インタビュー映画祭・特別上映

「東京ドキュメンタリー映画祭2023」『香港時代革命』平野愛監督 オフィシャル・インタビュー

 6回目となる東京ドキュメンタリー映画祭が2023年12月9日(土)~12月22日(金)まで新宿K’s cinemaにて開催されることが決定した。今年も「短編」「長編」「人類学・民俗映像」の各コンペティション部門の厳選された作品のほか、舞踏の世界や、90年代沖縄の伝説のお笑いコンビ『ファニーズ』、2016年に逝去した歌手「りりィ」の生前のライブを記録した『リリィ 私は泣いてます』の特別上映など、2週間にわたり多彩なドキュメンタリー映画の上映を行う。

 12月9日(土)10:00~と12月18日(月)14:10~に上映される『香港時代革命』(監督:佐藤充則、平野 愛)は、2019年に香港で勃発した自由と民主化を求める大規模な抗議デモを記録を続けるトラック運転手や学生記者に密着し、激動の香港に生きる人々の姿を見つめたドキュメンタリー。

 この度、上映を前に、監督の一人の平野 愛のインタビューが届いた。

平野 愛 プロフィール

 1974年生まれ。97年上海師範大学卒業。現アジアンコンプレックス取締役、プロデューサー。代表作『チャイナブルー~ある企業家の記録』(NHK2016)、『それでも声を上げ続ける~香港・記者たちの闘い』(NHK2021)など。

本作の撮影を開始した経緯をお教えください。

 2019年6月から加速していった運動の中で、香港の友人たちが、「今こういうことが起こっているんだよ。ゴム弾が市民に当たって大怪我したということがあるんだよ。それを日本に広めてほしい」とチラシだとかいろいろなものを送ってきたんです。それがきっかけで撮影をして、2020年3月にNHKで放送されましたが、49分の番組だったので、落としてしまったシーンが半分以上あり、どうしてもその部分を再編集して出したいという想いがありました。

途中、通訳らしき人の声が入りますが、監督お二人は、標準語しか分からないので、広東語の通訳を入れていたのでしょうか?

 はい。香港では、20~30年前に比べれば標準語が通じるようになっているんですけれど、私たちは中国のメインランドでしか使われていない標準語しかできないので、自分の言葉で言いたいという時は広東語がいいかなと思いました。当時は標準語が嫌がられることもありました。

香港で標準語を話すと、中国寄りと間違われることもあったんですか?

 はい。当時は「デモ隊の中に標準語をしゃべるスパイが入っているんじゃないか」という噂があって、私がちょっと標準語をしゃべると、「あいつは中国の新聞社の記者じゃないか?」などと言われるような過敏な時期で、(本作の主人公の一人の)運転手のポールが「大丈夫、大丈夫、こいつは日本人だから」と庇ってくれたりしました。

デモ隊を追うのではなく、普段トラック運転手の仕事をしている人や学生が、カメラを持ってデモを記録していく様子を追うことにした理由を教えてください。

 テレビ屋の性かもしれないですが、主人公だとか狂言回しがいると話を持っていきやすいというのがあって、この状況を漠然と撮るというのが難しかったんです。誰かが語ってくれたり、誰かの主観・視点がないと、どう撮ればいいか分からなかったんです。運転手のポールは元から友達で、状況も分かるし言葉も分かるので、ポールについて行こう、というのがきっかけでした。現場で警察とデモ隊の衝突などが起きても、そっちを撮らずに、それを撮っている人を撮っているから、何度も二度見されました(笑)。
 デモ隊も撮ろうとしたんですが、顔を出せない。そうすると、テレビに出しづらいという事情がありました。デモ隊は学生が多かったので、考えが近い同じ学生の記者にカメラを向けたら中のことが見えてくるんじゃないかという発想のもと、学生の記者にアプローチしました。彼らの苦悩も分かりましたし、結果的に良かったと思います。取材した学生の半分は今も連絡を取っていますけれど、今は第三国に行っている人が半分です。

彼らは、記者が撮影していたら、警察は無茶をしないため、デモ隊を守るためにもなるということもあり、使命感を感じ、ノーギャラでやっていたんですよね?

