日本福祉大学・美浜キャンパスにて映画『ロストケア』を通して介護について学ぶ公開特別授業が行われ、社会福祉学部のたくさんの学生が参加した。会場には主人公・斯波宗典を演じた松山ケンイチ、斯波を追い詰める刑事・大友秀美を演じた長澤まさみと、検察事務官・椎名幸太を演じた鈴鹿央士、本作の監督を務めた前田 哲監督、原作「ロスト・ケア」の著者・葉真中顕が登壇。社会福祉学部で介護殺人支援などを主な研究テーマとする湯原悦子教授と共に公開特別授業を行った。
本編を観た学生からは、「私も約4年間在宅介護をしていて、映画内で親子の言い争うシーンとか、私の家庭でも日常的にあったので、この映画は介護者と被介護者の過剰な演出ではなくて、リアルにある家庭の問題を映していると思った」と実際に若くして介護を経験した立場からの感想があがり、また別の学生からは「この映画をフィクションだと思ってはいけないと強く感じた。劇中の“見えるものと見えないもの”ではなくて“見たいものと見たくないものがある”というセリフが印象的で、“見たくないもの”こそ大事なものであって、学生としてどうやってそれを解決していくのか考えていかなければならいと感じた」という熱のこもった声が上がった。
学生と同年代の鈴鹿は学生からの感想を受けて「問題提起できる映画にしっかりなっているなと改めて思い、嬉しかったです。僕と同世代の方は、実際に介護をしたことのない方がほとんどだと思うので、この映画で介護について考えるきっかけになってほしい」と語り、印象的なシーンとして「(劇中で)綾戸智恵さんが演じていた刑務所にいれてほしいと言う高齢者の方も実際にいるというのを聞いて、撮影中不思議な感じがあり印象に残ってます」と、それに対して前田監督は、「実際にそういう事態になっている高齢者の方もいるので、あのシーンから始めたかったので、そう感じてくれて良かったと思います」と話した。
今回の原作「ロスト・ケア」を執筆した頃のことを葉真中は「私がたまたま介護をしなければいけなくなって、実際に当事者となり、突然やってくると。何も準備をしていない状況で分かったのが介護はいろいろなレイヤーがあるということなんですよね。日本社会で“格差”と言われるようになった時代で、お金とか家族間の密度とかで同じような状況なのに人と人の間にものすごい格差が生じていた。同じような年代で同じような病気になったのに、天国と地獄のようになってしまい、更に介護業界の混乱が重なりすごいことになっているのを肌で感じたので、それを小説にしようと思いました」と自らの経験も踏まえて作品の背景を明かした。
監督は本作の映画化について、「原作と2013年に出合って、憤りやすごく熱い想いを感じて、映画化しなければならないと思って始まりました。今でこそヤングケアラーという言葉も言語化されましたけど、それまでは無自覚にそういう状況に陥ってることがあったとおもうんですね。映画にどれだけの力があるか未知数ですが、映画を観た人が話題にすることが一つのきっかけになる。ニュースでも見出しで素通りしてた人がその内容を読んでみる、そういう興味を持ってもらうことが社会を変えていく原動力になると思ってます」と想いを明かした。
更に授業では介護殺人について掘り下げ、42人もの老人を殺めてしまった斯波へどのような刑罰が必要なのかについて検事役を演じた長澤は「とっても難しい問題なんですが、斯波がした行為というものは許されるものではないと思いますし、厳しい刑罰を受けることは必要なのかなと思います。だけど、斯波自身は自分がしたことに対してこれは“救い”だと、彼の正義のもとに語っているものなので法的な刑罰というのが、斯波にとってそれが罰として捉えられのか難しそうに思います。悪いことをしたから罰を与えるということだけではないと感じました」と話した。
父親の介護で追い詰められていく息子の演技をとてもリアルに演じた松山。劇中でも介護者が直面する困難がさまざま描かれている今作で斯波の役柄について松山は、「すごく意識したところがあるんですが、斯波は皆さんと何も変わらない、異常者ではないというのを大事にしました。外側から見ていると事件ということだけで見てしまって、誰かに助けを求めれば良いのにと思ってしまうと思うんですけど、そうではない状況が裏側にある。立場によって見ている景色が全く違う。それを防ぐために、誰かと話をしたり介護することを共有する、どういうセイフティーネットがあるのか調べる選択肢を持っておいてほしいと思いますね。結局こう思うのも余裕がある人が出来る。余裕がなければ今目の前にいるお父さんの介護で精一杯になってしまう。周りの人たちが孤立にさせないことが大切です。皆さんもこれから介護を経験されたり、介護の仕事に携わっていく方もいると思いますが、介護についてたくさんの人と共有していくことで救われる命が増える可能性があると思う。学んだ人だけが見えているものではなくて、たくさんの人が見えていないといけない課題だと思います」と学生たちに語りかけた。
最後に、本作を通して斯波のように介護殺人を起こさないために、「支援者の立場としてサポートすることがあった時には、目の前にいる人たちの背景に思いを馳せてほしい。介護者へも支援が必要。そして何よりも大切なのは一人でも多くの人がこの社会問題に関心をもつことが大切」と今回の授業のテーマを学生たちに呼びかけ、公開特別授業が終了した。
登壇者:松山ケンイチ、長澤まさみ、鈴鹿央士、前田 哲監督、葉真中顕(原作者)
湯原悦子(日本福祉大学・社会福祉学部教授)
(オフィシャル素材提供)
公開表記
配給:東京テアトル 日活
2023年3月24日 全国ロードショー