インタビュー

『ファースト・ディセント』ニック・ペラタ 単独インタビュー

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スポーツは誰だって出来る。上手に出来るとか出来ないとかは関係ない。ただ、やってみるだけでいいんだ

 アラスカの前人未踏の雪山を“ファースト・ディセント(=初滑走)”するために、新旧を代表する5人の世界的スノーボーダーが集結した。その想像を絶する究極の挑戦の瞬間をとらえたドキュメンタリー『ファースト・ディセント』。アラスカを知り尽くした男として今回はホスト役も買って出た先駆者的スノーボーダー、ニック・ベラタに、率直な疑問をぶつけてみた。

ニック・ペラタ

 1967年、アメリカ・アイダホ州ボイズ生まれ。彼の名を一躍有名にしたのは、90年代初期の名作スノーボード・ビデオ「クリティカル・コンディション」の悲劇的な転倒シーンである。本作でも映し出されるそのシーンはほとんど事故といっても過言ではないレベルで、しかもその後のインタビューで彼は「岩に激突して頭を数針縫って、前歯が折れて、記憶も無くなったね」と軽く語り、最後に「それでも俺はスノーボードが好きだよ」とコメントした。そのボードへの愛情はやがて人工的なハーフパイプから、より広大なフィールドを求めて最後の開拓地アラスカへの旅となった。その地で「キング・オブ・ヒル」というごく初期のスノーボード大会の運営を彼自身が主催したことは、世界中のスノーボーダーに権威的な組織に甘んじることなく、スノーボーダーの手によってスノーボードの世界を進化させ切り開くことを暗示させるマイルストーンとなった。

前人未踏の雪山で“ファースト・ディセント(=初滑走)”に挑戦するというのは、人間の限界ギリギリの行為に思えますが、どのようにして恐怖に打ち勝っているのですか?

 僕は恐怖を感じているとき、自分自身を平静に保とうとする。口もきかなくなる。ものすごく怖くても、「怖い」とは誰にも言わない。恐怖を克服するための最善の方法は、ただ行動することだ。僕は昔、バンジー・ジャンプを何度もやった。飛ぶ前は嫌で嫌でたまらなかったよ。でも、上に行ったからにはやらなきゃならない。恐怖心に打ち勝つには、ただそれを押し殺すしかないんだ。
とはいっても、恐怖を和らげる一助となる方法はある。これから滑ろうとしているスロープ、雪のコンディション、降りた先には何があるのかをあらかじめ知っておくことだ。どこに滑り降りるのか分からないことほど怖いことはない。つまり、前もって山のことをよく知っておくのは、恐怖を振り払うためにも大切なことだ。
 山に入ったら、僕は絶対に事を急かさない。じっくり時間をかけるんだ。例えばゴルフをやるときも、時間をかけていろいろなことを観察するよね? ボールを打つ前に、風を読んだり、コースのラインを読んだり、芝の状態を見たりするだろう。スノーボードも同じことだ。山ではスロープのコースを読んだり、自分がどんな場所にいるのか分からなくてはいけない。もしも何か起きたら、どこに向かうべきか、何をすべきかを判断できなくてはならない。雪崩への備えも大切だ。あらゆる装具を使いこなせることで、仲間の命を救うことができる。備えが万全であるほど、自信も備わってくるんだ。一緒に滑っていて雪崩が起きても、僕は仲間を救出できる。埋もれた場所を即座に発見する自信があるんだ。
 若いショーン(・ホワイト)とハンナ(・テーター)は山頂に行ったときは、恐怖を振り払うことができないでいた。極限的な精神状態にあることは、彼らの目を見て分かったよ。自分でコントロールすることのできない場所で滑るのは、彼らにとって初めての経験だったからね。彼らはこれまで、人間がコントロールし得る場所では自由自在に滑ってきたが、アラスカではスロープをコントロールすることは不可能だし、ここは安全だという場所も存在しない。危険に満ちているからこそ、自然には敬意を持って接しなくてはならない。
 そんなわけで、恐怖を克服するためにはまず、自分自身の課題に取り組むことだ。装備をよく点検すること。安全装置は機能しているか。一緒に滑る仲間たちがその使い方を理解しているか。それも非常に大切なことだ。あとはただ、滑るのみ。滑り始めれば、もう恐怖のことは忘れてしまう。だから、僕は山頂に上がったらぐずぐずしているのが嫌なんだ。今回は30名ほどのクルーが撮影のセッティングにかかわっていたため、僕らは頂上で3~4時間待たなければならないこともあって、それは本当に辛かったね。“雪のコンディションが変わってしまう”とか“本当にこの場所からで良かったのかな?”などと余計なことをあれこれ考え始めてしまうので、恐怖が増してくるんだ。すごく大変だよ。感情をコントロールしなくてはならない。恐怖をコントロールして、自分自身に“お前ならやれる!”と発破をかけなくてはならない。強くなる必要があるんだ。君たちが誰であるかなんて、山は全く気にしないからね。君たちがどれだけ金持ちか、どれだけの装備を持っているかなんて、全く気にしない。山はチャンスさえあれば、君たちの心臓を止め、その命を奪い去る。アラスカというのはそういう場所だと、僕はいつも思っているよ。山は僕を殺そうと待ち受けている。大きなホールがありクレバスがあり、山は僕を呑み込みたがっている。だからこそ、賢く行動しなくてはいけないんだ。僕も以前は危険を顧みずに無茶なことをした。そんなことはもう二度とやらない。人間は限界を知るべきなんだ。

