インタビュー

『女帝[エンペラー]』フォン・シャオガン監督 インタビュー

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善と悪というものは本来、それほど明確に線引きできるものではないと思います

 愛と欲望が渦巻く絢爛豪華な宮廷を舞台に、“アジアの宝石”チャン・ツィイーが情熱と野望を心に秘めた王妃役に挑んだ壮絶なる復讐劇『女帝[エンペラー]』。コメディ映画のヒット・メーカーとして中国内でNo.1の興行収益を誇るフォン・シャオガン監督が、新境地を開いた本作について大いに語ってくれた。

フォン・シャオガン監督

 1958年、中国・北京生まれ。91年、金鶏賞の最優秀脚本賞をはじめ4部門で受賞を果たしたシャー・ガン監督作『Unexpected Passion』をチェン・シャウロンと共同執筆し、脚本家としての第一歩を踏み出す。翌92年、再びチェン・シャウロンと共に『再見(ツァイチェン)のあとで』(93)の脚本を手掛け、金鶏賞の最優秀フィクション映画賞、最優秀脚本賞など、五つの賞に輝く。94年には中国の現代都市生活を探求する『Gone Forever with My Love』で監督としての突破口を開き、彼の長編映画監督処女作品となる『夢の請負人』(97)もリリース。両作品ともたちまち大ヒットを記録する。『遥かなる想い』(98)、『ミレニアム・ラブ』(99)、『Sigh』(00)では自身の興行成績記録を更新し続け、批評家、一般観客両者の間で大きな話題となった。
 さらに彼の近年の作品『ハッピー・フューネラル』(01)、『Cell Phone』(03)、『A World Without Thieves』(04)は中国全土で過去の興行成績記録を次々と塗り替え、今やフォンは国内ナンバーワンの興行収益を誇る監督である。

チャン・ツィイーさん、グォ・ヨウさん、ダニエル・ウーさんとお仕事をされた印象をお聞かせください。

 彼らの力量を信頼した上で、私はこういうキャスティングをしました。チャン・ツィイーさんはよく「ラッキーな女優」だと言われて、そのことだけが強調されがちです。例えば、チャン・イーモウ監督の作品、またはアン・リー監督の作品に恵まれ、ハリウッドでも活躍していますからね。さらに、彼女はどちらかというとアクション女優だと認識されていると思いますが、本人としてはそういうところを変えたいと思っていたはずです。彼女はもともと、北京の中央戯劇学院の出身で、きちんと演技の基本を学んだ女優さんなのです。ですから、アクションよりも演技で勝負できることを目指していると思いますので、今回の作品ではアクションの部分はそんなにありません。どちらかというと心理描写ですとか、深い演技が求められていたわけです。それに対して、彼女は十分に応えてくれたと思いますね。非常に思いきりがよく、真剣に取り組む人で、すばらしい演技を見せてくれました。私の信頼に十分叶う女優さんでしたね。
 このチャン・ツィイーさんが演じた王妃というのは、野心を抱きつつ、一方で愛をずっと求め続けている女性です。この心理的に非常に複雑な役柄を、彼女は立体的に演じてくれました。
 中国では美しい女優さんのことを“花瓶のように美しい”と言います。チャン・ツィイーさんは確かに美しい女優さんではありますが、ただ美しいだけの人ではありません。演技者としても非常に力量があり、感情を爆発させなければいけないところは確実にそれを表現してくれます。
 グォ・ヨウさんは、チャン・イーモウ監督の『活きる』でカンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞しています。この作品は日本では公開されましたが、中国では公開されていませんので、中国の観客は彼があのような役を演じるのを見たことがないわけです。私の映画でもずっとコメディを演じてくれていましたので、中国の観客にとってグォ・ヨウさんはコメディ俳優であって、スクリーンに出てきた途端、彼がどんな表情をしていようが、みんなワッと笑ってしまう感じなんですね。それくらい、コメディ俳優として有名な人なのです。しかし、彼もチャン・ツィイーさんと同じように、そういう自分のイメージをガラリと変えてみたいと思っていました。それでこの『女帝』では皇位を簒奪して新帝になるリーという役を演じたわけですけど、腹のすわった非常に的確な演技をしてくれましたので、この作品自体の大黒柱になってくれたと思いますね。
 韓国で本作が上映されたとき、このグォ・ヨウさんの演技が大きな注目を浴びました。皆さん、「すばらしい演技をされる役者さんだ」とおっしゃってくださったのです。「韓国では彼のコメディ俳優としてのキャリアはあまり知られていませんが、中国では、香港のチャウ・シンチーさんのような存在なんですよ」と韓国の観客の方々に説明しますと、非常に驚かれましたね。
 ダニエル・ウーさんですが、皇太子ウールアンのキャスティングにあたっては、とにかく私は貴公子の雰囲気がある人を起用したかったのです。そういう俳優を大陸(中国)でも探しましたが、皇太子としての気品を出せる俳優は見つからなかったんですね。そこで香港でも探しまして、ダニエル・ウーさんをキャスティングすることになったのです。
 私は彼のあの低い声がとても気に入りましたし、憂いを含んだ顔立ちをしていながらも、男っぽいところもいいと思いました。今の若い俳優は、見栄えのする人は大勢いますが、みんな何となく女性っぽい感じがして、男っぽい雰囲気の人はなかなかいません。その点、ダニエル・ウーさんは私のイメージにピッタリでした。私の見るところ、香港の新しい世代の俳優の中では、一番底力がある人だと思いますね。彼は、アンディ・ラウさんの明るく男っぽい雰囲気と、トニー・レオンさんの憂いに満ちた雰囲気の両方を兼ね備えているという印象を受けました。

