インタビュー

『ぼくの大切なともだち』パトリス・ルコント監督 インタビュー

©2006.FIDELITE FILMS-WILD BUNCH-TF1 FILMS PRODUCTIONS-LUCKY RED./WISEPOLICY

分かりやすいけど心に残る映画、それが私の好きな映画なんだ

 フランスの名匠パトリス・ルコント監督が贈る、おかしくも心に染みる男同士の友情物語『ぼくの大切なともだち』。『タンデム』『列車に乗った男』など中年男性同士のバディ・ムービーも多い監督が、親友とは何かを問いかけている本作のPRで来日、インタビューに応じてくれた。

パトリス・ルコント監督

 1947年11月12日、パリ生まれ。67年にIDHECに入学し、数多くの短編映画を監督する。
 卒業後は、70年からは漫画家として活躍し、75年に『Les Veces etaient fermes de l’interieur』で長編監督デビュー。カフェ・テアトル<スプレンディド>のメンバーに気に入られ、彼らの戯曲を映画化した78年の『レ・ブロンゼ~日焼けした連中』が大ヒットを記録、翌年には続編『レ・ブロンゼ~スキーに行く』(79)も監督する。
 その後も多才な商業監督としてヒット作を連発、86年の『タンデム』で新境地を拓いたと批評家から絶賛され、88年の『仕立て屋の恋』はカンヌ国際映画祭正式出品。90年の『髪結いの亭主』でルイ・デリュック賞を受賞し、脚光を浴びる。
 96年には、カンヌ国際映画祭オープニングを飾った歴史大作『リデキュール』でセザール賞作品賞をはじめ4部門受賞し、98年の『橋の上の娘』ではダニエル・オートウィユに2度目のセザール賞主演男優賞をもたらした。99年の『サン・ピエールの生命』ではジュリエット・ビノシュを、00年の『フェリックスとローラ』ではシャルロット・ゲンズブールを、01年の『歓楽通り』ではレティシア・カスタをと、フランス映画界を代表するトップ女優をヒロインに起用。
 ジャン・ロシュフォール、ジョニー・アリディを主演に迎えた2002年の『列車に乗った男』ではヴェネチア国際映画祭観客賞ほか高く評価される。04年の『親密すぎるうちあけ話』はベルリン国際映画祭でプレミア上映され、06年には大ヒット・シリーズの第3弾『Les Bronzes 3 – amis pour la vie』で<スプレンディド>のメンバーが27年ぶり再結集。
 本作『ぼくの大切なともだち』(06)ではダニエル・オートウィユ&ダニー・ブーンの男同士の“タンデム”描写に円熟の監督術を発揮した。
 現在は、ブノワ・ポールヴールド主演『La Guerre des miss』(08)を製作中。

前回来日されたとき、もう悲劇は撮らないとおっしゃっていましたが、今後もそのおつもりですか?

 そうだ。『ぼくの大切なともだち』もコメディと言えるかどうかは分からないが、少なくとも前向きな気持ちになれることは間違ないね。私にとってはそれが一番大切だったんだ。
 どうして悲劇はもう撮らないかというと、それは実人生が楽しいものではないからだよ。だから悲しい映画を見せて観客を落ち込ませるよりも、ポジティブな映画で気持ちを上向きにさせられたほうがいいと思うし、年齢のせいかも分からないが、今は気持ちが穏やかだということもあるかもしれない。落ち込むよりも上を向いていられるほうがいいと思ってね。あまり明瞭な答えにはなっていないかもしれないけど、それが理由なんだ。

大人がまともに“友だちって何だろう?”と真剣に考えているというのは面白かったですし、新鮮でもありました。そういうお話を撮るにあたって気をつけた点は?

 私はジェローム・トネールという脚本家と一緒にこの脚本を書いたんだが、面白いことに、彼には親友がいて私にはいないんだよね。だから、自分たちの経験も交えながら、親友という存在について話し合うことから始めていったんだ。私は「親友はいないけど、別に平気だよ」と言ったりして、そんなやりとりの中からアイデアを得て、生まれたのがこの脚本だ。
 何より気をつけたのは、観客が感情移入できる人物像を作り上げることだった。特に、フランソワのような人は多いんじゃないかな。“友達はたくさんいるけど、果たして親友はどうだろう……”と自問する方は、意外に多いのではないかと思う。だから、そういう彼に感情移入できるように、人物を作り上げることが重要で、私にとっては興味深いことでもあった。

監督は“親友”という存在をどのように定義されますか?