テリエ・ハーコンセンさんが最高峰“7601”での“ファースト・ディセント”を終えた後に、「滑った数時間後に恐怖が襲ってくる」と語っていましたが、そういうものなのでしょうか?

 それは、これまでに大雪山の頂上に立ったことのある人間が襲われる感覚だね。初めて経験する人は、自分に何が待ち受けているのか知らないから、何と言っても滑り出す前が怖い。テリエは長年、大雪山での滑りを経験してきているから、この特別な滑降で何が待ち受けているのか熟知していた。彼は言っていたよ、「ただひたすら滑り降りた」と。そう、考えている暇なんてないんだ。世界中で彼ほど強い精神力を持ったスノーボーダーはいない。恐怖に打ち勝てる男だ。僕だったら、あんな所に行こうとは思わない。問題外だ。あんな雪の状態で滑ろうなどとは……。嫌な感じがしたら、僕は絶対にやらない。でも彼は、こうした不安をすべて脇に押しやって、やるべきことに集中できるんだ。誰よりもタフな男だ。
 初めてあの頂上に立ったら、自分の目を疑うよ。見渡す限り、300度の急斜面があるばかりだ。これほど怖い山はない。経験のある人間ももちろん、恐怖は感じるが、何が待ち受けているか分かっているので、自分のあらゆる技術を駆使して、とりあえず滑り降りることはできるだろう。そして無事にふもとに着いてから上を見上げて思うんだ、“死んでいたかもしれない。何て馬鹿なことをしたんだろう。こんなこと、やるべきじゃなかった!”と(笑)。だから、経験のある者には後から恐怖が襲ってくるんだよ。頂上に立ったら、思いきって降りてくるだけだ。滑っているときは、すごくパワフルな気持ちにもなる。でも、下に到着した途端、“自分のやったことが信じられない!”と思うんだよ。こうした経験は人を強くする。恐怖に打ち勝てる人間になれる。恐怖を乗り越えて、自分が挑戦していることを無事にやり遂げられるんだ。

今回はまさに、スノーボード界のスーパースターたちが集結したわけですが、特に若い二人、ショーンとハンナはこの経験から多くのものを得たと思いますか?

 そう思うね。特に、ハンナにとっては人生を変えるほどの出来事だった。彼女は「これから先、何が起こったとしても、私はまた絶対ここに戻ってくる」と言っていたよ。ショーンもハンナも今回、大失敗があった。コントロールがきかず、大転倒したんだ。彼らにとっては初めての経験だった。これまでは自分がコントロールできる環境で滑っていたわけだからね。転びそうになったら、平地を見つけて止まることもできた。でも、山ではそんな平地などない。だから、大転倒を経験した後は、彼らは謙虚になったね。ハンナは僕に言ったよ、「どれほど危険なのか、よく分かったわ。アラスカに来た数日間はなめてかかっていたところがあったけど、今は軽い気持ちではやれないということがよく分かった。自分はどこでも滑れると思っていたけど、それは自惚れだったわ」と。
 本当に二人とも、謙虚になったよ。本来はすばらしいスキルを持っていて、どんな山でも滑りこなす力のある子たちなんだ。自分たちの能力では到底かなわないものが山にはあるということを理解するまでには、そんなに時間はかからなかった。

スケートボード界ではZ-Boysのドキュメンタリーや映画があり、ロックスター並みの人気者となったボーダーたちの栄光と挫折を私たちは知ったわけですが、スケートボード界と比較して、スノーボード界の将来をどのようにお考えですか?