 完全にボランティアです。ポールは、SocRECという市民撮影のNGOを作ってFacebookやYouTubeに自分たちのチャンネルを持っていて、公務員だったり調理人だったり看護師だったりいろいろな職業の10人から15人の市民ボランティアが、いろいろな角度から撮って投稿するというボランティア活動をしています。学生たちは、部活・サークルというような形だったので、もちろんギャラはもらっていないです。

「自分が写真・映像を公開することで、誰かを逮捕や死に追いやるかもしれない」という、素人が簡単に手を出してはいけない分野だと思いますが、2001年から撮影をしているというトラック運転手のポールさんやSocRECのメンバーなどが新たに記者を始めた学生などに指南していたのでしょうか?

 香港も中国もそうですけれど、中国語では敬語がなく、あまり上下関係がないんです。「こういうところは警察がいがちだから気をつけてね」というようなことはありましたが、誰かの行動を止めるということはなかったです。あの頃は、それが誰かの不利益になるかもしれないというのは、劇中の男の子が言葉にしたくらいで、どれだけ撮れるかという想いのほうが強かったと思いますし、今となれば、いろいろな記録が残っているのは大事なのではないかと思います。

劇中に登場する記者のうち、逃亡犯条例改正案反対運動の初の大規模デモが起こった2019年6月9日から記録を始めたという方が2人いましたが、本作の撮影はいつから始めたんですか?

 翌日に大きいデモがあるということで、2019年の8月30日に初めて香港に入りました。大阪を活動拠点にされている、劉燕子さんという民主活動家を支援している著作・翻訳家の方に「香港で歴史が動く瞬間かもしれないよ。愛ちゃん、一緒に行こう」と言われました。天安門事件の時はまだ中学生だったので「歴史が変わるかな」という雰囲気しか分からなかったんですが、2019年の時は、「今行かないといけないんじゃないか」と思い、一緒に行きました。
 ポールが空港まで迎えにきてくれていたんですけれど、数日前に市民たちが空港占拠をやって解除されたばかりだったので、入れなかったんです。ポールに会うのもなかなか大変でした。会ったら、ポールが興奮していたので、「珍しいな。よっぽど伝えたかったんだな」と思いました。そして、最初に撮ったのが、劇中の歩道橋のレノン・ウォールです。翌々日には戦争みたいになっていたので、頭がついていかなかったです。

本作では8月末には歩道橋にあったレノン・ウォールが月日が経ち、移動している様子も分かりましたが、券売機の上に積まれたお金に関してはどうなったのでしょうか?当初は、駅員たちも見て見ぬふりをしてくれていたのだと思いますが。

 11月に警察が香港中文大学に突入した後取材に行った時にはレノン・ウォールは無くなっていました。11月12月には「剥がされちゃうんだよ」という話をしていたので、券売機の上のお金も同じくらいの時期に無くなっていたのではないかと思います。券売機の上にお金が積まれているのを見た時は感動しました。最初は何をやっているのか分からなかったんですけれど、ポールが説明してくれました。私は返還前後の香港しか知らなかったので、お金にがめつい人が多かったのですが、市民同士が誰かを思いやるということが生まれるんだなと感動しました。

本作では、世代間で考えが違う家族について触れられていますが、平均的な家庭は、親世代は親中派なのでしょうか?

 香港は、特に中国からの移民が多くて、戦後や文化大革命の混乱の中で移民が流入してくるので、中国への郷愁というのがあるんです。親戚がいるし、中国がまだ貧しかった頃年に1回帰る時には、できるだけの服を着ていって向こうで全部脱いで置いて帰ってくる、というような人も多かったです。その郷愁につけ込んだ中国政府のやり方は卑怯だなと思います。中国=中共(中国共産党)と刷り込まれてしまっている。若い人も先祖は中国なので、中国への想いはあるんですが、民主化して、自由とはなんなのか、中国政府と中国人は別だということがある程度分かっていて、専制政治はダメだと主張しています。親中派が自分の故郷と中国共産党を一緒くたにしてしまっていて、家庭の中で対立を生んでいるのが悲しいところです。学生たちは、行けば絶対怒られるからと、親戚で集まることが極端に減ったと言っていました。

2020年1月19日のチャーター・ガーデンのデモには、登場人物のみんなが揃い、クライマックス感を感じましたが、たまたまだったのでしょうか?

