
公開中の映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』で、ニューヨークの街中でレコードが映ったり、ティモシー・シャラメ演じるボブ・ディランが病院で歌う“Song to Woody”の歌詞内で絶賛するレッド・ベリー。
「レッド・ベリーがいなかったら、ビートルズもなかった」という有名な言葉を残したジョージ・ハリソン同様、ヴァン・モリソンも「レッド・ベリーがいなかったら、私はここにいなかったかもしれない」と追懐。ジャニス・ジョプリンは最初に買ったレコードがレッド・ベリーだったことを明かし、以来、ブルーズに夢中になったと回想する。また、(『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』で冒頭ボブ・ディランが病床を訪ねる)ウディ・ガスリーは「最も偉大なフォーク・シンガー」と称賛を惜しまない。1950年代、イギリスを席巻したスキッフルの中心にあったのは、レッド・ベリーの曲だ。ロニー・ドネガンが歌うレッド・ベリーの曲を聴いた子どもたちがバンドを結成、やがてレッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズが誕生。レッド・ベリーの故郷アメリカの白人に、ルーツ音楽が逆輸入される形で広まった。まさに「音楽史を変えた」と言っても過言ではないレッド・ベリーの真実に迫る音楽ドキュメンタリー。それはロックのルーツを探す旅ともいえる。

オデッタ、(『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でエドワード・ノートンが演じる)ピート・シーガー、ハリー・ベラフォンテ、B・B・キング、(『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でボブ・ディランとエル・ファニング演じる芸術家・シルビーとの三角関係が描かれる)ジョーン・バエズといった錚々たるミュージシャンが出演するほか、レッド・ベリーの姪クイーン・“タイニー”・ロビンソンやレッド・ベリーを有名にした民族音楽学者ジョン・ローマックスの息子アランの証言などで彼の波乱に満ちた人生が綴られる。加えて、”伝説の12弦ギタリスト”と称されたレッド・ベリーの演奏風景、魅惑的な歌声を保存したアーカイブ映像、写真などを多数収録。ポール・マッカートニーがカバーする模様も収められている。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ニルヴァーナ、レッド・ツェッペリン、ビーチボーイズなど、何百人ものアーティストが彼の曲をカバーするなど、その後のロック・シーンに多大な影響を与えた巨匠の軌跡を辿る。
この度、5月23日(金)より池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開されるのを前に、本作のプロデューサーのアルヴィン・シンの日本独自のオフィシャル・インタビューが届いた。
レッド・ベリーとの関係を教えてください。本作を作ろうと思ったきっかけは?
私の大伯父です。私の祖母が、10代の時にレッド・ベリーと同居していたので、私にいつも彼の歴史を聞かせてくれたものです。なので、祖母などがまだ在命のうちに、動画というフォーマットで何かやりたかったんです。彼を知る人々を撮りたい、というのが第一の理由でした。
作品の中で、B.B.キングが「なぜレッド・ベリーがフォーク・シンガーと呼ばれるのか分からない」と語っていますが、あなたはレッド・ベリーをどう呼んでいますか?
いい質問ですね。彼は……ギタリストだ、としか言えません。枠には入れにくいです。ブルース寄りのフォークかな。伝統的なフォークミュージシャンですね。

この作品を制作する上で、インタビューを撮りたい相手をリストアップしたと思います。撮りたかったけれど撮れなかったアーティストはいましたか?
ええ、ザ・ホワイト・ストライプスの(リード・ボーカル兼)ギタリストのジャック・ホワイト、ザ・ルーツのクエストラブ、ヴァン・モリソン、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズです。彼らはレッド・ベリーの影響を受けていて、皆、企画を気に入ってくれて、出演の承諾してくれていたのですが、旅行などでタイミングが合わなかったんです。
映画では、ポール・マッカートニーがレッド・ベリーの『ミッドナイト・スペシャル』をカバーしている映像が紹介されています。他にも、作中では数多くのアーティストたちが、レッド・ベリーの曲をカバーしていました。使いたかったけれども使えなかった、というアーティストのカバーソングもあったのでしょうか?
いいえ、全て使用することができました。ポール・マッカートニーに関しては、実はギリギリまで含められるか議論したんです。でも、承諾が得られました。ビートルズは映画に入れたかったので、とても大事なことでした。
ボブ・ディランがカバーしている映像はありますか?
存在はします。実は映画の製作中にボブ・ディランは、ノーベル賞平和賞を受賞しました。その後、6ヵ月経ってからようやくスピーチをしたんですが、彼はそのスピーチの中でレッド・ベリーに言及しているんです。使用しませんでしたが、使用できたらよかったですね。ボブ・ディランのインタビューは撮影できませんでした。彼は私たちが撮影したいと思った人物の一人でしたが、承諾が得られませんでした。インタビュー類はしないと言われたんです。でも、最近のボブ・ディランについての映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』では、レッド・ベリーが言及されています
『名もなき者』の冒頭では、ピート・シーガーが裁判所で話すシーンがありますが、シチュエーションについては十分に説明されていません。でも本作ではピート・シーガーらが1950年代について話しています。本作はレッド・ベリーについてだけでなく、アメリカの歴史についても描いていますよね?
もちろん。だからこそ興味を引く物語なんです。彼は歌でアメリカで何が起っていたのかを語りました。人種差別やアメリカとドイツの戦争についてなど世界の状況について歌いました。歴史上、重要な時期でした。今は(現状についてラップする)ヒップホップはどこでも聞かれますよね。それに誰でもアメリカ音楽について多くのことを知っています。でも当時はアメリカ人たちはアメリカ人が歌う音楽にさえ耳を傾けていませんでした。彼は声なき者に声を与えたんです。

