
登壇者:佐津川愛美(俳優)&奥浜レイラ(映画・音楽パーソナリティ)
第74回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で上映され、高い評価をうけた社会風刺を効かせたヒューマン・エンターテインメント『ラ・コシーナ/厨房』が、6月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開中。
公開初日、ヒューマントラストシネマ有楽町において公開記念トークイベントが実施された。映画好きとしても知られる俳優の佐津川愛美と、本作の舞台となるNYに留学経験もある映画・音楽パーソナリティの奥浜レイラが、作品の魅力をたっぷりと深堀りした。
本作の舞台は、スタッフの多くが移民で構成されたニューヨークの観光客向け大型レストラン「ザ・グリル」。その人間関係を時にユーモラスに、時に痛烈に描いたヒューマン・エンターテインメント。イギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーが書いた 1959年初演の戯曲「調理場」を原作に、舞台をニューヨークの観光客向けレストランに移し、まぶしく先進的な街と、レストランで働きながらアメリカン・ドリームを求めて滞在する移民たちの対比が全編ほぼモノクロームでスタイリッシュに描かれていく。
登場人物は、「ザ・グリル」の料理人のひとりでメキシコ移民であるペドロ、彼の恋人で秘密を抱えるアメリカ人のウェイトレス・ジュリア、「ザ・グリル」の新人スタッフであるエステラを中心に、個性的な面々が登場する。
佐津川愛美が俳優として語る“長回し”の魅力
衝撃かつ怒涛のラスト・シーンを鑑賞し終えたばかりの観客を前に「ただでさえ金曜日は疲れてしまうのに、この映画を観たら疲れちゃいますよね(笑)」と観客を気遣う言葉から始める佐津川愛美。「この世界に没入してしまうと、さすがに疲れますよね……(笑)」と同意する奥浜レイラ。映画の感想について、佐津川は「要素という意味でいうと、私の好きなものが詰まっていて、モノクロでワンカット長回しとか」ともともと好みの作品だったことを明かし、「観ていて気づいたら“あれ、これは長回しだ!”と気づいた瞬間があって。気づいたら始まってた……そういう感じが好きなんです」と振り返る。それに「分かります!」と大きくうなずく奥浜。続けて佐津川は「ここから行くぞ!という長回しはよくあるんですけど、自然にそのまま始まっていく感じが好きで……この映画も、途中まで気づかなかったんです。“あれ? もしかして?”と思ってからも長かったので、そこからも楽しめました」と語る。長回しを好きな理由として「どう考えてもノリではできないんです」と語る佐津川に対して、奥浜は「俳優さんだからこそ、それは痛いほど分かると思うんです」と納得した様子のコメント。続けて佐津川は「芝居する側だけじゃないんです。この映画だとカメラワークに合わせて出たり入ったり、タイミングに合わせて戻ってこないといけないし、かといって役柄としての気持ちにもなっていないといけない。相当練習したんじゃないかと思います」と俳優目線で解説する。さらに、「厨房でチェリーコークによる洪水が起こりますが、あれ自体失敗したら終わりです。現場では機材トラブルだってあるんですよ。水がうまく出ないこともある……いくつも大変な要素が詰まっていて、役者としては燃えるんです。皆で“やるぞ!”……となる良さもあるし」と、魅力が尽きない様子。佐津川は約20分にも及ぶ長回しのシーンに臨んだ経験があると言い、「まずは1回やってみようと。でも、1回目のよさって絶対あるんです。慣れてしまうと“こなした”感じになってしまうから、それを嫌がる監督も多いし、演じる私たちもなぞってしまうところが出てきてしまう……」と振り返る。その上で、「この映画の長回しは相当の準備が必要だったはずです」と強調した。

撮影のために作られたレストランのセットと、そこで描かれること
奥浜は、本作の土台にこのシーンの長回しがあったことを紹介し、「監督は、そのための構造を持つレストランのセットを作ったんです」と紹介。ザ・グルメはニューヨークのマンハッタン49丁目にある設定で、エステラがお店に初めてやってくるシーンで登場するレストランについて、奥浜から「あのお店の本当にすぐ近くの学校に通っていた時期があるんです」と驚きの証言が飛び出す。続けて「自分の誕生日の時期にちょうど留学をしていたので、誕生日ぐらいいいものをたべよう!……と近くのレストランに入ったんです。ザ・グルメのようなお店の広さは、このあたりにはなかなかないんです。天井もあそこまでは高くなくて、店内が暗いお店も多い。そして、料理は全然美味しくない(笑)。なぜなら、美味しくなくてもお客さんはひっきりなしに来るから」と、現地を知るゆえの解説が続く。佐津川は、「撮影のための広さなんですね!」と納得した様子。