 「何月何日のデモに行く?」とWhatsAppで聞くと、「今日は行くよ」「行かない」と言うやりとりがあったんですが、なぜかあの日は全員行くとのことでした。12月の暮れから佐藤のほうが撮影をしていたんですが、佐藤が「一人ではとても撮影ができない」とのことで、私は大阪のNHKに別件を納品して、そのまま夜中の飛行機で香港に向かい、翌日の夜撮影をしました。クライマックスを意図してはいなかったんですけれど、ああいう大規模なデモをするのは、結果的に最後になったので、結果そんな感じになりました。あの頃にはコロナが蔓延して、街中では人々がマスク購入のために並んでいる横でデモをしていたので。香港はSARSを経験していたので、すごく敏感だったんです。あの頃にはデモの許可が出ることが珍しくなっていて、許可が下りたということで、みんな集まったんですが、1時間もしないタイミングで警察が止めに入りました。ただそれは予想していたので、佐藤は集会の外で警察を探していて、「武装してるぞ。もう来るぞ」と連絡がありました。今ではデモの許可は全然出ません。

本編では2020年1月までを追っていますが、本作の完成まで時間がかかった理由はありますか?

 闇雲にすごい量を撮ったんですが、NHKの番組では49分にまとめなければならず、ほとんど落としてしまったので、大事な部分も落としてしまったという想いもありました。仕事の合間に少しずつ編集を始めました。ちゃんと完成させようと思ったきっかけは、今年2月に開催された座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルです。

それ以降も撮影を続けていて、第二弾の映画もあるのでしょうか?

 今も撮影を続けています。2020年に日本でいう治安維持法に似ている国安法が導入されてしまって、いろいろなNGOが潰されていく中で、民主的な発想のニュースを出していたアップルデイリーが潰されたので、2020年はそこの記者を追いました。翌年は、同じアップルデイリーの同僚とスタンドニュースが潰されたので、今も追って、継続して香港を見つめ続けようとしています。NHKでは来年の3月に「それでも声を上げ続ける」の第三弾が放送予定ですが、その3本を一つの流れとして映画にできないかなと考えています。

本作出演者は本作を観てどういう反応でしたか?

 ポールは、「良かった良かった。よそから買ってきた映像がなく、全部自分たちで撮ったものだったね」と喜んでくれました。親中派の皆さんもめちゃくちゃいい人たちだったんですが、親中派の方の1人は、国安法の施行後、外国人と付き合うのはどうなのかといろいろ考えたんだと思うんですが、WhatsAppだとか全部ブロックされました。映画を観た後もやりとりは続いていたので、映画を観たからというのが理由ではないと思うんですが。

本作は新宿K’s cinemaで開催される東京ドキュメンタリー映画祭2023で上映されますが、いかがですか?

 感謝しかないです。ドキュメンタリーって商業的に成功するのはなかなか難しいので、ドキュメンタリーに焦点を当てた映画祭を開催するのは、すごく難しいと思うんです。ドキュメンタリーそのものは10年、20年、50年、100年経ったらすごく重要な記録にもなるはずだけれど、今すぐ見たいかと言ったら違ったりするので、そこに尽力されているのは素晴らしいと思います。

読者にメッセージをお願いします。

 2019年に香港で民主と自由のために立ち上がった人々の姿というのは、おそらく香港だけじゃなく、世界中の自由と民主を重んじる人たちに勇気を与えたんじゃないかなと思います。少なくとも私は大変な勇気をもらいましたし、立ち上がった人たちにすごく尊敬の念を抱いています。なので、ここから日本人は、何を得てどう今後の行動に活かすかのある種のヒントになればと思います。「内閣官房機密費を自由に使うなんておかしいよ」だとか、「この社会のここはおかしい」ということに声を上げたりだとか、怒るべきところは怒らないと、自由や民主は少しずつ削られていって、自分たちの足元が危うくなるんじゃないかなというのは、香港のこの人たちから学んだので、次世代の自由でご飯も美味しくて温泉も素晴らしい日本を守るためには、今私たち大人が考えるべきだと思いますし、若い人たちはそれが簡単じゃないな、怒るところは怒らないといけないとということを少しでも感じていただければと思います。

平野 愛の事務所の香港グッズ・コーナー

『香港時代革命』

 監督=佐藤充則、平野愛/2022年/117分/日本

 2019年、香港では自由と民主化を求める大規模な抗議デモが勃発。警察の暴力に抵抗するデモ隊を、市民や学生の立場で支持し、撮影する人々がいた。しかし破壊行為への反感から政府支持の市民も現れ、デモは行き詰まる。分断の進む中、もがきながら記録を続けるトラック運転手や学生記者に密着し、激動の香港に生きる人々の姿を見つめる。

東京ドキュメンタリー映画祭2023

 開催期間:12月9日(土)~12月22日(金) 新宿K’s cinemaにて開催
 

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(オフィシャル素材提供)

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