グォ・ヨウさんとは何度もお仕事をされていますが、俳優としてはどのようなところが魅力ですか?

 私の映画の中で、グォ・ヨウさんの演技が一番すばらしいと思ったのは『携帯電話(原題)』という作品ですが、彼は本当に作品毎にいい味を出してくれています。実にユニークな俳優で、例えばチャウ・シンチーさんのように大げさな演技はしません。どちらかというと地味な演技で、彼自身は笑っていなくても、それを見た観客は笑ってしまうんですね。抑えた演技の中からユーモアを引き出すという点で、ウディ・アレンに似たタイプかもしれません。

この映画はシェイクスピアの「ハムレット」を下敷きにされているということですが、なぜ「ハムレット」を選ばれたのですか?

 これはもともと、製作会社が私のところに持ち込んでくれた企画でした。私はこれまでコメディを主体に映画を撮ってきましたが、少し方向を変えてみたいと考えていた頃でしたので、この企画は大きな魅力で、興味をそそられたわけです。ただ、脚本は大幅に変えさせました。「ハムレット」からもっと遠ざかったものにしたいと思ったのです。むしろ「ハムレット」を忘れて、新たなものを作り出そうという考えでこの撮影に臨みました。しかし、西洋の観客も視野に入れていたので、「ハムレット」を下敷きにしたということは非常に優位に働いたわけです。中国版「ハムレット」と一言で説明できますし、宣伝効果もあったと言えるでしょう。ただし、製作の段階では「ハムレット」を完全に忘れること、中国の物語に仕上げることを眼目としました。私はよく、これは「ハムレット」ではなく、「レディ・ハムレット」だと言っていましたね。つまり、チャン・ツィイーさん演じる王妃ワンにフォーカスしたわけです。
 また、これまで作られてきた中国の多くの時代劇とは全く異なる雰囲気のものに仕上げたいという思いもありました。ビジュアル的にも、これまでの映画とは一線を画したいと考えていたわけです。そういう意図をもって、私なりの中国版時代劇「ハムレット」を撮りました。

全編を通じて美しい映像に圧倒されました。ロケ地についてと、美術へのこだわりについてお話しいただけますか?