トークイベントを実施したヒューマントラストシネマ有楽町では、同館定番のコラボドリンクメニューとして、チェリーコークを販売中だ。奥浜は、「チェリーコークは日本ではなかなか飲む機会がないと思います。上映が始まる時に、かなりの方が手にチェリーコークを持っていらして……買われた方いらっしゃいますか?」と観客に呼びかけると、あちこちから手が挙がる。「皆さんなぜ分かったんですか? 映画でチェリーコークの機械が壊れることを(笑)」とリアクション。佐津川は、「すごいですよ、あの洪水は(笑)。あの量でも歩くんだ……」と驚きを隠せない様子。奥浜も、「“滑るから直して!”と言ってるスタッフはいるんだけど、それどころじゃないぐらい忙殺されているという状況が続いていきます」と、このシーンをきっかけに仕事環境、働き方などについての話にも及び、ふたりとも話が止まらない様子だ。
奥浜は、クライマックスで主人公のペドロが起こすことについて「ラストではとんでもないことになってしまいます。こんなこと起こすわけないじゃないか!……って一瞬感じるんですが、それは私たちの心をかき乱したり、寓話的に見せていくための“装置”としてあそこまでのことを描いているんだと思うんです。観客を別の世界に連れて行った上で、この社会のメタファーとしての縮図を見せていくんだという気概が感じられて、だからこそのあのシーンなんだなと……」と結んだ。

ペドロとジュリアの関係性について、佐津川は「男と女による価値観の違いと片付けてしまっていいのか分からない空気感がありました」とコメント。続けて「ペドロはロマンチックに言葉を紡ぐんですが、本当にそう思って言ってるのか……。でも、ジュリアは現実を見ている。ふたりはもちろん惹かれ合ってはじまりがあった訳だけど、実際に現実を見た時に、“女性の現実観”が出てくる。面白いというよりも興味深さを感じました」とコメント。奥浜からは、「私がもしふたりと同じ厨房で働いていたら、“ちょっと!”と言ってしまうかもしれません(笑)」とツッコミが入る。
俳優・佐津川愛美が、先月忙殺されていた意外な理由
ペドロは、忙しすぎるゆえクライマックスで思わぬ暴走を起こす。佐津川は「俳優って、普段何をしてると思われてるのかな……? 私は、現場に入ってる時は逆に気持ちが急かされていない気がします。準備をして、現場に入ってしまえばそこに集中できるから忙しいという感覚はないんです。ドラマだと眠れないというのはありますけど(笑)」と語った上で、「本業をやっていない時のほうがむしろ忙しいかもしれません。先月は本当にヤバくて……」と近況を紹介。「何が忙しいのかって、やることが多すぎて。企画書や進行台本を作ったり、それこそメールのやりとりやいろんな根回し(笑)。この方に言う前にこちらに言ってとか、この方に伺ってからこうとか……」と言うと、奥浜は「おお……!」と感嘆の声をあげつつ「でも、それって大事です。大人ってそうです」と同意する。映画好きとしても知られる佐津川は、“映画の世界をもっと知ろう”をコンセプトに<映画と仲間『filty』(フィルティ)>という企画を立ち上げ、先月に自身がプロデュースしたトークイベントを実施。その準備作業の苦労を明かす。佐津川は、この『filty』について「私は映画でデビューさせていただいて、映画の現場が大好きで……。映画の現場について多くの方に知っていただきたいと思って、お子さん向けに映画の撮影現場を体験してもらおうというワークショップを去年地元で行ったんです。その活動を継続してやっていこうということと、去年、映画の現場に関わるスタッフさんにお話しを伺う『みんなで映画をつくってます』という本を作ったんですが、そのイベント版としてスタートをさせました」と紹介。奥浜からは「本を1冊作るって本当に大変なことですよね……。俳優の仕事をしながら本も作って……大丈夫だったんですか?」と心配する言葉も。佐津川は、書籍のためのインタビューの準備を通じてさまざまな気づきを得たようで、「相手の気持ちが分かれば、現場でなぜこの人はそう言ってるんだろう、なんで怒ってるんだろう……って分かるかもしれない。そこに思いやりを持てるかもしれないと。そういう気持ちを込めて……」と書籍を作った想いを語る。奥浜は、「映画が好きということを守るためには、そこで働いている他の人たちのことも想像しなくてはならないと……それはすごいことです!」と感嘆した様子。
映画のラストで、エステラが笑みを見せるシーンが登場する。さまざまな見方ができるこの“笑み”の解釈について、佐津川は「人とは違うかもしれないけど、ペドロの姿を見て、“よかったね”と思ったんです。だから、エステラも若いけど菩薩のような境地になったのかな……と観ていました。ペドロは年下にそう思われていて、彼のそういう未熟さを表す意味での笑みなのかなと感じました」と述べる。奥浜は、「いろんな解釈ができるように作られているから、答えはひとつじゃないと思います」と答える。そんな奥浜はこのシーンで聞こえてくるある音に着目し、全く異なる解釈を披露した上で「エステラは嬉しかったんじゃないかと受け止めました」とコメント。佐津川は「映画を観た人の数だけ感想があっていいと思っているので、皆はどう感じたのかな……?」と締めくくった。
公開表記
配給:SUNDAE
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中
(オフィシャル素材提供)