 スケートボード界はすでに頂点に上り詰めてしまい、新たに取り入れるべきこともほとんど残っていないため、その進化は今や遅々としたものになっている。スノーボードはまだまだ開発すべき余地がたっぷりあって、その進化はとどまるところを知らない。僕が思うに、スノーボーダーたちはZ-Boysと同じ道を辿ることはないだろう。スケートボード界は、あと10年くらいは進化する余地もあるだろうが、あとは落ちるのみだ。大体、スケートボードには滑る場所においても限界がある。でも、スノーボードは雪さえあれば、どこでだって滑ることができるんだ。技術的にもまだまだ進化する余地はある。それに何と言っても、スノーボードは誰でも楽しむことができるんだ。お年寄りであってもね。Z-Boysのスケートボードは多くの若者たちを魅了してきたが、コアなグループを形成させるにとどまった。あらゆる世代の人々にスポーツの魅力を伝えることはできなかった。でも今回の映画は、どうして若者たちがこれほどスノーボードに夢中になるのか、祖父母世代や親世代の人々に理解させることができるだろう。スノーボードはまだまだ新しいスポーツなので、母親たちは“どうしてうちの子は、こんなバカげたスポーツに夢中になってるんだろう?”と思っていただろうが、この映画で若者が6000メートルもの山から滑り降りるのを見たら、単なるお遊びなんかじゃないことをきっと理解できるはずだ。僕らには挑戦すべきことが残っている。雄大な山々が僕らを待っているんだ。

最後に、これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。

 皆さんが知っておくべきなのは、スポーツというのは何も、ショーン・ホワイトやテリエ・ハーコンセンだけのものじゃないということだ。スポーツは誰だって出来る。上手に出来るとか出来ないとかは関係ない。ただ、やってみるだけでいいんだ。初めてやってみたり、何か新しいことに挑戦するたびに、自分は成長しているという感覚を得られる。だからこそ、大勢の人々がスポーツを楽しむんだ。ソファーにじっと座っているよりずっといいよ。
スノーボードが与えてくれるのは“力”の感覚だ。何かを成し遂げたと感じさせてくれるはずだ。だから、僕が皆さんに言いたいのは、ただ挑戦してみてほしいということだ。きっと好きになれるだろう。スノーボードを一緒にやっていると、自分の周りにいる人々の素晴らしさも分かってくる。スノーボードは人々を強い絆で結びつけるスポーツなんだ。

 さすが、スポーツマン、語りが熱い……! 一流を極めた人だけが持つ言葉の重みに、スポーツやる気ゼロの怠惰な私も、つい心が揺れてしまった。ただ、雪国に生まれ、高校3年間無理やりスキーをやらされたものの、ついに上達することなく、おまけに高所恐怖症の私が、両足を板にくっつけて山から滑り下りるスノーボードをやることは生涯ないと思われるが。そんな私の目にも誰の目にも、ニックさんはじめ、この映画に登場する人々は、到底同じ人類とは思えない、あり得ないことをしでかしている。その奇跡の瞬間をぜひ、映画館で体感してほしい。ちなみにこのインタビューは、某スノーボード場の控え室で行われた。実は自分の家から割に近かったのだが、そんな場所がこの世にあることさえ知らなかった私。こんな機会でもなければ、一生来られなかっただろうなと、別の意味でも感慨深かったのであった。

(取材・文・写真:Maori Matsuura)

『ファースト・ディセント』作品紹介

 誰もがいつかは挑戦してみたいスノーボーダーの聖地ともいえるアラスカ。その手つかずの山々に、新旧を代表する5人のスノーボーダーたちが集結。ヘリで山頂まで飛び、前人未踏の“ファースト・ディセント(=人が初めて滑る斜面)”を征服することが目的だ。後戻りはできない。選ばれた人間のみが踏み入ることのできる領域、恐怖に打ち勝ったものだけが味わう恍惚感、一瞬たりとも気の抜けない大自然との対話……。これは目で見るのではなく体感する映画だ!

(原題:First Descent、2005年、アメリカ、上映時間:110分)

キャスト&スタッフ

監督:ケンプ・カーリー、ケヴィン・ハリソン
出演:ショーン・ホワイト、ハンナ・テーター、テリエ・ハーコンセン、ショーン・ファーマー、ニック・ペラタ、トラビス・ライス

公開表記

配給:東北新社
2006年12月23日(土)、渋谷シネ・アミューズほか全国順次ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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