ボブ・ディラン、シルヴィー、ジョーン・バエズの三角関係が描かれる『名もなき者』を観た後に、本作でジョーン・バエズがレッド・ベリーやボブ・ディランについて語るのを見るのは興味深いものがありました。ジョーン・バエズがボブ・ディランに嫉妬しているように聞こえました。彼女のコメントに関して、どう思われましたか?
彼女もボブ・ディランも白人のアメリカ市民でした。ですから彼らにはレッド・ベリーが遭った、人種差別などの経験は理解できなかったでしょう。でも、彼女が言っていたのは、ボブ・ディランのほうがレッド・ベリーを、男性として、男と男、男性同士ということで理解していたのではないか、ということだと思います。彼女にフラれた、仕事を見つけないといけない、など。彼女は、男性であるボブのほうが、レッド・ベリーに結びつくことができたのではないかと思ったのではないでしょうか。私はそう彼女の言葉を読みました。

レッド・ベリーは二回、刑務所から釈放されています。音楽のおかげで恩赦がでたのだと思いますか?
最初の釈放? それなら確実にそうです。一回目は知事に演奏したんです。二回目は新聞に釈放を求める広告を出して、録音を届けるように頼んだんです。実際に知事がそれを耳にしたかは分かりません。私は聞いたと思っているけど、聞く機材を知事が持っていたかも分かりませんよね。でも早期釈放は決まりました。
映画の中に、レッド・ベリー自身がアラン・ローマックスに雇われるシーンを再現している映像がありますね。あれは映画用に撮影されたものですか? ローマックス側がシナリオを書いたのでしょうか。
いいえ、あれはタイム誌のニュース・リールです。当時、人々は、映画館にニュースを観に行っていました。その最初の回があれでした。レッド・ベリーのニュースの直前には、当時まだ敵ですらなかったヒトラーがドイツの新しい首相として紹介されていました。そしてその後の6巻がレッド・ベリーとローマックスについてでした。再現ドラマだったんです。レッド・ベリーの膝に座っていた小さな男の子は私の父です。
シナリオはローマックス側が書いたのでしょうか?
そうです。ローマックスがTV向けにセンセーショナルに書いたものです。でも私の祖母は、レッド・ベリーはシャツにタキシードを好んで着用していたと言っていました。縞模様の服などを身につけるのは嫌いだったそうです。ですからあの映像は少し侮辱的です。
英国のロニー・ドネガンがレッド・ベリーの曲を録音し、自分をクレジットしたことも紹介されています。レッド・ベリーが逝去した後のことで、英国では大ヒットになりました。レッド・ベリーの遺族は彼を訴えなかったのでしょうか?
これは音楽出版業界ができる前の話です。アーティストは曲を出してお金を稼ぐことはありませんでした。彼らはラジオやコンサートでお金を稼いでいたんです。ですから、レッド・ベリーが死去した時、ローマックスは英国で曲が演奏されているのを見て、米国に戻って曲を出版したんです。ロニー・ドネガンが自身の作曲としていたから。私自身は、ロニー・ドネガンが盗作するためにしたことだとは考えていません。単に、音楽業界が、作者の権利を保護し始める前の話だと思います。
『名もなき者』でエドワード・ノートンが演じるピート・シーガーがボブ・ディランと共にウディ・ガスリーの病床を訪ねるシーンがありましたが、このドキュメンタリーではウディ・ガスリー自身がレッド・ベリーの最期に病院にお見舞いに行けなかった話をしたのが興味深かったです。そのシーンで使われていた、レッド・ベリーが歌う“You Must Have That True Religion”という曲がマッチしていましたね?
あれはスピリチュアルな曲です。あの曲をレッド・ベリーは教会で学びました。有名なアフリカ系アメリカ人のゴスペル・ソングなんです。

この映画のどんなところが音楽愛好家にとって魅力的だと思いますか?
その後世界で最も有名になるバンドをインスパイアしたロニー・ドネガンのパートあたりかな。私が音楽家たちにアドバイスしたいのは、独自性を持っていたら、自国の人々が敬意を示さなかったとしても、世界に誰か敬意を払ってくれる人はいるということです。それもこの映画の面白い点だと思います。アメリカではかなり後になるまで、あるいは今でもレッド・ベリーの評価は十分ではありません。でもヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカなど、多くの地で尊敬されています。
この映画のどんなところがレッド・ベリーを知らない人たちにとって魅力的だと思いますか?
音楽を知らなくても、二回恩赦を受けたというのは面白い物語でしょう。私はアメリカで、他に二回恩赦を受けた人を知りません。アメリカは囚人数で言えば世界一位です。だからあなたが音楽に詳しくなくとも、あんなことをみんな体験して、釈放されたのか、と感嘆するでしょう。そして一旦自由の身になれば、好きなことをやれたわけです。しかも世界に愛されるほどの実力でした。彼は音楽家としては大して稼いでもいませんでした。でもそういうことに挫けずにいました。
読者にメッセージをお願いします。
これは、語られずに終わったかもしれない物語です。アメリカの外の視点を持つ人に、この映画を観ていただけることを光栄に思います。外の人々にも響く作品を作ることは映画製作者としてとても大事なことです。オープンな気持ちで楽しんで、良い時間を過ごしていただきたいです。
公開表記
配給:NEGA
5月23日(金)より池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開
(オフィシャル素材提供)