インタビュー

『ツォツィ』プレスリー・チュエニヤハエ インタビュー

©2007 Tsotsi Films (Pty) Ltd.

マンデラ元大統領のように戦ってきた方たちの努力があったからこそ今があり、この映画がある

 アパルトヘイト撤廃から10余年。南アフリカではこれまでの人種差別に代わって、黒人内での貧富の格差が広がっていた。スラム街にで生まれ、怒りと憎しみを抱えながら暴力と犯罪の中に生きる“ツォツィ(=不良、チンピラ)”と呼ばれる少年を主人公に、南アフリカの“いま”をリアルに映した『ツォツィ』。2006年アカデミー賞外国語映画賞を受賞した本作で、主役のツォツィに抜擢されたプレスリー・チュエニヤハエが来日、ツォツィと同様の環境で生まれ育ちながら俳優として活躍している彼に話を聞いた。

プレスリー・チュエニヤハエ

 1984年、南アフリカ・ソウェト生まれ。演じた役柄と同様、タウンシップの治安の悪い地域で育ち、息子の行く末を案じた母の勧めで演劇を始める。16歳の時にSABC TVの「Orlando」でテレビ・デビューを飾り、演劇ではノース・ウェスト・アーツ(現マバーナ・アーツ・ファウンデーション)の数々の舞台に立ち、グラハムズタウン芸術祭では「真夏の夜の夢」(パック役)や「Cards」に出演した。「ハムレット」に出演していた高校生の終わりの時に『ツォツィ』のキャストを探していたエージェントに見出される。当初はブッチャー役でオーディションを受けたが、その天性の演技力で主人公のツォツィに大抜擢され、衝撃的な映画デビューを飾った。

まず、脚本を読んでどう思われましたか?

 初めて読んだときからすごく興味を引かれて、ずっと頭から離れなかったよ。とても良く書かれている脚本だったし、ツォツィというキャラクター自体、複雑に描かれていたから。もともと複雑なキャラクターに興味を持っていて、いつか演じてみたいと思っていたんだ。最初はブッチャーの役でオーディションを受けたんだけど、ツォツィの方がずっと自分に近かったので、監督に「ツォツィ役のオーディションを受けさせてください」と申し出て、役を射止めることができたんだ。

ご自身も治安の悪い所で成長されたそうですが、本作に登場するような若者たちとの交流もあったのですか?

 もちろん、同じような環境で育ったので、ああいう人たちは身近にいたよ。彼らは歩き方からして違っていて、本人たちはすごくイケてると思っているんだけど、僕の目には単なる格好だけに見えた。でも彼らは、仲間に加わらないヤツは間抜けだと思っていたんだろうな。僕はラッキーだった。そんな風に通りでたむろしている少年たちの仲間に加わって欲しくないという思いから、母が演劇学校に通わせてくれたからね。
ただ、そういう環境で暮らしたことは、今回ツォツィを演じるにあたってとても役に立ったことは確かだよ。

そんなプレスリーさんの目から見て、この映画のリアルはどんな点にあると思われますか?

 暴力を受けたり、つらい思いをした経験のある若者たちというのはどうしても、自分自身を責めたりする傾向もあって、自分のことを言葉でうまく表現できないものなんだ。それで結局、外側に向けた暴力に走ってしまうんだよね。そういう意味でも、ツォツィというキャラクターはとてもリアルだと思った。そうした彼の心理を深く掘り下げて見せているからね。

車椅子に乗ったホームレスのモリスと二人っきりになったときに、「犬のようになっても、どうして生きる?」と尋ねるシーンが大変印象的でしたが、あそこはどんな思いで演じられましたか?

 実はあれ、僕が最初に撮影したシーンだったんだよ。そういう意味でも難しかったんだけど、できるだけ役になりきろうとした。僕個人としては、ああいう人が目の前にいたら気の毒に思ってしまうんだけど、一方でツォツィは彼が本当に障害者なのか疑っている部分もあったわけで、その辺の思いを自分の中でうまく整理するのが大変だったね。人は頭の中で考えていることが行動に反映されるわけだから、ツォツィの思いをうまく表現できないとあのシーンは演じられないと思ったので、いろいろと考えてしまった。

あの言葉は、ツォツィの自分自身に対する問いかけでもあったと思いませんか?