 分からないよ、私には親友がいないんだから(笑)。どうしていないのかも知らないよ。いなくても平気だからかもしれない。一人の親友がいるより、信頼できる友だちが何人かいるほうがいいよ。親友が一人いるだけって……ちょっと間抜けじゃない? いやいや、そんなことを言っちゃいけないな(笑)。

具体的に俳優をイメージしながら脚本を書いていかれたのですか?

 いや。俳優を念頭に置きながら脚本を書くということは結構あるんだが、今回の場合は脚本を書き上げてから、これらのキャラクターに合う俳優を考えた。で、まずダニエル・オートゥイユにオファーするとすぐにOKしてくれて、その後にブリュノ役を探したんだ。

これまで、中年男性同士のバディ・ムービーは何本か作っていらっしゃいますが、それには相性の良い役者同士を選ぶことが必須でしょうね。

 そうなんだ。幸運なことに、今回も相性は良かったね。確かに、私のストーリーというのはほとんど、知らない者同士が出会って、二人の関係性が変化してゆくという展開なんだよね。それはちょっと、化学者が1滴、2滴溶液を垂らして反応を見るような感じだ。イマジネーションをかき立てられて面白いよ。

ダニエル・オートゥイユ、そしてダニー・ブーンと組まれて、俳優としてのお二人に何か新たな発見はありましたか?

 そうだね。ダニエル・オートウィユは、一見すると成功者だが、人間的にはダメな男を、300%くらいの実力を発揮して演じてくれた。彼はもちろん、偉大な俳優だが、フランソワがその奥に秘めている子どもっぽさという部分も含め、キャラクターとして深く掘り下げてくれたよ。キャラクターに自ら色をつけて膨らませることのできる、本当に知的な俳優だと思うね。
 一方のダニエル・ブーンは、また違うアプローチをしていた。彼は独り芝居をやっている素晴らしい役者で、その舞台はものすごく面白いんだ。でも、今回彼が求められたのは、実際に存在するようなごく普通の人物を演じ、その感情を表現することだった。そもそもコミカルな演技がうまい人というのは、自然な感情を巧みに表現できる才能があるものだ。彼もまさにそうだった。彼の得意とするコミカルな部分を完全に消して、シンプルで普通の男を実に自然に演じてくれたね。二人の組み合わせは実にうまくいったよ。

監督ご自身が撮影で楽しんだシーンは?

 フランソワのアパルトマンで、ブリュノがルイーズ(フランソワの娘)と朝食を作っている時に、フランソワがやって来て何か言うシーンだね。あの時、何が原因だったか分からないんだが、全員が笑い転げてしまって、通常だったら2~3回のテイクで済むのに、みんなが笑ってしまったせいで25回も撮ってしまったんだ。とんでもなくおかしかったね。
 あと、ほとんどの撮影は私が住んでいる地区の近所で行ったんだ。例えば、私がよく行くレストランや家電製品もほとんどそこで買っているような店で撮影したので、そういう意味でもすごく楽しかったね。

撮影にはどれくらいの日数をかけたのですか?

 8週間くらいだ。よほど複雑な撮影じゃない限り、いつもそんなもんだよ。

友達のいない美術商と人の良いタクシー運転手を絡めることで、どんなことが語れると思われたのですか?

 私の映画の中で描かれる出会いというのは、人生の中でほとんど出会う機会のないような人々の邂逅を描いていることが多い。今回はタクシー運転手が出てくるが、タクシー運転手はいろいろな人を乗せるので、さまざまな出会いがあるはずだ。だから、普通はなかなかない出会いを可能にしそうな職業の人をもってくることで、出会いを生み出したわけだが、その出会い自体があり得ないようなものにしてみたんだ。ごく普通にあり得そうな出会いなんだけど、実はそうではない出会いを生み出すということが、今回の最大の目的だった。

俳優から演技を引き出すために撮影現場で心がけている雰囲気づくりなどがありましたら、お聞かせください。

 私はそもそも、苦しみを感じながら働くのは嫌なんだ。映画というのは素晴らしい仕事だと思う。というのは、参加する人たちが心から喜びを感じながら働けるからね。だから、その中で彼らたちが楽しめること、そしてお互いに信頼し合える環境をつくることが一番、役者から最良のものを引き出せると思っている。

監督はどのように俳優の演技指導をされるのですか? よく話し合われたりされるのでしょうか。

 いや、あまり話さないね。撮影の前にはちょっと話すし、ざっくりと説明もするけど、基本的には役者は知的な人たちだし、演技をするときの彼らの直感を重視する。方向性さえ間違っていなければいいんだ。だから、「この部分はちょっと気をつけてほしい」とか「こういうやり方が面白いと思うんだけど、どうだろう?」という風に言うことはあるが、具体的な指示はしないね。俳優は操り人形ではないのだから。

演出する上で、監督にとって一番大切なことは何ですか?

