
2020年7月、熊本豪雨により球磨川が氾濫し、壊滅的な被害を受けた人吉球磨地域。変わり果てた故郷に戻った一人の男は、失われた過去と現実に向き合うが……。
2004年から熊本県のグリーン・ツーリズムに尽力してきた青木辰司(東洋大学名誉教授)がエグゼクティブ・プロデューサーを、連続テレビ小説「おしん」の大木一史が監督をつとめた『囁きの河』。いまだ災害の爪痕が残る現地での取材を重ねながら復興の歩みを見つめ、その土地で生きる人々の希望と再生を自然の力と併せて描いた。
主人公の孝之を演じた中原丈雄は熊本県人吉市出身。故郷を背負う覚悟とともに、寡黙で無骨な男の秘めた熱情を生き様で語った。地元の老舗旅館の営業再開を目指す女将には清水美砂、その夫に三浦浩一、孝之の息子に渡辺裕太、文則の元同級生に元AKB48の篠崎彩奈。また、孝之の隣人である夫婦を不破万作と宮崎美子が演じている。
この度、6月27日(金)〜熊本県の熊本ピカデリーにて先行公開、7月11日(金)より池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開されるのを前に、人吉市出身の主演・中原丈雄のオフィシャルイ・ンタビューが届いた。
熊本県、それも球磨川の流れる地域で生まれ育った身として、球磨川の氾濫にともなう水害を題材とした本作への出演オファーをどのように受けとめましたか?
自分が俳優として出演するか否かも含めて、人吉で映画を撮る企画が進んでいるということは、それ自体が新鮮な驚きでした。お引き受けするとしたら半端な気持ちではできないですから、まずは脚本を読ませてもらって、このお話だったらやらせてもらいたいなと決めたときは、自分が出ることで地元に映画作りへの協力をお願いできるかもしれないと思いました。被害に遭った町がまだ右往左往しながら立ち上がろうとしている最中の撮影ですからね。少しでもその土地に明るい人間が現場にいた方がいいと思ったんです。
劇中では2020年の豪雨の後で22年ぶりに故郷に帰ってくる役どころでした。
僕自身は地元情報誌に連載していたり、テレビ熊本で冠番組(「中原丈雄の味わいの刻」)も持っているので、故郷との距離は意外と近いんです。ただ、実際に水害が起きたときは、現地にも行くに行けないですし、行って何ができるの?みたいな思いもあって。その中で何をするのが一番いいのかなともやもやした気持ちが続いていました。知っている人が大勢被害に遭っているのに何もできない。その期間は自分でもきつかったですよ。そんなとき、地元で米焼酎を作っている高橋酒造の社長にその話をしたところ、自分の思いを形にしたらどうかと言ってくれて、絵を描きました。それでようやく行き場のない感情がちょっと収まったんです。その絵は今も人吉の球磨焼酎ミュージアムに展示されているんですよ。
孝之は寡黙な人柄で、故郷を離れていた間のことはあまり明かされていません。
これが難しかったですね。大木監督とも話しましたけど、脚本に書かれていないということは、自分が作るしかないんですよね。小さな町で、他人の保証人になって大きな借金を抱えて、とても船頭の給料で返せる額ではない。孝之にしてみれば当時はまだ母親も健在だったし、自分の体も元気だから、子どもは小さいけれど働いて仕送りすれば何とかなるだろうということで、借金を返していく22年だったんだと思います。でも子どもにしてみればそんなのは親の勝手な都合だから、どうしても確執は生まれますよね。
そのような人物像をいかに掘り下げていったのでしょうか。
故郷を捨てるように出て行ったから、地元の人にちゃんと挨拶もできていなかったし、戻ったところで子どもにも顔向けできない。その状況から少しずつ、ここで暮らすという覚悟を出していくために、細かい作業を積み重ねました。子どもとの関わりの中で徐々に触れ合いが大きくなっていったり、周りの人と何かしら口を利いていくところで、閉ざしていた心が柔らかくなっていくことを表現するのは大変でした。ただ、セリフがあったとしても言葉で説明するような役ではないですし、できるだけ自然体でいたほうがいいなと思いました。
渡辺裕太さん演じる文則との距離感の変化は物語の柱でもありました。
俳優の共演者として向き合うと、お互いを尊重するがゆえの垣根がどうしてもできてしまうので、本当に息子だと思って接していました。船の扱いも上手くて、沖に出すときも「僕がやりますよ」と進んで動くから、たまには俺にもやらせてくれよと怒ったぐらい(笑)。息子として「このやろう!」と言えるぐらいの関係性を意識していましたね。他の共演者の皆さんは知っている方ばかりだったんですけど、裕太だけは初めてだったので、撮影が終わると一杯飲みに行こうよと誘っていろんな話をしました。

孝之と雪子の関係についてはどのようにとらえていましたか?
孝之は船頭で、一方の雪子は立派な大学を出ている設定で、孝之の中では育ちが違うという思いがあったんでしょうね。お互いに惹かれ合っていたんだろうけど、そういう解釈をしたんですよ。清水美砂ちゃんと『おこげ』(92)で共演したときは、美砂ちゃんが世に出て勢いのある時期で、今度は自分が主演の作品でまた一緒にできるというのは、俺も今でも頑張ってるよというところが見せられて嬉しかったですね。

球磨川くだりの船を漕ぐのにはかなり苦戦したそうですね。
2月のクランクイン直前に練習を始めたって間に合わないから、前年の年末に二週間ぐらい現地に行って、毎日9時から6時間ぐらい教わりました。最初の一週間は櫓を櫓軸に載っけるだけで精一杯ですよ。もうね、泣きたくなっちゃうぐらい大変でした(笑)。それだけ頑張ったのに、2月に行くとまたできなくなっていて、最初からやり直し。本当に手こずりましたよ……!

常にどこかで川の流れる音が聞こえていて、画面からは静かでありながら雄弁な気配が感じられます。
球磨川にかかる霧のような映画だなと思いました。登場人物の一人ひとりが丁寧に優しく撮られていて、映像作品としての面白さを味わってもらうだけでなく、彼らの人生に思いを馳せることもできる。熊本の人たちは喜んで温かい目で観てくれるんじゃないかなと思います。それと同時に、球磨川とは別の場所で生きている人たちが、この映画をどう自分たちに置き換えて観てくれるかなというのが気になりますし、とても楽しみでもあります。
公開表記
配給:渋谷プロダクション
6月27日(金)〜熊本県・熊本ピカデリーにて先行公開
7月11日(金)〜池袋シネマ・ロサほかにて全国順次公開
(オフィシャル素材提供)