イベント・舞台挨拶

『ほつれる』トークショー付き試写会

ⓒ2023「ほつれる」製作委員会&COMME DES CINEMA

 演劇界で注目を集める気鋭の演出家・加藤拓也が監督し、門脇 麦(『愛の渦』『あのこは貴族』)が主演を務める映画『ほつれる』(9月8日、新宿ピカデリーほか全国公開)の公開を記念して、漫画家・松本千秋と、映画ライターSYOをゲストに招いたトークイベントが開催された。

 登場人物たちそれぞれの心情に寄り添う松本千んと、どこか俯瞰で鑑賞しながら、絶妙なバランスで描かれる登場人物たちの人間関係について「ホラー的でもある」と評するSYOのそれぞれの考察が繰り広げられ、鑑賞後の観客は大きく頷きながら聞き入るなど一体感に包まれたイベントとなった。SNSでも「リアリティーのある会話に引き込まれあっという間だった」「考察しがいがある作品。違う視点からもう一回観たい!」「映像美だけでもたのしめる」など次々と感想が上がり、公開への期待が高まっている。

 試写会上映後、漫画家の松本千秋と映画ライターのSYOが登壇しトークイベントが開催。東京在住のさまざまな人間模様が描かれる「トーキョーカモフラージュアワー」などで男女のリアルなやり取りを描き共感を集める、漫画家の松本千秋は、まず映画について「主人公の綿子が何を考えていたんだろうと謎に包まれたまま観終えたのが、初めて観た時の感想で、今皆さんがそういう状態なんだと思います(笑)。でも二回三回と観返すことでいろいろな台詞の繋がりに気づかされた映画」と振り返り、映画ライターのSYOは「常に繕ったり仮面をつけたり、虚飾がだんだん剝がれていく主人公が面白い。共感するよりもむしろ“箱庭”を見ている感じ。いい生活をしている人たちが些細なミスからどんどん崩れていく過程を見ている自分に気づかされる、自分自身が画面に映る感覚。画面に映る小物だったり、部屋だったりから、登場人物がどういう生活を望んでいて他人にどう見られたいのか、への統一感がすごい。こういう“層”の人と思ってみてしまう自分もいて、自分が他人に対してランク付けしていることに気づかされる」と初見時の印象を語った。

 映画『ほつれる』は、冷めきった夫婦関係が続く主人公・綿子(門脇 麦)と文則(田村健太郎)、そして綿子と頻繁に会う友人・木村(染谷将太)が、目の前で事故に遭い帰らぬ人となってしまう。心の支えとなっていた木村の死を受け入れることができないまま変わらない日常を過ごす綿子は、揺れ動く心を抱え、木村との思い出の地をたどる。過去を振り返るうち、綿子は夫や周囲の人々、そして自分自身と、ゆっくり向き合っていく物語。

 松本は劇中描かれる綿子と文則の“冷めきった夫婦関係”について「文則への愛が冷めいても、綿子は今の恵まれた生活を捨てるのはちょっと……と思わせる部屋で、文則はその部分を強みに変えることで、俺といればもっといい生活が送れるということを暗に匂わせている。深読みしすぎかもしれませんが、文則は文則でいままでいろいろな人と浮名を流して離婚を経験して、そろそろ離婚するにはカッコ悪い、離婚する自分を止めたいと感じている。離婚しないように綿子にグレードアップした生活を提示することで、綿子に決断を急かしていたんだと思いました」と新居を探す二人の内見シーンひとつでも、とてもスリリングな攻防があることを指摘し、SYOは「誰に焦点を当てるかで印象がかなり変わるし、俯瞰で見てそれぞれの思惑を推測して楽しむという、若干ホラー的でもある」と映画を評した。

 また松本は「専業主婦は仕事というアイデンティティがないので、良いステータスの旦那さんと結婚していることで自分のアイデンティティが保てるところがある。それを手放す恐怖、私にはこれしかないじゃない、という中で、専業主婦として愛しているか分からない旦那さんとの関係を保つには、別の男性と不倫するしかなかった。でもその恋人がいなくなってしまったことで“無”になってしまった状態だったのかもしれませんね」と私見を語った。

 さらに後半に綿子が見せるある行動について“女性”を感じたと語る松本。「女の人って過去に傷ついたことを永遠にぶり返して相手を攻めるところがあるんですよね。綿子が言い返すことは全て文則の過去のこと。今話している内容と関係ないのに、それを引きずり出してくる。そこが女性として一番リアルを感じました」と共感を寄せ、SYOは「男性が全員そうとは限りませんが、どこかその瞬間(犯した過ちについて)本気で土下座したら消える、という感覚はあります(笑)」といち男性の意見も挟み、自分と文則を照らし合わせて「自分も文則のように理論武装するところがある。でも映画のように過去の過ちの話をされると黙る(笑)。この映画は教訓にもなりますね」と語ると、「理論武装を聞いてくれる時は相手にまだ愛がある時。いつも向き合ってくれるいい夫と思っていたけど、途中から“この人向き合うの好きだな”としか思えなくなってくる。そうなると映画の綿子のように、聞いているのか聞いていないのか分からない状態が出来上がってしまったのではないか。夫婦の歴史が、お互いのテンションの違いを生んでしまったのではないか」と綿子の変化も考察。またそんな“無”の綿子と文則の会話について「私自身だって自分が誰のことが好きで、誰のことがまだ好きか、この人のことをまだ嫌いなのかどうか、分からないことがよくある。文則から君はどう思っているの?と聞かれても、言わないのではなく、“私も知らない”んだと思う。綿子も文則が好きなのか?愛していたのか?何回も劇中考えていたんだと思う。私は誰が好きなのか? 誰が大切? 私の経験上、毎日それが変わるから、それを自分で分析出来ていないから綿子の“だんまり”だったのかな、と思います」と感情を表わさない綿子について深読みした。
 最後に松本から「1回観るより、繰り返し観てどんどん分かっていく作品。考察し甲斐のある映画なので、また違った方向から観てもらいたいです」と語り、SYOは「観た人同士で話しが弾む映画。自分が思っている恋愛の正義・価値観が暴かれてしまう映画なので、この人と今後お付き合いしていきたいと思える人と観て判断材料にするのもいい。人を“ほつれ”させる何かがある」と語り盛大にイベントは幕を下ろした。

 登壇者:松本千秋(漫画家)、SYO(映画ライター)

オフィシャル・サイト(外部サイト)

https://bitters.co.jp/hotsureru/

公開表記

 配給:ビターズ・エンド
 9月8日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開

(オフィシャル素材提供)

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