 演出していることが見えないということだね。演出する者にはそれぞれのスタイルがあるものだが、それを観ている人たちに出来るだけ感じさせないのが良い演出だと思っている。これはコメディであり大衆的な映画だが、ちゃんとした指向はあって、例えばカメラはこうで、照明はこうで……といった演出はしていて、いわゆる個性のない演出だとは思わないが、それが見え見えになってしまうことは避けたいね。

映画作りは仕事であると同時に、ひとつのアートの形式であり、遊びの要素もあるでしょうから、肉体的な問題がない限り、監督や俳優が引退することは少ないと思いますが、「あと3本撮ったら引退する」と言われた理由をお聞かせください。

 ノン、ノン! そうじゃないんだ。「引退する」とは一度も言ってないんだよ。「長編映画はあと3本撮ったら止める」と言っただけだ。でも、長編映画を撮ることを止めたからといって、それは引退を意味するわけじゃない。仕事は続けたい。ただ、これまでよりもっと静かに生きたいんだ。映画を創るというのは穏やかな仕事じゃない。とても重たいものだ。長編を撮ることを止めるのはちょっと早すぎるかもしれないが、ホッとはできる気がする。本来なら年を経るにつれ、映画を創るのは容易くなるはずなのに、どういうわけか、だんだん難しくなってきているんだ。映画を撮っている最中はよく眠れないし、もっとうまく撮れるはずだと悩んだり……。止めたらきっと気が楽になると思うよ。

次回作ではブノワ・ポールヴールドと初めて組まれますが、どうして彼を主演に選ばれたのですか?

 彼のことを本当に素晴らしい俳優だと思っているからね。一緒に働くのを長い間夢見ていたんだ。今回のプロジェクトの話をしたら、「あなたとなら」と承諾してくれたよ。そもそも次の映画は彼と仕事をしたいということから始まったんだ。打ち明けると、今回の映画もブリュノ役は最初、ブノワにオファーしたんだよ。彼もすごく出演したがってくれたんだが、他の仕事で体が空いていなかった。だからダニー・ブーンに頼んだんだが、結果的にはうまくいったけどね。1ヵ月後にブノワとの仕事が始まるよ。

残りの3本を撮り終えた後は、何をしようとお考えですか?

 他の監督のために脚本を書いたり、舞台の演出をしたり、ルポルタージュを撮ったり、友人たちの映画のメイキングを作ったり、やりたいことはたくさんあるよ。ただ、もう長編映画は撮らないだけだ。

これから観る方々に、この映画の魅力を語っていただけますか?

 自分の作品の魅力を創った者自身が語るというのは難しいことだね。ただ、フランスで観客たちの反応を聞くと、観ていてとても心地よく、理解しやすいコメディだとは言われたよ。あと、映画を観終わったあとに、親友とは何か、友情とは何かと自問できると言った人も多かった。分かりやすいけど心に残る映画、それが私の好きな映画なんだ。

 『レ・ブロンゼ』シリーズなどパトリス・ルコント監督のおバカ系コメディが大好きな私。『親密すぎるうちあけ話』日本公開時には会見とパーティではお会いできたものの、今回は直接質問する機会がいただけ、久々に舞い上がってしまった。ひょろりと細く、とても疲れているご様子で時には椅子に深く身を沈めながら話された監督だが、声には張りがあり、常に穏やかな雰囲気は崩されなかった。写真撮影ではちょっぴり遊んでみたりと、やっぱりどこか永遠の少年だ。最後は「オルヴォワール♪オルヴォワール♪オルヴォワール♪」と歌うように握手しながら、皆を送り出してくださった。
 それにしても本当に、長編映画はあと3本で打ち止めとは残念なことだ。とりあえず、私も大好きなブノワ・ポールヴールド主演の次回作も期待したい。


 (取材・文・写真:Maori Matsuura)

公開表記

 配給:ワイズポリシー
 2008年6月14日(土)、Bunkamuraル・シネマ他にて公開

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