 本作ではさまざまなロケーションを使いました。セットのシーンは北京で撮影しましたが、雪原のシーンはソ連との国境地帯で撮り、オープニングに登場する竹の舞台のシーンは南の安吉という所をロケ地に選びました。安吉の役所はこの撮影に大変興味を示してくれまして、『女帝』のロケ地として観光名所になるのではないかという期待も込めつつ、竹の舞台を作るのに大いに協力してくださいました。実際、今そこは観光のポイントとなっているんですよ。
 美術に関しては、二つの要素を強く意識しつつ仕上げました。まず一つは、チャン・ツィイーさんの役柄が体現する宮廷の一族を象徴するウィスキーの芳香、そしてダニエル・ウーさんの役柄が体現する澄んだ清らかなお茶の香りです。その両方をイメージしながら、美術にこだわりました。

これは単なる復讐劇ではなく、善と悪との境界が非常に曖昧になっているところが魅力でしたが、そのことは意識されましたか?

 そうですね。これは商業映画であって、芸術映画とは違いますから、本来ならば善と悪を分かりやすく描くべきです。善が迎える結果というものを観客に明確に見せるように撮るのが本当なのかもしれませんが、今回私はそのようには撮りませんでした。これまで私が撮ってきたコメディの中にも悲しくて泣くシーンはありますし、悲劇の中にも喜劇があり、喜劇の中にも悲劇があるのが人生です。善と悪というものは実は、そんなにはっきりしているものではないと思うんですね。つまり、この作品では、善と悪のちょうど境界の辺りを描こうとしました。なぜなら、悪にもそれぞれの理由があるからです。例えば、自分自身を守るため、という理由付けもできるわけです。グォ・ヨウさんが演じるリーという皇帝にしても、残酷な反面、非常にロマンチストな一面もあり、愛を心底信じてしまいます。そのように、人間には両面があるものです。善と悪というものは本来、それほど明確に線引きできるものではないと思います。
 この映画でチャン・ツィイーさんは、王妃ワンと彼女に関わる人物、つまりダニエル・ウーさん演じる皇太子ウールアンとグォ・ヨウさん演じる皇帝リー、そしてジョウ・シュンさん演じるチンニーといった人物たちとの絡みの中で、善と悪がない交ぜになった非常に複雑な心理状態を見事に表現してくれました。

これまで、コメディから本作のようなスケールの大きい作品まで撮られてきましたが、今後はどのような映画を作りたいとお考えですか?

 この映画の前の作品『イノセントワールド -天下無賊-』が、私の映画の転換期だったと言っていいと思います。この映画から私の作風は、ややロマンティックな方向に向かっていきました。それは意識的でもあったわけですが、特にこの『女帝 エンペラー』ではそういう面が強調されています。
現在は、『集結号(原題)』というタイトルの戦争ものがポスト・プロダクション中です。これもまた、同様の路線と言えますね。

 中国ではこの人のコメディ映画を観なければ、旧正月が明けないと言われているというほど、大陸で圧倒的な人気を誇る映画監督フォン・シャオガン。タバコをプカリとふかしながら、「少し方向転換してみたくなった」と軽くおっしゃる割には、この徹底的に計算され尽くしたユニークな様式美にはまさしく圧倒される。監督が「レディ・ハムレット」と呼ぶ物語で心に闇を抱えたヒロインを演じきったチャン・ツィイーにとっても、女優としてマイルストーン的な作品になっただろうことは間違いない。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『女帝[エンペラー]』作品紹介

 時は、五代十国時代。
 皇帝の弟リーが、兄を殺して王位を奪い、皇太子をも抹殺しようとしていた。皇帝を殺された王妃ワンは、密かに想いを寄せていた義理の息子である皇太子を守るため、新帝リーとの結婚に同意する。憎き男に抱かれながらも、魂は復讐の神に捧げる王妃。彼女への欲望に溺れながら、皇太子暗殺を企てる新帝。争いを憎みながら、父の仇を討つ決意をする皇太子。
 ……遂に、時は満ちた。
 ある夜、国を挙げての盛大な夜宴が開かれ、一つの盃に毒が盛られる。果たして盃は誰の手に──?

英題:THE BANQUET、2006年、中国・香港、131分)

キャスト&スタッフ

監督:フォン・シャオガン
出演:チャン・ツィイー、グォ・ヨウ、ダニエル・ウー、ジョウ・シュンほか

公開表記

提供・配給:ギャガ・コミュニケーションズ Powered by ヒューマックスシネマ
2007年6月2日(土)、有楽座ほか全国東宝洋画系にてロードショー

(オフィシャル素材提供)

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