 本当にその通りだ。彼は人間として自分自身を振り返る機会が3回あったと思う。赤ん坊に出会ったとき、ミリアムと向き合ったとき、そして車椅子のモリスと出会ったとき。そのことを通して彼は、自分は果たして人間として尊厳をもって生きているだろうかと考えたはずなんだ。それまでの彼は生き残ることに必死で、モリスが言った「太陽の光の暖かさを感じたいから」などということは一度たりとも考えたことがなかったんだよね。モリスの言葉を聞いたとき、自分はその暖かさを感じたいと思っているのかという問いかけを心の中でしたと思う。だから、3人との出会いは、ツォツィが自分自身を取り戻すチャンスだったんだ。

せりふが少なく表情で見せる役でしたが、それは難しくありませんでしたか?

 確かに大変な役だったけど、僕は子供の頃からシェイクスピアとか長ぜりふの芝居をたくさんやってきて、そういうときでも、言葉に引っぱられる形で役を表現したくないと心がけてきたつもりなので、そういう意味での難しさはなかったね。心の中で気持ちを作って、ただそれを表に出すというやり方をしたんだ。

ツォツィは憎しみと怒りしかなかったところから徐々に変化していきましたが、監督はどのような演出されましたか?

 監督がおっしゃったのは、「ツォツィが突然良い人間になったり、急に同情を呼ぶような流れには絶対にしたくない。彼の心は少しずつ少しずつ変化していくので、オーバーには見せないで欲しい。また、彼が頭の中で思っていることを表情で表現するという気持ちでやって欲しい。これはいわば、彼の心の旅なんだ」ということだった。順撮りではなかったので、監督が常に僕のそばにいて、「このシーンではツォツィはこういう気持ちだ」と詳しく説明してくださったので、それはとても助けになったね。それがなかったら、すごく難しかったと思う。

監督は次回作をハリウッドで撮られるそうですね。プレスリーさんはずっと演劇をやられてきたということですが、もっと映画に出演したいというお気持ちはありますか?

 もちろん、もっともっと映画に出演したいと思っている。ハリウッドに限らず、日本でだって仕事をいただけるなら、いつでもやるよ(笑)。でも、演劇も大好きなので、両方やっていきたいな。昨年はずっとイギリスで舞台に立っていたんだ。

この映画では、“母性”というものも強烈に感じさせられましたが、プレスリーさんはお母様に対してどのような思いがありますか?

 母のことはもちろん、愛しているよ(笑)。母からは本当に大きな影響を受けてきた。母だけでなく、家族は僕にとってとても大切な存在なんだ。急に有名になったりお金を手にしたりすると人は混乱しがちだけど、僕の場合は、家に帰ればいつもの自分に戻ることができる。自分をノーマルな状態に戻してくれるのが家族なんだ。

ネルソン・マンデラ元大統領とお会いになったそうですが、そのときのことをお聞かせください。

 本当にすばらしい瞬間だった。まさに夢がかなったという感じだったよ。南アフリカの子供たちはみんな、小学生の頃にマンデラさんの生涯を学ぶわけだからね。彼の戦いをどう思うか、作文に書いたりもしたよ。そういう方に実際にお会いすることができて、本当に感激した。映画がアカデミー賞を受賞した後に面会したんだけど、(物まねをしながら)「それでプレスリー、君は次に何をしたいのかね?」と強烈なアクセントで聞かれたんだ(笑)。「良いストーリーで良いキャラクターだったら、ぜひまた映画に出たいです」と答えたら、「君、人間というのは全員が天使だったり聖人だったりするわけじゃなく、欠点があるからこそ人間なんだよ。もしも私の映画が作られるとして、完璧な人間に描かれているとしたら、それは嘘だ」とおっしゃったことが忘れ難かった。

ツォツィのような生き方をしている若者たちはどうしたら変われると思いますか? プレスリーさんご自身は彼らのために何か活動をされているのですか?

 ご存知のように、2010年に南アフリカでサッカーのワールドカップが開催されるよね。僕としてはぜひ、子供たちの劇団を組織し、観光客の皆さんが見て楽しめるストリート・シアターを企画して実現したいと思っているんだ。ツォツィのような若者たちはお金が欲しいという以上に、人に認められたい、評価されたいという思いがすごく強いんだよ。だから僕も彼らが機会を得られるように、いろいろなことをしたいと考えている。
映画が成功したおかげで、僕自身、スポンサーになってくれるような会社の方々と会って交渉できる機会が生まれたので、そういう立場を効果的に生かしたいと思っているんだ。

ツォツィと同世代の日本の若者たちは、アフリカ諸国の現状やアパルトヘイトについて知っている人の方が少ないかもしれません。そのことについてはどう思われますか?

