒマンが処刑された日』にはアイヒマンはほとんど顔が映らない。つまりアイヒマンというのはこの映画の中では、いるんだけれども描写されない空虚。まさにゼロの記号、6月0日の0に相当するような記号としてしか出てきません」とナチス映画では新しいアイヒマンの描かれ方に言及。

 さらに渋谷教授が注目したのは本作の言語について。「イスラエルが舞台なので基本的にはヘブライ語が使われ、主人公のダヴィッドの家族はアラブ系のユダヤ人なので、お父さんはアラビア語を使っている。劇中でモロッコ出身の看守とアイヒマンはスペイン語で話している。そしてアイヒマンが出てくるのに全くドイツ語が使われない。言ってみればいろいろな言語が使われていること、これが基本にある。イスラエルという国のユダヤ人にはいろいろな出自があるということをはっきり示した映画でもある」と劇中の言語から読み解けるユダヤ人の多様性を指摘する。
 「子どもの描写が印象的なアッバス・キアロスタミ作品で出てくるような子どもの描写で映画は始まりますよね。それもイスラエルの一つの顔であるということなんです」と、イランの巨匠監督を彷彿とさせる冒頭シーンについても語った。

 ホロコーストについては、「ユダヤ人大量虐殺、迫害の在り方があまりに常軌を逸していて残酷すぎたので、当時や戦後直後も信じる人があまりいなかった。つまりあまりにも歴史的に重い話、そして政治的になかなか表ざたにされない話というのは、歴史に浸透していかないということがあります。なにを隠そう、本作で描かれるアイヒマンが処刑された後どうなったかということも、結局長い間隠されてきたわけなんです。当事者たちも口をつぐんで語ろうとしなかった。それが長い時間かけてようやく明らかになってきた。映画のあのラスト、“歴史が明らかになるのは時間が掛かる”というのが大きなテーマにある。それは実はそもそもホロコーストという歴史がそうであるし、それにまつわる周辺の事実がこうやって時間をかけて明らかにしていかなければならない、ということを伝える映画としては、本作がある意味でいろいろなところにベクトルが向いているのは、ジェイク・パルトロウ監督がそんな単純な話ではないということ、普遍的な話であるということ伝えたかったのかなと思いました」と監督の歴史に対するアプローチに想いを馳せた。

 「我々が期待するユダヤ人のホロコースト関連の映画からするとかなり違った視点で観させてくれる。にもかかわらずこの中で描かれているある種の深刻な歴史はちゃんと伝わるようになっている。これは本当に新しいタイプの作品だと言える」と本作が数あるナチス映画のなかでも、一線を画していると熱く語る。

 「我々日本人も戦争を体験した国に生きているわけで、戦争やその後の記録というものがどれだけ語り継がれているかというのは難しいところがありますよね。じつは我々が当たり前だと思っているナチスのユダヤ人迫害の歴史についても、そんなにみんなが語っているわけではない。隠されてきたことがいっぱいあるし、それくらい重い話であるということは観て考えたほうがいいのかなと思います」とメッセージ。

 歴史について「アイヒマンを火葬するための焼却炉を作るということが、この映画で重要なことでしたが、それが実はナチスがユダヤ人たちを焼くための焼却炉の設計図をもとに作られたという、ある種の歴史の恐ろしい皮肉です」と本作の印象的なシーンを挙げた。

 「1日のうちにアイヒマンを絞首刑にして火葬して、骨も海に捨ててしまった、闇に葬った。皆さんがご覧になった一連の“事件”は、イスラエルの国家的な秘密だったようです。そういう描き方もできたはずです。ところがこの映画は国の政治的ないきさつで描かない。それに関わった普通の人々の目線で描くということを積み上げていっている。だから我々は裏の事情はこれから事実がだんだんと明らかになっていくかと思いますが、それだけじゃなくそこに関わった人たちがどんな気持ちでいたのか。それに我々は目を向け、耳を傾け、語り継いでいく必要があるんだよということを伝える非常に前向きな映画だと思います」と締めくくった。

 登壇者:渋谷哲也(日本大学文理学部教授/ドイツ映画研究)

公開表記

 配給:東京テアトル
 9月8日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

(オフィシャル素材提供)

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