 アパルトヘイト時代、南アフリカの黒人は、アメリカで“ニグロ”という言葉があったように、“kafa”という差別用語で呼ばれていて、パス(許可証)を持っていないとどこにも行けず、引越しをすることもできなかったんだ。それが1991年にアパルトヘイトが撤廃されて、南アフリカは自由で民主的な国になり、裕福になった黒人たちもいる。現在は黒人と白人の関係も完全に変わり、美しく愛すべき国になったと思うよ。
 今回の映画はアパルトヘイト後に生まれた若者たちの話だから、そうした南アフリカの歴史を必ずしも知っている必要はないと思うんだ。ただ、民主化されたことで金持ちの黒人も生まれたけど、一方で未だにスラム街が残っているという状況なので、できれば歴史も踏まえた上で見ていただけたら一層いいけどね。
 僕はいわゆるアパルトヘイト後の子どもで、僕自身、当時のような差別を全く経験していないんだ。でも、南アフリカ人として歴史はきちんと学ばなければいけないし、マンデラさんのように戦ってきた方たちの努力があったからこそ今があるわけで、彼らの努力がなかったから、そもそもこの映画自体存在しなかったと思う。それは決して忘れてはいけないんだ。
 それぞれの国には固有のすばらしい文化があるので、日本の方々にもぜひ、南アフリカに足を伸ばしていただきたいな。美術館や歴史博物館に行ったら、黒人がいかにつらい歴史の中で生きてきて、現在は平和の中にあるということが良く分かるので、その事実を知っていただけたらうれしいね。今回の映画はそうした過去を知るきっかけを与えられたという意味でも良かったと思うんだ。
 大体、僕だって日本のことは“切腹”とか武道のことくらいしか知らないよ(笑)。

日本にはいつ来られたんですか?

 昨日の夜。だから、“切腹”しか知らないんだ(笑)。

じゃあ、まだサムライはいると思いましたか?

 もちろん(笑)! ホントにもういないの? トム・クルーズが主演していた『ラスト サムライ』を観たんだけど……。

でもそれは、100年以上も前の話ですよ(笑)。

 なんだ、そうか(笑)。実際の東京はニューヨークとそっくりだね。

好きな俳優をお聞かせください。

 たくさんいるんだよね。ロバート・デ・ニーロ、アンソニー・ホプキンス、マーロン・ブランド……。

白人の俳優さんばかりですね。

 そうか(笑)。テレンス・ハワード、デンゼル・ワシントン、ドン・チードルも好きだ。

ミリアムを演じたテリー・ペートさんには恋しませんでしたか?

 No(笑)!
 

趣味は何ですか?

 音楽。何でも聴くよ。僕自身、以前はキーボードを弾いていたんだ。あと、サッカーが大好きだよ。

これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いします。

 『ツォツィ』に出演しているプレスリー・チュエニヤハエだよ。みんな、良い映画だから観てくれよな。すごい映画だぜ!

 南ア最大の都市ヨハネスブルク。その最大のタウンシップ(旧黒人居住区)ソウェトのスラム街にツォツィと呼ばれるひとりの少年がいた。本名は誰も知らない。暴力の中で無軌道な生活を送る彼は、仲間と徒党を組んでは窃盗を働き、銃を振りかざしてはカージャックを犯し、その日をただ、怒りと憎しみを糧に生き延びるかのように暮らしていた。名前を捨て、過去に口を噤み、未来から目を逸らして……。
 ある日、少年はひとつの小さな命に出逢う。「生きること」の意味を見失っていた少年は、その小さな命と対峙することで、図らずも「生きること」の価値を見つめ、最後にはそれを選びとることとなる。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『ツォツィ』作品紹介

 南ア最大の都市ヨハネスブルク。その最大のタウンシップ(旧黒人居住区)ソウェトのスラム街にツォツィと呼ばれるひとりの少年がいた。本名は誰も知らない。暴力の中で無軌道な生活を送る彼は、仲間と徒党を組んでは窃盗を働き、銃を振りかざしてはカージャックを犯し、その日をただ、怒りと憎しみを糧に生き延びるかのように暮らしていた。名前を捨て、過去に口を噤み、未来から目を逸らして……。
 ある日、少年はひとつの小さな命に出逢う。「生きること」の意味を見失っていた少年は、その小さな命と対峙することで、図らずも「生きること」の価値を見つめ、最後にはそれを選びとることとなる。

原題:Tsotsi、2005年、イギリス・南アフリカ、上映時間:95分)

キャスト&スタッフ

監督:ギャヴィン・フッド
出演:プレスリー・チュエニヤハエ、テリー・ペート、ケネス・ンコースィ、モツスィ・マッハーノほか

公開表記

配給:日活、インターフィルム
2007年4月14日(土)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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